春、きらり

如月 蝶妃

文字の大きさ
上 下
31 / 32
第5章 新しい風

30. 予選大会

しおりを挟む
ゆっくり周助との間に距離ができる。

どれくらいの間、周助と唇を合わせていたのか分からない。
けれど、まだその感触がとても鮮明に残っているぐらい、長い時間だったのは確かだ。

一瞬、周助と目が合うと、私は居た堪れなくなってぽすんと、周助の胸に顔を埋めた。

信じられないぐらい心臓がバクバクと音を立てている。

無理!恥ずかしすぎて顔、見れない。


周助の手が肩に触れる。

「奈美?」

私は思わず、ビクッと肩を揺らしてしまった。

「泣いてるの?」

あまりの緊張で、目が少し潤んでしまったよう。

ふるふる。
必死で首を横に振る。

声が出せなかった。
周助に顔を覗き込まれて目が合うと、胸がきゅーと苦しくなる。

どうしたら良いのか分からず、放心していた。

「ごめん。いきなりだったよな。奈美が可愛くて、止められなかった。」

私を抱きすくめながら、優しい手が髪を撫でていく。

しばらくそうしていると、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。

周助の手つきは優しく繊細で。
壊れ物でも扱うかのよう。
とても、心地よくて、ずっとこのままいたいぐらい。

私は猫のように、周助の胸へすり寄っていた。

「あ、あのね。」
ようやく、声を出す。

心なしか少し震えてしまっていた。

「緊張しすぎて。どうしていいか、分からなくなっちゃったの。」

嫌とかじゃないよ?
むしろ、私、も。したかった、と思う。

「奈美?ほんと?」

その言葉に驚いたように、周助は私の体を引き離して、見つめられる。

「うん。もっと触れたいな。って、思っちゃった。」

真っ赤な顔してようやく本音が言えて私は安堵した。
周助も、私を泣かしてしまったわけじゃないと分かり安堵したようだった。

「そろそろ、帰ろうか。」

私達は、日が沈みつつある海を眺めながら、遊歩道を引き返して、帰路についた。





週末。

私は真子と、陸上競技場の観客席に座っていた。
今日は、周助と大貴の引退をかけた予選大会。


周助は200mと400m。大貴は100mと200mとリレーに出場する。

真子とドキドキしながら、2人の登場を待った。


昨日は、二人とも200mに出場し、予選大会を勝ち抜くことが出来なかった。

今日は、お互い得意とする種目が残っている。


ギュッと差し入れのレモンピールの入った袋を握りしめる。
アナウンスが流れると緊張が走る。

この感じ、懐かしいな。


中学の時は良く、こうして大貴の応援に来ていたな。

大貴は、私のレモンピールが大好きで、
毎回たくさん作って持ってきていた。

差し入れといえばこれしか思いつかなくて。
昨日も持ってきた。

周助のために持ってきたわけだが、目ざとく見つけた大貴が、嬉しそうにぱくついていて、周助に怒られていた。

今日は、他の部員も食べたいと要請があって。昨日慌てて作って持ってきた。


「ねぇ、奈美」
真子が私が握りしめてる袋を見る。

「私にも、それの作り方教えて?」

「え?」
レモンピールを指さしている。

「全然いいけど。」

「大貴くんが、昨日嬉しそうにしてて。」
私のクッキーより嬉しそうだった。

真子が少ししゅんとして、呟いた。


「私も、大貴くんに喜んで貰えるもの作りたいの」

「そっか。じゃ、2人がこの大会勝ち抜いたら、県大会の時一緒に作ろうか?」

「うん!」
ぱっと、真子の顔が明るくなった。


その時、アナウンスが大貴の名前を呼んだ。


「あ!大貴走るよ!」
「うん」

スタートラインに並ぶ大貴を見つめて、真子はとても真剣な表情。
真子の方が緊張しているようだ。

大貴の表情は、集中モード。
キリッと目元が引き締まる。

いい顔。

私は、その表情を見て、いける。そう思った。


バンッ

走り出した大貴を祈るように見つめる。


「やったー!」

隣で真子がぴょんぴょん跳ねている。
大貴は予選を1位で通過した。

ほっ

とりあえず、予選は通過。
午後の決勝への出場が決まった。

「真子、やったね!おめでとう!」

かっこよかった!凄かった!
真子が、隣でテンションを上げているのが微笑ましい。

しばらく他のレースを眺めていると、大貴が姿を現した。

「大貴くん!おめでとう!」
大貴の姿を見つけて、駆け寄る真子。

「おう。」

こうして2人が一緒にいる所も随分見慣れた。
相変わらず、大貴は無愛想。

「大貴、おめでとう。」

私が声を掛けると、大貴の視線は、差し入れの入った袋にうつる。

「それ、食いたい」

「だめ。」

即答した私の言葉に眉が吊り上がる大貴。

「なんでだよ。」

「周助が1番なの。」

大貴の口からため息が漏れる。

「けち」

私は、大貴の文句を聞こえないふりした。

「大貴、みんなのとこ戻らなくていいの?」

「ああ。午後まで出番ないから、このまま、ここいる。」

大貴の返答に真子は嬉しそうだ。

大貴は、真子の隣に腰掛けて、トラックを見つめた。

「周助、次だぞ」

真子をはさんで聞こえた大貴の呟きに、私は頷いた。


ドキドキ

だんだん鼓動が、早くなってきた。

落ち着け。私が落ち着かなくてどうする。
大丈夫。まだ、予選。
周助ならいける。
大丈夫。


ギュッと差し入れの袋を握る力を強くして、目を瞑って祈った。

無事、通過出来ますように。

アナウンスが周助の名前を呼ぶ。



真剣な表情。
周助もまたいい顔をしていた。

文化祭の時は、大貴を見るのに必死で、周助のスタート前の顔を見逃していたことに気づく。


かっこいい

周りの雑音が消えた。
周助しか見えなくなっていた。

ドク。ドク。

鼓動の音が響く。

バンッ

スタートすると、同時に私の視線は周助を追う。
意識しなくても、周助しか目に入ってこない。


約1分。
大貴は100m、200mを専門としていたから、競技がとてつもなく長く感じる。


周助がゴールテープを切った。

良かった。決勝行ける。

私は、その場にへたり込む。

はぁ、はぁ。
肩で息をして、自分が息を止めていたことに気がついた。

「奈美?」

私の左隣にいた真子がびっくりして私を見る。
いつの間にか、真子の隣にいたはずの大貴が、私の右隣に移動している。


私の肩を支えている大貴。
「その癖、治ってないんだな。」

大貴は、呆れたように言う。

落ち着いた私を座席に座らせ、ペットボトルを差し出す。

「水」
「ありがとう。」

お礼を言って、それを受け取ると真子が心配そうに見ている。

「奈美?大丈夫?」

「ありがとう、真子。大丈夫だよ」

大貴は、少し不機嫌に告げる。
「ったく。400は100や200みたいにはいかねぇぞ?」

「分かってるよ」

不思議顔の真子に大貴が説明する。

「昔から、奈美は勝手にゾーンに入って、一切周りの声が聞こえなくなるんだよ。んで、ゴールテープ切るまで息止めてんの。」

しょっちゅう、俺がゴールするとこうやってへたり込んでたけど。400は1分近くあるからな。


真子はふーん、と相槌を打ちながら、複雑な表情で大貴を見ていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

官能令嬢小説 大公妃は初夜で初恋夫と護衛騎士に乱される

絵夢子
恋愛
憧れの大公と大聖堂で挙式し大公妃となったローズ。大公は護衛騎士を初夜の寝室に招き入れる。 大公のためだけに守ってきたローズの柔肌は、護衛騎士の前で暴かれ、 大公は護衛騎士に自身の新妻への奉仕を命じる。 護衛騎士の目前で処女を奪われながらも、大公の言葉や行為に自分への情を感じ取るローズ。 大公カーライルの妻ローズへの思いとは。 恥辱の初夜から始まった夫婦の行先は? ~連載始めました~ 【R-18】藤堂課長は逃げる地味女子を溺愛したい。~地味女子は推しを拒みたい。 ~連載中~ 【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

処理中です...