上 下
1 / 1

1

しおりを挟む
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。

この国の王太子である僕と、筆頭公爵を父に、隣国の王女を母にもつ彼女。

2人の婚約は言わば必然だった。

礼儀、他国語、教養、ダンス‥
彼女が未来の王太子妃になるために、血の滲むような努力をしてくれていたのを、僕は子供の頃から見てきたし、知っていた。

それなのに‥

学園に入って僕は恋をした。

サラ・ブラウン男爵令嬢

ピンクブロンドの美しい髪。
大きなシャンパンゴールドの瞳。

愛らしく笑うサラに僕は夢中になった。

2人の仲はあっという間に噂になり、父である国王陛下にも苦言を呈された。
「彼女を大切にしろ」と。

だけど‥

障害があればある程、恋は燃え上がる。

僕はサラ以外の何も見えなくなっていた。

僕を支えるために、今迄の人生の全てを犠牲にして学んでいた彼女のことさえ‥

それどころか、僕とサラが愛し合っているのを知りながら、いつまでも婚約を解消しない彼女に怒りすら感じていた。

僕自身、婚約者がいながら、不貞を働いている自覚はあった。だから、こちら側から婚約の解消を言い出せないことも分かっていた。

だが、僕に愛されていない事が分かっているなら、空気を読んでそちらから婚約を解消しろよ‥と勝手な事を思っていたのだ。

僕はあからさまに彼女を避ける様になった。

月に一度の彼女とのお茶会もすっぽかす。

贈り物も一切しなくなった。

彼女に贈り物をする金があるなら、その金をサラに使ってやりたかった。

筆頭公爵令嬢の彼女は、僕がわざわざ贈らなくても何でも持っている。

男爵令嬢のサラは、高価なドレスも宝石も何も持っていない。

僕がサラに贈り物をするのは当然の事だ‥そう思っていた。

僕が婚約者である彼女を蔑ろにし、僕の色のドレスや宝石を身に纏ったサラを夜会や舞踏会に伴う様になった頃、僕がもう自分の言う事に従うことはないと悟ったのだろう。

父はある提案をして来た。

それは、彼女と婚姻を結んだ後、サラを愛妾として迎えれば良いというものだった。

愛するサラを愛妾になんて出来ない‥僕は父に反抗したが、男爵令嬢であるサラを王太子妃には出来ない。その条件を飲まぬなら、廃太子にすると父は言った。

仕方なく僕は彼女と婚姻を結んだ。
初夜は当然放置した。
直ぐにサラを愛妾として迎えた。

彼女は王宮での立場を失った。
お飾り妃だと後ろ指を刺され、愛し合う2人を邪魔する悪女だと蔑まれた。

そんな周りの声を聞いた僕は愚かにも、王宮にいる人間は全て、僕とサラの味方だと思ってしまった。

サラは愛妾だ。

僕とサラがどれだけ愛し合っていても、サラが産んだ子は庶子として扱われ、僕の子だと正式に認められることは無い。
そんな理不尽、許されるはずがない。

彼女さえいなければ‥

サラは王太子妃になれるのに‥

僕は彼女を罠に嵌める事を思い付いた。

嫉妬に駆られた彼女がサラを害そうとした‥とありもしない罪を作り、彼女を捕え罰しようとした。

彼女が罪人になれば、王太子妃ではいられない‥そう思ったのだ。

彼女の部屋に行き、この日のためにでっち上げた罪を高らかに宣言した僕は、兵に彼女を捕えるよう命じた。

僕の意図を感じとったのだろう。

彼女は素早い動きで走り出し、兵をかわすと、近くのベランダまでたどり着いた。そして、ベランダを背に僕に振り返った。

「さようなら」

そう言って微笑んだ彼女は、そのまま後ろにゆっくりと体重を移動して、ベランダから落ちていった。

一瞬の出来事に僕も兵も動く事さえ出来ない。

こんなつもりじゃなかったんだ。

まさか彼女が死を選ぶなんて‥

それから僕の人生は一変した。

味方だと思っていた王宮に勤める者達は皆、手のひらを返した様に、僕が彼女の罪をでっち上げた事を暴露した。
僕は信じていた腹心にさえ裏切られたのだ。

王宮に勤める者達は貴族の子女が多い。

きちんとした王族としての教育も受けておらず、自分達より身分の低いサラに、心から仕えようとする者など最初からいなかったのだ。

僕は馬鹿だ。
男爵令嬢では、王太子妃にはなれない。
父はそう言ったじゃないか。それなのに僕は本気で、彼女さえいなくなれば、サラが王太子妃になれると信じていた。

筆頭公爵令嬢に冤罪を着せて殺した。
しかも彼女の母は隣国の王女。

僕の行いは隣国との関係に亀裂を生じさせ、国益を害した。

だが、それだけでは無かった。

愛する娘を失った公爵は、このタイミングで彼女の日記を公開した。

そこには僕が知らなかった彼女の悲痛な叫びが綴られていた。

彼女は幼い頃からの婚約者である僕を慕ってくれていた。
だからこそ、あれ程過酷な王太子妃教育を必死になって受けていた。

将来、王となるであろう僕を支えたい‥その一心で‥

だが、僕はサラを愛してしまった。
彼女は何度も、公爵家を通して、婚約を白紙に戻して欲しいと訴えていた。
愛し合う2人を一緒にさせてあげて欲しいと‥

本来なら婚約を破棄されてもおかしくなかった。だが、彼女は王家の立場や僕の立場を思い、白紙にと望んだのだ。

それを拒んでいたのは王である父だった。

筆頭公爵家と縁を結び、安定した国家運営をするために‥
隣国との関係を強固な物にするために‥

そのために彼女は犠牲になったのだ。

僕との婚姻に彼女は絶望していた。

僕には蔑ろにされ、王宮の者達は、お飾り王太子妃だと貶む。

針の筵の毎日。

そして、それ程王家が望んだ婚姻にも関わらず、彼女を守るものは誰もいなかった。

彼女を無理矢理嫁がせた王である父でさえ、婚姻すれば彼女の役目は終わったとばかりに、彼女に構う事は無かった。

他の貴族の手前‥
隣国への手前‥

父に必要だったのは、高貴な血を引く彼女が王太子妃だと言うその建前だけだった。

自分は何の為に生きてきたのだろう‥
何の為にあんなに努力してきたのだろう‥
そしてこれから、何を支えに生きて行けばいいのだろう‥
一生こんな生活が続くのだろうか‥

彼女の日記には、毎日毎日、そんな不安と絶望が記されていた。

そんな彼女に、僕は冤罪を着せて、捕えようとした。

追い詰められた彼女は、死を選ぶしか無かったのだ。

日記を読んだ貴族達は彼女の不遇に涙した。

それと同時に王家の権威は地に落ちた。

特に僕には非難が集中した。

父は保身の為、あっさり僕を切った。
僕は廃太子され、サラと共に北の離宮に幽閉された。

離宮と言っても北の離宮は、手入れも満足に行き届いていない錆れた場所だった。

サラは

「私は王太子妃なんて望んでいなかった。」

「愛妾でも何でもいいから、王宮で贅沢三昧な暮らしがしたかっただけだ」

「こんな所で一生暮らしてなんていけない。」と泣き叫んだ。

そして

「こんな事になったのは、全部貴方のせいよ!」と僕をなじるのだ。

あぁ‥僕が愛したのはこんな人だったのか‥

廃太子される時、公爵は僕に言った。

「その娘は、貴方に何をしてくれたのですか?」

そう‥

サラは僕を破滅に導いただけだった‥



暫くしてサラは死んだ。
病死と言うことにはなっているが恐らくは毒を盛られたんだろう。

これから僕は一生1人でこの離宮で暮らしていく。

結局、誰1人幸せになれなかった僕の選択はどこで間違ったのだろう‥

サラを愛してしまったことか?
王太子の座に固執し、彼女を娶ったことか?
本当にサラを愛していたのなら、あの時、廃太子されたとしても、サラと添えば良かったんだ。
そうすれば、サラの本当の気持ちにもっと早く気付いたはずだ。

そうすれば、少なくとも彼女がこんな形で死を選ぶことは無かった。

そうすれば‥ああすれば‥どうすれば‥

これから僕は、この離宮でずっとこの言葉を繰り返し、後悔しながら生きていく。

そして思い出すのだ。
こんな僕の事を本当に心から愛してくれた彼女の事を‥

最期の時、僕に向かって「さようなら」と言って微笑んだ彼女は、泣きたくなるぐらい綺麗だった。



あの日「さようなら」と言って微笑んだ彼女を僕は一生、忘れることはないだろう‥


おわり


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

テンプレ物ですが、ゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥というフレーズが頭に浮かび、どうしても作品として残したくなって、書きました。
拙い文章ですが、最後までお読み頂きありがとうございました。🙇


まるまる



















しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】婚約破棄の代償は

かずき りり
恋愛
学園の卒業パーティにて王太子に婚約破棄を告げられる侯爵令嬢のマーガレット。 王太子殿下が大事にしている男爵令嬢をいじめたという冤罪にて追放されようとするが、それだけは断固としてお断りいたします。 だって私、別の目的があって、それを餌に王太子の婚約者になっただけですから。 ーーーーーー 初投稿です。 よろしくお願いします! ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

処理中です...