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七章 終焉
剣と魔法
しおりを挟むスイ達と別れてセバスに対抗する二人は、盛大に破壊されたバルコニーに立ち尽くしていた。
「嘘だろ……本当に居なくなっちまったみたいだ」
「油断しないで。必ずどこからかこちらを窺っているわ」
隠密に長けたセバスを警戒し、二人は再び構え直す。
建物を破壊したのは間違いだったかしら。ミラの後悔は、まだ残る土煙のせいで視界が悪くなっているためである。
間違いなくこの隙を突かれる。
そう考えて一層警戒を強めたが、意外にもセバスは、正面から堂々と姿を現した。
「面白くありませんね、見破る事が出来ないとは。やはりミライアはあまり成長していない様だ」
「そんな事ない!」セバスを視認した瞬間にロイは飛び出す。
父から受け継いだ剣を流れる様に抜き放ち、勢いよく横薙ぎに振るう。
その衝撃波だけで前方広範囲が荒れ狂うが、肝心の敵を捉えていない。
「貴方も貴方ですよ、ロイさん。精密さが足りません。急いで成長しようと努力したのかもしれませんが、乱雑さが目立ちます。貴方の攻撃など読むまでもなく避けられる」
飛び出したロイと、動かないミラ。二人の間、中心の位置にセバスは立っていた。
いつの間に。そう思うと同時に、舐められている、ともミラは思った。
自分から敵に挟まれる位置に進むなんて。
「氷牢!」
「魔法無効化」
敵の動きを封じようと詠唱したミラ。だがそれに重ねた様にセバスの魔法が発動し、彼の足元に現れていた魔法陣が消滅する。
「打ち消された!?」
ミラの驚きは当然で、魔法そのものを消す魔法など、魔大陸でも聞いた事が無かった。
「偉ぶってんじゃねぇ!」
今度は背後から、ロイは上段に構えた剣を振り下ろす。とらえた。そう思った彼だが、流れる力の方向が不意に変わる。
気が付けば世界は逆さまで、壁に叩きつけられた瞬間に、あの白い手に投げ飛ばされたのだと悟る。無手の彼が、どうやって?
「貴方達は一体、今日まで何をしていたのでしょうか。確かに強くなった様ですが、デヴィスならもっと強くなっていたでしょう。彼との差は、どこにあるのでしょうか」
それを言われると、ミラは返す言葉がなくなる。確かにデヴィスはスイが来てから急激に強くなった。それを知っているから、彼と比べられて自分が劣っていると言われても頷いてしまいそうになる。それでも。
「口が達者ですねセバスさん。でも私も彼の影に隠れて奮励したんですよ?」
ミラは微笑む。それがトリガーとなったかの様に、セバスの足元に円錐型の土塊が立ち上がる。当然のように躱すセバスだが、躱した場所にも新たに現れる、敵を串刺しにしようとする魔法。
魔法無効化を使わないのは、制限があるからだろうか?考えを巡らせながら、鋭利な土塊に踊らされているセバスに長杖を向ける。
「氷棘」
「魔法無効化」
今度は長杖の先に描かれた魔法陣が消される。
いや、消されたのではない。
別の魔法陣を上書きされたのだ。そしてそれは一瞬で霧散する。
術式を見た限りでは詳しくわからないけど、あの魔法陣は無詠唱で発動するには、余程の想像力が必要となる。戦いの最中にそれほど集中するなど現実的ではないし、無詠唱発動はきっと不可能だろう。
ミラはそこまで考え、気が付いた。
もしかして霧散出来る魔法も詠唱魔法に限るのだろうか。
あの難解な魔法を発動するには、相手の詠唱を聞き、それに対抗するように術式を組み替えなくてはいけないのかもしれない。
ミラの頭脳は高速で答えを探し出す。
そうだ、確かに魔法陣の一部に、テンプレートを書き換えたみたいな跡があった。
一つの魔法で全ての魔法を打ち消すなんて、魔法はそれほど万能じゃない。一つ一つの魔法に対抗して、魔法を作り変えているんだ。
仮定の次は実験。
土塊魔法をやめ、次は落雷を無詠唱で落とす。セバスは直前で躱す。
やはり消されない。
証明された。
案外不便な魔法なのね。ミラはそう思いながら次々に雷を落とす。
とはいえ、やはり詠唱をしない魔法は想像力が必要となり、疲労する。故に威力も少し落ちる。
何よりセバスはどんなに早い攻撃でも寸前で躱してしまうのだ。これほど捕らえ難い敵はいない。
まあ難しいだけで、捕らえることは出来るのだけど。ミラは休まず魔法を続ける。
そして魔法が繰り出されている間は、セバスの注意はそこに集中し、乱雑と言われた少年でも隙をつく事が出来る。
「はぁ!」
落雷を避けた瞬間のセバスに、気迫のこもったロイの剣が迫る。
態勢が整っていない。狙われたか。
ここに来て初めてセバスの表情が歪む。
振り抜かれた剣はしっかりと彼をとらえた。
しかし何も切り裂いてなどいない。
セバスの身体は剣を通さず、剣に叩かれたかの様に弾き飛ばされたのだ。
「さっきから一体、あの身体はなんなんだ?」
ロイの動揺。
リザードの鱗も切り裂くこの剣で、何であの男は斬れないのだろうか。
「ロイ、あの手袋よ!」
壁に衝突した執事セバスは、ミラが飛ばした土球を白い手で受け流す。
ロイは納得した。そうか、剣を掴んで投げ飛ばしたのも、寸前で剣を防いだのも、あの白い手袋だ。
「ご名答。ちょっとしたマジックアイテムでしてね。受けたエネルギィをそのままダメージとして貰うのではなく、受け流す事を考えて作った物です」
作ったって、まさか自分で?マジックアイテムの製造なんて、一人で完結する仕事じゃない。ミラは思わず讃えたくなるほど驚いたが、直後揺れた城内に、今己がすべき事を思い出す。
「どうやら兄貴達が王室を荒らしてるみたいだな。俺たちも先を急がせて貰うぜ」
腰を落として、低い姿勢のまま床を蹴る。
こんな所でもたついていられない。その思いがロイのスピードをさらに上げる。だが――
「――チッ!」
目を離していないのにセバスが消えた。
いなくなったり、受け流したり、躱したり。まるで幽霊みたいな奴だ。
ロイは直ぐに背後を確認する。大抵の敵は相手の背後を常に狙っている。
だがそこにもセバスはいない。
離れた場所にいるミラも辺りを必死に見回している。
「煙牢獄」
声が聞こえた場所にミラは風刃を飛ばすが、壁にぶつかり霧散するだけ。
そしてその側の床で、灰色の魔法陣が輝く。
直後この空間を支配したのは、伸ばした手の先すら見失う程の濃霧。手で振り払おうとしても一向に晴れない、しつこく纏わりつく煙の様でもあり。
「ロイ、気を付けて!まさに煙の檻、視覚を奪われた世界に閉じ込められたわ!」
隠密に長けたセバスに似合った戦術だ。この牢屋の中ではニ対一の利点など無く、見えない攻撃に怯えるばかりだ。
「がはっ!」
ロイ!叫ぶ寸前で口を押さえる。鈍い殴打音はだいぶ離れている。こちらの居場所を知られない内に状況を打開しなくては。それともセバスには全て見えているのだろうか。
とにかく早く何とかしなければ。
ミラは走る。
未知の魔法にどうやって対処すべきか。
術者を倒せば魔法は解けるけど、それが出来ないならどうすれば。
そうだ、詠唱が聞こえた場所に魔法陣が展開されていた。方向はこっち。
もしも設置型の魔法ならば、その魔法陣を消して仕舞えばいい。
煙の世界の中で、見づらい床の魔法陣を、地を這いながら探す。
外聞を気にせずにこんなに必死になったのはいつぶりだろうか。
惨めにも這いつくばっているのに、ミラの表情は真剣そのもの。
あった。やはり設置魔法陣だ。
ミラは急いで魔力を練り、強力な火炎魔法を放つ。
それは床を焦がしたが、魔法陣は変わらず輝いている。
なんて耐久力。壊す事は不可能に近い。
ミラが驚いてる間にも、遠くの方で争いの音が聞こえる。
落ち着きのないロイの足音。
剣が壁に激突する音。
防ぎきれなかった攻撃を浴びて漏らす、ロイの悲痛な声音。
焦りが募る。
セバスの戦い方を学習した今、視界さえ戻ればロイのスピードはセバスを翻弄する事が出来る。
私がなんとかしなければ。
しかし魔法陣は壊れない。
考えを巡らせる。
スイならどうするだろうか。
彼は出鱈目で、なんでも出来てしまう。
一番楽な方法で答えを探し出す。
自分にも同じくらい力があれば。
いや、自分だって負けていない。
両親の魔法を真似してここまで、魔法師まで上り詰めたのだから。
まだ成長途中の私は学ばなければならない。
ミラは類い稀なる知能で、先のセバスの魔法を鮮明に思い出す。
術式は覚えている。
あの部分をどうして書き換えたのか。
消したい魔法の属性は?
何も見えないという不利な状況が、深い集中状態を作るという有利な働きをもたらす。
大海原の中、或いは果てしない砂漠の中で、たった一粒の宝石を見つけた感覚。
全てが繋がる。
「魔法無効化」
静かに唱えた魔法は見事発動し、灰色の魔法陣は霧散。粘着質な煙は潔く晴れていく。
「ロイ!」
名前を呼ぶ。
それだけで意思が伝わったかの様に、ロイは荒々しくも猛々しい魔力を練り、身体強化に注ぎ込んで行く。
恐ろしい精度だ、とミラは思う。
ミラやスイが使う魔力解放に似ているが、ロイのは身体能力を強化するだけで、周囲にオーラが具現化する。
まさに獣王。
元来躰の強い獣人が更に肉体を強化する。
これ程恐ろしい戦士がいるだろうか。
「もう見逃さないぜ」
ミラがセバスの魔法を解析した様に、ロイもセバスの動きを、気配を、必死に追っていた。
二人ともまだ若き才能。
その才能は学び続ける事でいくらでも花開く。
始まった時とは明らかに違う眼力で、ロイはセバスに迫る。
身体能力強化のお陰で、その視野も広く、動体視力も著しく向上している。
セバスの動きが見える。
紙一重で躱そうとする彼に、もう一歩踏み込み剣を振るう。
それでもやはり届かない。
相手は強敵だ、そう簡単に状況は覆らないだろう。
それでも、こちらは二人だ。
「氷竜巻!」
さっきと違い、余裕のないセバスは魔法無効化を唱えることも出来ず、ミラの攻撃を許してしまう。
冷たい吹雪の様な風が地面から立ち上り、細く小さい竜巻となる。
しかし大きさに関係なく、その威力は鋭利な刃物そのもの。
掠った箇所から血を流しながらもセバスはロイから意識を離さない。懐から出した短刀で応戦する。
だがそちらばかりに気を取られていると、ミラの魔法が炸裂する。
「小賢しい」
セバスがロイの目の前に小さなボールを投げると、煙幕が広がる。それは魔法ではなく、子供騙しのマジックアイテム。
それでも一瞬の隙が生まれ、その瞬間でセバスはミラに肉迫する。
速い。
魔法使いが敵に接近された場合、正しいのは距離を置くか、結界などで自分を守る事。
しかしミラは違った。
突き出された刃を恐れる事なく、冷静に長杖を向けて、打ち消されない様に静かに短く唱える。勿論、全力で魔力を込めて。
「スパーク」
ミラに触れるより先に、セバスの全身は麻痺を起こす。だが彼程の戦士ならば一秒も経たず回復するだろう。
しかしそれで構わない。
ミラは多大な信頼を寄せているのだから。
少し前までは忌み嫌っていたはずの、亜人族である彼に。
「期待には応えないとな!」
ロイは瞬時にセバスの狙いを察知し、ミラが用意した氷竜巻の風圧を使って――白虎の獣人にとって吹雪は脅威にならない――ひとっ飛びでセバスに迫った。
そしてセバスを麻痺させたミラの狙い通り、その胴体を分断する。
切り離された上半身の、彼の顔が微笑んでいたのは二人の勘違いではないだろう。
お見事。
そう言ってくれたみたいで、胸が痛くなる。
敵ではあったが今まで世話になったのだ。
しかし。
それでもやはり。
彼はリクハートを守る為に戦場に立ったのだ。自分という存在を創り出した、主人のために。
ならばこの結末は、セバスの望んだ道の先にあったものなのだろう。
そう考えてやらないと、悲哀をいつまでも引き摺りそうで。
二人はそっと手を合わせてから上を睨む。
「行こう」
ロイの言葉にミラは黙って頷き、荒れた城内を走る。
マオは無事に結界を突破したのか。
ミチルは誰も知らない闇魔法を操っているのだろうか。
スイは聖剣の力を引き出して戦っているのだろうか。
疲弊した自分達でもきっと戦力になるはずだ。
二人は勇者達の力になるべく、螺旋階段を駆け上がって行く。
いざ最後の戦いへ。
「…………え?」
最上階、周囲は派手に壊され、王室の中は吹き抜けになっており。階段を登りきった瞬間に状況を理解した。
「へえ、セバスが倒されたか。驚いたな。やはり素質はあるんだね」
しかし誰が予想出来ただろうか。
「まあでも、所詮は実験の産物だからね。君達もここでおしまい。いや、でも、そうだな。面白い魔法を知っていたら見せて欲しい。さあ、かかっておいで」
綺麗な身なりのリクハートが荒れた室内に一人で立っていて。
それとは逆にスイ達三人は、虫の息で床に伏せていた。
「嘘……でしょ……」
この状況で一体自分達が何の役に立つというのだろうか。
戦いの決着は既についていた。
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