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三章 白日の下に晒されて
唯一の不合理がもたらす惨劇
しおりを挟むサイが二人の勇者を殺した頃、北中学校では焦燥に駆られた少年の姿があった。
「荒木先輩! なんとか言って下さいよ!」
少年の名前は花園太一。
彼はしばらく前からこの北中学校避難所内の違和感に気が付いていた。
まず初めに山場叶子と関口翔太が突然いなくなった事。
それと同時期に荒木勝己の太一に対する態度が不自然になった。
それだけではない。
ステータスを持つ勇士の全員が、太一を避けて何か大切な事を話しているようなのだ。
太一は最初、また自分はハブられるのかと単純に悲しんだ。だがそれは世界が変わる前までの日常であったし、今更どうという事もない。
だが、あの頃とはどうにも雰囲気が違う。
嫌悪感のこもった眼差しが向けられていたあの頃とは違い、今の皆んなの眼差しは、同情や哀れみだと感じられる。
自分が弱いから哀れだと思われているのか。
それも違う気がする。
そもそも、一番知るべきことは、自分以外の全員が話し合っているその話題の事だろう。
気になった太一は太っている身体を隠しながら、気配を消す様に避難所で生活する様になった。
もともと嫌われ者故に、目立たない様に行動する事は得意だった。
だから意外にアッサリと、隠された会話を盗み聞く事が出来た。
自分以外に伝達されている重要な情報。
太一が聞いたのは一部分だったが、それが自分にとってどれほど大切な情報なのか理解した。
「美城サイってあの小さい中学生だろ? あいつが犯人だなんて……わかったよ、見かけたら捕らえるか、それか……殺さなくちゃいけないんだな」
太一はそれを聞いた時、震える足で荒木勝己の元へ走った。サイがいなくなってから、荒木が最も太一と会話してくれたからだ。
走りながら不安は増大していく。
サイくんが殺される? いったいどうして。
犯人ってなんだ? もしかして第八グループ崩壊の?
回転の遅い脳でも、走っているうちに勘が働いてきて、荒木の元へ辿り着いたときには、殆ど確信していた。
そして現在に至る。
「なんとか言って下さいよ! サイくんが、二人を殺したって……本当なんですか……」
珍しく静かで、悲しそうな目をした荒木を見て、太一は絶望した。
そうか、事実なんだ。
一体どうして。
それから、荒木は意を決した様に話し始めた。
サイの本性、関口みずほの危機、それを知ったからこそ出て行った叶子と翔太、そして、重罪人の美城サイがこの避難所内で指名手配となっている事。
「……どうして、僕には何も教えてくれなかったんですか」
荒木は俯いたまま答えた。
「美城の為に頑張って強くなってるお前を……悲しませたくなかったんだ」
太一は特に責めることはしなかった。それが荒木の優しさだと知っていたし、事実、以前よりだいぶ力をつける事が出来た。それは何も知らずに、サイの力になる為に頑張ったお陰だ。
太一は頭の中を整理する様に話し始めた。
「サイくんだけなんです。僕のことを馬鹿にしないで、対等に扱ってくれたのは。そこにどんなに冷たい理由があったとしても、サイくんだけだったんです」
荒木は静かに聞いていた。
「それから、サイくんは、僕を認めてくれました。避難所で、僕が鼠の魔物を殺したって知っても、それは正しい事だって、言ってくれました。その上、僕が知っている事を話したら、凄く褒めてくれて、皆んなの役に立てるって、そう言ってくれたんです……」
太一の目からは涙が流れていた。
「皆んなだってサイくんに助けられたでしょ? 多目的室で、沢山の情報が速く行き渡ったのは、サイくんが僕を受け入れて、話を聞いてくれたからなんですよ。それに水魔法だって、サイくんが使ってくれなければ危なかった。水が無ければ人は生きられないから。わかってます。サイくんは自分の為に使っていたと、貴方はそう言うんでしょう。それが事実だとしても、サイくんのお陰で僕らが救われた事も、事実なんです」
涙を拭った後、深呼吸してから太一は続けた。
「勿論サイくんが殺人を犯したなら、それはいけない事です。でも、僕らにそれを裁く権利はあるんですか? 皆さん、自分が神にでもなったつもりですか? 一人の子どもを大勢の人がよってたかって殺しに行くなんて、その行為に罪の意識は無いんですか?」
太一は強い瞳で荒木を見た。荒木は少し気圧された。
「僕はずっとサイくんの為に力を磨いて来ました。今もサイくんの力になりたいと考えてます」
「ま、待てよ! あいつの力になるって、それって……」
「わかりません。それがどういう事なのか。だから僕は行かなくちゃ行けません。僕のヒーローを救う為に」
太一はここに来た時とは全く別人の様な、力強い背中を荒木に向けた。
「荒木先輩、お世話になりました。貴方の優しさも、僕は嬉しかった」
荒木は何も言えずに太一を見送った。
彼の言う“救い”が誰に何をもたらすのか、荒木にはわからなかった。
ただ一つ確かな事は、強くなった太一を止める事など出来はしない、それだけだった。
その頃サイがいる北の戦場では、魔神ウラリュスが配下達に驚愕的な事実を伝えていた。
それはこの少年が神格を有している事。
ティスノミアの人族ですら神格を得たことはない。だから人族しかいない地球で、ウラリュスの敵となるのは勇者だけだと誰もが信じていた。
なのに今、神格を得た少年が目の前にいる。
彼は本当に人なのか。
「……半人族? クラリスと似ておる……まさか鬼族の血が流れているのか? しかし貴様は初めは人であった筈だ。後天的に魔族として目覚めたのか? 神格を得たのは二人の勇者を屠った経験値からか?」
ゲートに向かって走る少年の後ろ姿を睨みながらウラリュスは解析している。
ゲート近くにいた配下達はとっくに退避している。彼らは神格を得た者に対抗する手段がない、故にウラリュスの命令通り身を守る事に徹している。
「……ともかく、こんな異質な者を野放しにするわけにはいかぬ」
魔神は小さな掌をゲートに向けて、そのまま握り締めた。
その動作に呼応するように空間の歪みは閉じた。
走る少年は、ゲートがあった筈の場所を通り過ぎてから止まった。
「少年よ、名をなんと申す?」
少年は振り向き、無機質な目で魔神を見つめた。
数秒経ってから、漸く答えた。
「……サイ」
「そうか、存外理性的ではないか。急激に向上した力に呑まれておると思ったが」
満足げに頷いた魔神だったが、今度は真剣な表情で問いかけた。
「ではサイよ。貴様、余の配下にならぬか? 勿論、クラリスを殺したからには相応の働きをしてもらう。だが余に忠誠を誓うならば、ティスノミアに連れ帰っても良いぞ」
それはサイにとって魅惑的な誘いだった。
さっき自分に殺意を向けた魔神が、たった一つの誓いで罪を許し、サイが望む場所に連れ帰ってくれると言うのだ。
しかし今のサイは、ウラリュスの言う通り力に呑まれている。知能は低下し、碌に考える事が出来ない。
故に魔神の配下になって保証される“命”よりも、配下になる事で手に入らなくなる“自由”を重く見てしまった。
仮に配下になったとしても、組織の内側から魔神を滅ぼすなり、逃亡を図るなり、やりようはいくらでもあったと言うのに。そして、常時のサイならばそれをいくらでも思いつくから、平然と嘘を吐き、魔神の懐に忍び込む事も容易であった筈なのに。
「死ね」
自由を奪われると短絡的に考えてしまった愚かな新神が吐き捨てた言葉は、単純明快な意思表示。
合理的に生きてきたサイが、不合理にも“自由”を求めてしまった結果が、魔神との敵対であった。
「そうか……残念じゃ」
その瞬間が戦いの始まりだった。
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