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第五話 王太子アルベルト 4

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 医師の話では彼女は酷く衰弱してはいるが、今のところ命に別状は無いとの事だった。其れを聞いて私はほっと胸を撫で下ろした。

 毎日、ほんの少しだけ彼女が食べていたパンとスープ。それが彼女の命を救ったのだと医師は言った。

 それでも、あれから彼女はずっと眠り続けている。

 彼女が倒れた時のバイゼルの様子を見て不信に思った私は、神官達に話を聞いた。

 神官達は始めこそ口を噤んでいたが、私が彼女が倒れた時、バイゼルが呟いた言葉を話すと、彼は自身の意に沿わぬ聖女に会おうともせず、彼女の世話は全て神官達に任されていたと話してくれた。

 「バイゼルは聖女が直ぐに暴言を吐いて暴れると言っていた。彼女は何と言って暴れるんだい? バイゼルは直ぐに物を投げつけると言っていたけど、彼女の部屋には暴れた様な形跡は無かったけれど…」

 今、彼女は聖女宮の自室で眠っている。彼女が本当に暴れて物を投げつけたのだとしたら、床や壁などに何らかの形跡が残っているはずだ。

 だが、彼女の部屋にはそんな痕跡は無かった。何より彼女は結界を張る以外はずっと部屋に閉じこもっていたのだ。

 神官達が部屋を片付ける事も出来なかっただろう。

「え? 聖女様が暴れた?」

 案の定、神官達は互いに不思議そうに顔を見合わせた。

「それは一体誰が仰ったのですか?」

 反対に神官達に尋ねられる。

「確かに聖女様は神官長に家に帰りたいと訴えられ、泣いてばかりおられました。暴言と言われれはそれ位しか思い浮かびませんが、暴れたと言うのは何とも…」

「バイゼルは君達神官が彼女の事を、我が儘聖女と呼んでいると言っていたが…」

「そんな滅相もございません」

 彼らは一斉に首を振って否定した。

 何と言う事だ。バイゼルは嘘を吐いていたのか…。

 私は最後にふと疑問に思った事を口にした。

「彼女はあんなふらふらの体で、それでも結界を張る事を辞めなかった。何か理由があるのか?」

「それは…」

 そう言って神官達が口を噤む。

「教えてくれ。君達の悪い様にはしないと誓う」

 私が言うと、彼らは重い口を開いた。

「具合が悪いと訴える聖女様に神官長が言ったのです。『結界が無くなれば国に多数の魔物達が雪崩れ込む。そうなれば多くの人が死ぬだろう。貴方は人殺しになりたいのですか?』と…」

「……っ」

 私は言葉を失った。それではまるで脅しでは無いか…。

 突然異世界に連れて来られ、誰も味方のいない中、一番近くにいる神官長にそんな事を言われたら…?

 彼女はどれだけ傷ついただろう…。

 ただでさえ、食事も満足に取れないような精神状態だったというのに…。

「バイゼルは今までのどの聖女にもこの様な接し方をしているのか?」

「いえ…その様な事は…」

 神官達は言葉を濁した。

「では、彼女だけか? 何故だ? 何故、バイゼルはそこまで彼女を疎ましがる?」

「神官長の真意は分かりかねますが…」

 神官の1人が前置きした上で言った。

「多分…見た目かと…」

「見た目?」

「はい、以前神官長様が仰っておりました。黒髪、黒目、今代の聖女様はまるで魔女のようだと…。神官長は前聖女様の様な金髪碧眼の女性が好みだと仰っておりました」

 魔女…?見た目だと…?

 もし私が来なければ、そんな馬鹿げた理由で彼女は本当に誰からも構われず死んでいたかも知れない…。

「そう言えばバイゼルは君達も早く次の聖女に代わって欲しいと言っていると言っていたが…」

 この私の発言に彼らは体を震わせながら反論した。

「そんな! 私達は神に使える者です!! その様な事、申すはずがございません!」

彼らはキッパリと否定した。

 その言葉を聞いて私は少しほっとした。

 神殿の全てが腐っている訳では無かったことに……。

 しかし、問題はバイゼルだ。彼の言う事は嘘ばかりでは無いか…。

 こちらの都合で召喚した聖女を、余りにも蔑ろにしたこの扱いに私は深い憤りを感じた。

 すっかり痩せてしまった彼女の寝顔を見て、私は心に誓った。彼女を守ろうと。

 聖女はこの国の守り神だ。その聖女が住む聖女宮のトップである神官長バイゼルは、この国では王の次に巨大な権力を持っている。

 「聖女が倒れたんだ。彼女は異世界からこの国に召喚されてたった1人だ。周りに頼れる者も誰もいない。私は王太子として、出来うる限り聖女がこの聖女宮で快適に過ごす事が出来る様に勤めるつもりだ。すまないが君達も協力しては貰えないだろうか? この聖女宮で本来一番大切にされるべき存在は聖女だろう?」

 私は神官達に頭を下げた。彼らは黙って頷いた。

 だがきっとこの中にはバイゼルの息のかかった者もいるだろう。私は協力を仰ぐ為、カサンドラの元へと向かった。
 



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