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二章 聖剣
幼き戦士
しおりを挟む「ロイ!お前は休んでろってば!」
「皆が大変な時に眠ってられるかよ!」
ロナを背負って林を駆け抜けた先にある獣人の里。里の反対側から聞こえるのは魔物の叫びと、大人と少年の口論。
「隠れてろ」
「お、お気をつけて……」
里でロナを降ろし、か細い声を置き去りにする速さでスイは里の入り口前、襲撃を凌いでいる数人の獣人の元へ駆けた。
「だからお前の怪我じゃ……」
ロイと口論していたのは見張りをしていた犬耳獣族。そして彼はロイが心配で見えていなかった。真後ろに迫ったホワイトウルフに。
「ガゥワッ!」
スイは走った勢いを殺さず、そのままの力でホワイトウルフを蹴り飛ばした。
「なっ、うわ!じ、人族!」
「勇者様っ!?」
木に打ち付けられ起き上がらないホワイトウルフを見ているスイは浮かない表情だ。
「いつも襲撃にはどう対応している?逃す事は出来んのか?何故こいつらは違う種族で団結している」
里の小さな門の前、十人ほどの獣族と、それに対峙するように倍以上の数の魔物がひしめいている。
「わかるのは此奴らが興奮している事だけだ。故に戦うしか手段は無い」
答えたのは槍を手にした獣族長。スイは仕方ないかと溜息を吐き、背中のブーメランに手を掛けた。
だが「自分を使え」と言うように鞘から光を漏らす、腰に刺した聖剣。
「めんどっちぃ精霊だな」
仕方なく剣を抜いたスイ。それは以前よりも輝きを増し、刀身をぼやかす程だ。
「おぉ、あれが勇者の剣……」
獣人達がスイに見入っている間にも魔物は仕掛けてくる。
人の頭程大きなポイズンバットは、その毒牙をスイに突き刺そうと口を開いて迫る。
スイは虫を払うように剣を振り上げ蝙蝠を真っ二つにすると、そのまま振り下ろし地面に刺した。
「雷光」
突き刺した聖剣を中心に、周囲に走る雷撃。それに貫かれ、慌てて地面から飛び出すのは土色の兎――モグラビットだ。
飛び出した四匹のモグラビットを、スイは回転斬りで纏めて葬る。
そして出来たスイの隙を狙ったかの様な突進は、スモールボア――マウントボアの未成熟体のものだ。
しかしその小さくも逞しい猪体にぶつかる直前、スイは大道芸人の様に剣を地面に刺し、その上に片手逆立ちをした。
スイの意思によって地に浅くしか刺さらない剣だが、その斬れ味は極上。
自ら剣に裂かれに走るスモールボアは、止まることが出来ず真っ二つになってからスイの後方に果てた。
「す、すげえ……」
スイは戦いながら少しずつ前に出る。つまり魔物達と対面する獣族の最前線にスイが立ちはだかる形になり、後方でスイに見入っている獣族は無意識の内ににスイに守られていた。
そしてそんな状況に気付いたのは、周りと同じくスイに魅せられ感嘆を漏らした獣人ロイ。
(守られてるだけじゃ情けねえ……)
人族に助けを求めようとしたのは事実だが、何もかもを丸投げにするのは違う。自分達で解決出来る事まで他人に任せていたら、強さも誇りも無くなってしまう。
「勇者様!俺も戦う!」
ロイはそんな思いで前に、スイの隣に躍り出る。
対してスイは、ロイの立ち姿を、剣の構えをじっと見つめて、一言だけ言った。
「そうか」
ロイはそれを許しの言葉と受け取り、前方から迫る三体の獰猛な熊――ブラックグリズリーを討とうと一歩踏み出す。しかし――
――ザンッ
「……え」
隣にいた勇者の剣の衝撃波で、ブラックグリズリーは全て倒れた。
それを確認した勇者は一人後方に、里の方に戻って行く。
(お、俺は必要ないってことか?)
しかしロイの疑問は直ぐに晴れる。
「…あれを倒せって事だな……」
全ての魔物を撃退したと思ったロイだが、まだ一体だけ残っていた。勇者はそれを知ってて下がったのだろう。
ゆっくりと四足で歩み寄ってくる敵は白銀の剛毛に覆われて、鋭い瞳は獲物を見つけた時の輝きだ。
ロイの体の二倍程のそれは、一見するとホワイトウルフと見間違うだろう。しかし月明かりに照らされた白銀が、通常のホワイトウルフとの格の違いを表している。
「な、なんてこった……シルバーウルフじゃねぇか……」
後方から聞こえたのは獣族長の息子、ダイルの恐怖。
それに続く様にザワザワと恐怖を口にし出す獣人達。
しかしロイは恐れてなどいない。それどころか、まだ怪我も完治していないのに強敵を前に口角を上げた。
「勇者様!俺が勝ったらあんたの旅に俺も連れてって欲しい」
これは自分の実力を示すチャンスだ。
勇者の力は強大だ。しかし仲間が不要という事では無いだろう。ここで自分が戦える事をアピールし、旅に同行する。それは強き者に憧れたロイ自身の望みでもあったし、獣族の為でもある。
人族の勇者の仲間に獣人が選ばれれば、人族達は獣族を迫害しづらくなるだろう。そして勇者の目的を獣人が共に達成すれば、獣族は間違いなく受け入れられる。
ロイはそこまで考えて発言した。
返事は聞こえなかったが、ロイは走り出す。何より相手も向かってきているのだ。
――ギィィン。
シルバーウルフの半回転を伴った尻尾の殴打をロイは剣で迎えた。
「かってぇ……」
白銀の毛はしなやかに見えて、かなり硬い。父が岩を斬っていたこの剣でも通らない程だ。
しかし痺れた手に顔を顰めている場合では無い。シルバーウルフは目視するのが困難なスピードでロイの背後に回り込み、鋭利な爪を振るおうとした。
「スピードとパワーなら負けないぜ」
獣人は種類にもよるが、身体能力が極めて高い。それにロイとロナは白虎の獣人だ。最も数が多い犬族や猫族よりも基礎能力は勝る。
「がぁぁああ!」
シルバーウルフの鋭爪をジャンプで躱し、両手で握った剣を空中から力の限り振り下ろす。
――ギィィン。
しかしそれでも剣は敵を斬らない。
「グルゥ」
斬れない剣に弾き飛ばされたシルバーウルフは、少し地面を転がり直ぐに起きると、ロイを警戒して不機嫌に鳴いた。
「くっ、なんて硬さだよ」
しかしシルバーウルフの恐ろしさは硬さだけではない。
「ウォォオン」
雄叫びと共に舞うのは固有魔法の鎌鼬。
上位の魔物はいくつかの魔法を使えることがあり、それを固有魔法と呼ぶ。
「ぐっっ……」
対してロイは魔法は使えない。獣人は魔力の扱いが苦手であり、ロイもそうだった。妹のロナは幾らか使えるのに、と練習を重ねたが、どうにも上手くいかない。
そんなロイは、無数の風の刃を全て剣で防ごうとする。だが当然防ぎきれず、いくつかはその身に受けてしまう。
「おいおい、ありゃ無理だ。いくらロイでもあの怪我で、あの敵じゃ都合が悪過ぎる」
ロイの戦いを見ている獣族は、心配からネガティブな発言をする。
「うむ……勇者殿、ロイはああ言っていたが、危険だったら助けてやって欲しい……」
しかしロイが獣族の為に旅に同行したいと言ったこと、こいつらは分かっているのだろうか。
ロイの要望に隠された思いをわかっていたスイは、そんな事を考えながら獣族達の話に耳を傾けていた。
「そうだな、なにもここで命を張らなくても……」
「せっかく助けが来てくれたんだもんな……」
やはりわかっていない。スイは少し不快になった。
「うるさい黙れ」
いつもの怠惰な口調とは違い、その声音には怒りが含まれていた。それに体を強張らせた獣族達はその後一切口を開かなくなった。
因みにスイは無意識だったが、今の言葉には言霊が宿っていた。それは魔力を伴った命令に似た魔法だが、この時は誰も気付かなかった。
「ロイか……」
スイは必死に何かを守ろうとする小さな背中に、かつては身近にいた存在を重ねる。
(俺がいなくなってからも元気でいるだろうか)
何でもそつなくこなす多才な弟。ロイも同じくらいの歳だろう。あの歳で一体どれほどのものを背負っているのか。
いつかは救いたいとスイは思う。
人族も、亜人族も。
しかしそれは、あの幼き戦士を危険な旅に同行させるしか手がないのか。
いや、あるはずだ。
ならば彼を危険に晒す必要はない。
こんな不条理な世界でスイが出会ってきた者達。その中で一番強い心を持った少年に、スイは賞賛と労いの気持ちを込めて詠唱をした。
「補助魔法――」
彼は旅に同行させない。これで最後、もうお前は戦わなくていい。
「……なんだ?」
鎌鼬を放った後の隙を逃すまいとシルバーウルフに突進し、刺突を繰り出すロイ。
「グギャゥウ!」
身体に巡る何かがロイの動きを機敏に、ロイの剣を鋭くする。その刺突は身をよじられ直撃はしなかったが、掠った場所からは血が流れていた。
「攻撃が通った?」
シルバーウルフも与えられたダメージに驚き、数歩下がる。
一体何が変わったんだ……。
ロイは身体に感じるモノを必死に探す。
どこだどこだどこだ。
それは簡単に見つかった。
眼が覚めるような冷たい流れ。それでいて燃え盛る炎の様に激しくて。
いつかロナに魔法を教わっている時に掴みかけた感覚だ。
何故かあの時よりもかなり増大しているが、そのおかげで見つかった。これが魔力だろう。
そして父の言葉を思い出す。
『人族ってのは身体が弱いから魔力で強化するんだ。……まあ、魔力を感じられないと出来ないんだが……ロイなら直ぐ出来るだろう!イメージは全身の毛を逆立てる感じだな』
初めの段階で躓いていたが、それをクリアした今、出来る気がした。
「ガゥゥゥウゥゥ……」
両手両足を地につき唸るロイ。真っ赤な髪がなびき、辺りの温度を下げ、その身から青白い魔力を漂わせる。
誰もが息を呑む緊迫した空気の中で静かにシルバーウルフを睨み構えるロイ。
それは雪山の白虎が獲物を狩ろうとする様。
そして解き放たれたのは蒼白に包まれた紅。
「グォオォォォ!」
それを目視出来たのは、この場でスイだけだろう。
種族一の速さを誇るシルバーウルフですら、身体を数ミリ動かすしか出来なかったのだから。
里の者達が知覚出来たのは、いつの間にかシルバーウルフの背後にいたロイが剣を鞘にしまう光景と、ロイの紅の髪とは違う赤色をしぶかせながら地に伏せるシルバーウルフ。
段々と何が起こったのか理解していった獣人達は遂に歓声を上げた。
「うぉおおぉ!!ロイ!やったなー!!」
「お前は俺たちの誇りだ!」
しかし、口々に褒め称える大人達を無視して、ロイは不機嫌そうに勇者に歩み寄った。
「……なんでだよ。なんで、手を出した」
真っ直ぐこちらを見つめる碧い瞳に、同じく真っ直ぐぶつかる紅い瞳。
「何か悪いことしたか?」
しらばっくれる様な言葉はロイにしか聞こえていない。後方の獣族達は興奮して口々に何か語っている。
ロイは魔力を見つけた時に確信した。勇者の仕業だと。自分の魔力はあそこまで膨大ではなかった。勇者が何らかの魔法をかけて、自分に魔力を気付かせたのだ。
それは何故か。
決まっている。勇者は、ロイでは一人で勝てないと、そう判断したのだろう。
つまり、自分は認められなかったのだ。
それを勇者に怒り散らすのは違うのかもしれないが、ロイはまだやれたと、自分はまだ諦めてなかったのだと、そう言いたかった。
「俺は、まだまだ、あのくらいじゃ……」
しかし勇者の碧い瞳は、白虎の魔力よりも冷たく細められていて。
「まさかお前、本気で俺に付いてくるつもりだったのか?あり得ないだろ、薄汚い獣族の分際で」
その瞬間、ロイは何処までも落ちる感覚を味わった。
遠くの方で自分達の会話など聞こえていない大人達が笑っているが、そんな場合ではないだろう。
信頼した勇者に突き放されたんだ。
あぁ、獣人は薄汚いから救われないんだ。
勇者はロイを置いて里の方へ向かって歩いて行く。皆が笑っている里の方へ。
どうしてだろう。自分は皆の為にこんなに戦ったのに、誰も救えなくて、誰にも救って貰えない。
ロイは押し寄せる寂寥感に沈み、ぼやける視界に幻覚を見た。
それはいつか、自分達を置いて里を救おうとした父の背中。
父はいつも戦っていた。自分を守り、ロナを守り、里を守り、結局獣族を救う事は出来ずに死んでしまった。
なんだ、どうせ守る事が出来ないのなら……。
ロイは膝をついて幻覚の父に手を伸ばす。
それは完全にあの時と同じ視線だった。
だからあの時と同じ事を口にしてしまった。
「僕も連れてってよ……」
あの時と一つだけ違う事があった。
幻覚の父が寂しそうに振り返ったのだ。
しかしロイの視界は直ぐに暗転し、その後を確かめる術は無かった。
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※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
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