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一章 未だ誰も知らない

ハタから見れば優しい少年

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「サイくん! 大丈夫? ケガはない?」

 オークの死体が転がる正門前で、勝利を収めた子供達はそれぞれの容態を確認していた。

「あぁ、僕は大丈夫。それより、第十五グループの皆さんは見張りを続けられそう?」

 サイが最年長(高校三年生)の服部さくらに確認を取ると、「私がちょっと足切っちゃったくらいで他は問題ないよー」と頼もしい返事。
 血の匂いや悲惨な光景に未だ耐性がつかない数人は口元を隠しているが、目立ったケガはない様だ。

「それじゃあ僕ら研究班は戻ります。薫さんもついてきてください」


 サイを先頭にして、サイから少し離れて歩く班員たち。
 サイが疑問を持ちながら振り向くと、薫が申し訳なさそうに言った。

「あのね、サイくん。背中がオークの血でびっしょりだから……結構臭うよ」

 ああそっか、サイは納得した。さっき転んだせいだ。

「困ったよね。あ、そうだ、教室に体育着が置きっ放しにしてある人とかいるよね。それ、借りちゃう?」
 太一の提案に首を振る。

「実は僕もさっきの戦闘で魔法を覚えたんだ。水魔法だよ。これが上手くいけば洗濯くらい出来るはず」

 薫が魔法を習得した後だし、取り立てて騒がれる事も無いだろう。そう判断して、サイはさっき魔法を習得した事にした。
 因みにレベルが上がったのは事実だ。


【名前】 美城サイ
【称号】 サイコパス
【レベル】 7
【体力】 E
【魔力】 D
【魔法】 無、火、水


 ステータスはやはり誰にも開示しないつもりだし、火魔法が使える事も教えない。教える必要も無いし、秘密が多い方が有利になる。情報とはそういうものだというのがサイの認識。

「な、なんと! 凄いよサイくん、救世主だ」
 興奮する太一に首を振る。
「よしてくれよ、まだ扱えるかも不安なんだ。まあ、自分で色々試してみるから、太一くんと荒木先輩は昼からの見張り当番に備えてしっかり休んでおきなよ」


 多目的室で校長にオークという強敵(サイ以外の班員にはそういう認識だった)との遭遇を報告し、薫が雷魔法を使える事を報告した後、そのお陰でサイの命が助かったと大げさにアピールしておいた。
 その後で慎ましく、サイも水魔法が使える様になったから、これから色々試しますと申し出た。
 薫の武勇伝のおかげでサイの存在はあまり目立たず、水について「期待している」と血のついていない右肩をちょこんと叩かれた。

「じゃあ僕は屋上で魔法の実験でもしてきます」

「サイくん、僕も行くよ」
 薫の言葉にサイは首を振る。

「服を脱いで、洗いたいんです。覗かないで下さいよ?」サイは珍しくおどけた様に言う。
「それに、集中しないと魔法発動出来ないみたいですし」そうでしょう? と荒木を見ると彼は頷いた。

「そっか、そういう事なら。僕は僕で色々試してみるから、後で情報交換しようね」

 そう言って薫とも別れた。尾択は再び絵描きに戻る様だし、これで漸く一人になれる。

 サイは早速屋上に出て、さらにその塔屋のハシゴを登って最も高いところに落ち着く。
 幾らか高い塀に囲まれた場所の為、座ってしまえば周囲から目撃される心配はない。

 まずは服を全て脱ぎ、両手から魔法で水を出す。これは手馴れた作業だ。
 ここからは集中する必要がある。
 両手から水を垂れ流しながら魔力を練る。僅かばかりの魔力を火に変換。
 すると水は温水に変わる。
 サイは階段を上る前に水道からくすねてきた石鹸を使って衣服をしっかり洗って行く。
 その後自分の全身を洗い、血の汚れで濁った床の水を下に流し落として、衣服と身体を乾かすために手から継続的に火を出し続ける。

(魔法か。不思議な現象だけどこれを使いこなせれば生活の質は向上する。次に習得したいのは影、或いは闇魔法だな。本当にそんなものがあるのかは知らないけど、とりあえず魔力を消費し続けよう。少なくとも魔力くらい上がるかもしれない)

 サイは乾いた衣服を着ながら梯子を降りる。
 屋上の端にある貯水タンクの元へ行き、中を覗き見る。
 水道の水が止まってからはこのタンクから直接水を汲み上げているそうで、中はだいぶ少ない。そこに魔法を用いて水を足して行く。

 次に訪れたのは給食室。
 食事係の中年女性達が見守る中、サイはあらゆるタンクの中身を満タンにしていった。
 部活動で使われていたウォーターサーバー、持ち運び用の二十リットルタンク、防災用のポリタンクやバケツにも水を注いでいった。
 やがて容器がなくなると、サイは再び移動する。涙を流しお礼を言う大人達を適当にあしらってから。

 次にやってきたのは体育館の隣にある屋外プール。この季節は丁度水を抜かれたばかりで汚れていない。
 サイはその大きなプールに水を溜め始めた。

(まだ魔力がある。ただ単に水を出すだけなら、あまり魔力を消費しないのかもしれない)

 そこでサイは遊び心を加える。
 今までは大量に垂れ流すだけだった水を、シャワーの様に分散させたり、霧の様に細かい粒子にして飛ばしたり、集中力を要する作業を始めた。

(これは結構難しい……あ、まずい)

 危機感や痛覚の欠落したサイが身体の異変に気付いた頃には時すでに遅し。
 魔力を使い果たした少年はプールサイドに一人倒れた。




「まだ子供なのに必死になって皆んなを助けようとして……偉いんだねー……」
「そうなんですさくらさん……サイくんは優しい子ですから」
「でも、サイくんは無理し過ぎだよ。正直言って、何もせずに文句だけ口にする避難民の為に、彼がここまで尽くす必要はない。僕にとっては彼の身の安全の方が大事です」
「儂の立場でこう言うのも良くないのだが……千田くんの意見に賛成だ。だから彼が起きた時に、自分の身を疎かにするなと言っておいて欲しい」
言い終えた後、校長の気配はドアを閉める音と共に出て行った。

(別にお前らの為にやってたわけじゃないんだけどな。まあ僕の評価が上がったのは良いことだ)
 数分前に目を覚ましたサイだが、会話を盗み聞きする為に未だ眠ったふりをしている。
 それよりも。ステータスオープン、と念じる。


【名前】 美城サイ
【称号】 サイコパス
【レベル】 7
【体力】 E
【魔力】 C
【魔法】 無、火、水


 ステータスは念じただけでサイの頭の中に映し出される。
(魔法は覚えないか。でも魔力が上がった様だ。それにしても魔力切れを起こすと気絶するなんて、戦闘中だったらシャレにならないな)

 サイは自らの身をもって思い知った事を振り返りながら目を開けた。

「サイくん! 目が覚めたのね、具合はどう?」
 保健室のベットの上。サイの顔を覗き込む、涙目のみずほが興奮気味に言う。
 大げさだろうと思いながら「よく眠ったおかげでバッチリさ」と答える。

「でも、僕はどうしてここに? あれから何時間経った?」

 微笑みを浮かべた薫が答えた。
「今は夕食前、日付は変わってないよ。昼に僕がサイくんを探してたところ、みずほちゃんとさくら先輩と会ってね。一緒に探していたんだ。そしたら給食室のおばさん達が、サイくんが水を出して回ってるって言うから、まさかと思ってプールを見に行ったんだ。案の定、サイくん魔法使い過ぎて倒れていたんだ。みんなの為に、君一人が無理する必要は無いよ。さっき校長先生もそう言ってた」

「そうだったんですね。ご心配をお掛けしました。それから、薫さんは僕に用があったんですか?」

「ああ、魔法についてだけどさ、まあそれはいいよ。明日実践しながら話し合おうよ。今日はゆっくり休んで。そうだ、夕食は食べられる? 給食室から持ってくるよ」

 言いながら薫はドアを開けて出て行く。
 そのドアの横に、巨大な斧が立て掛けてあるのを発見した。

「あ、あの斧は」
 サイの疑問に答えたのはさくらだった。
「あー、あれ、オークが持ってたやつね。私が貰っちゃったけど倒したのサイくんだからね、もし、使うならお返しするよー」

 サイは首を振る。
「いいえ、僕にはあの斧は重すぎて。小柄な僕には機動力を邪魔しない武器が適していますから、斧はさくら先輩にお譲りします」

「ありがとー、私の称号にピッタリな武器だから欲しかったんだー」
「どんな称号なんですか?」
「……怪力女。失礼だよねー。でもお陰で、重たい物も振り回せるようになったんだー」

 服部さくらの身体を見てみると、バレー部だけあって細くてもしなやかな筋肉に覆われている。しかしそれでもあの大斧を振り回すには力不足だろう。それを補っているのが称号というわけか。
 この称号は太一の“肥満”の様に役立たずの場合もあるし、彼女の“怪力女”の様に優秀な能力を発揮する場合もある。サイは自分の称号がどんなものか、改めて気になった。

 その後、人数分の食事を乗せたワゴンを押して戻ってきた薫を含めて、保健室で夕食になった。
 もう鮮度も落ちてきた生野菜と乾燥したパン。ただ、サイのトレーに乗った食料は周りのものより少し多かった。どうやら水を出した報酬らしい。随分少ない報酬だなと思いながらも喜ぶフリをしておく。

「サイくん、今日はここでゆっくり休んで。明日の朝、見張り当番だけどサイくんは出動しなくていいからね」
 食事を終えた薫がサイを気遣う。サイはここでは「わかりました」と言っておくが、明日の朝になったら出動するつもりだ。


「じゃあ、お大事に」そう言って出て行く薫とさくら。しかしみずほはその場で動こうとしない。


「関口さん、どうしたの?」
 早く出て行ってほしくてサイは問い掛けた。


「……あのね、怖がる人がいるから、出来るだけ内緒にしておかないといけないんだけど……でも私にとっても、サイくんにとっても、大事な人だから知っておくべきだと思うの」
 そう前置きをしてから、みずほは一番奥のベッドのカーテンを開けた。

「先生、最初の見張り当番の時、魔物を倒して直ぐに気を失ってしまったの。原因もわからないし、一度も目を覚まさないから、心配で心配で……いつか、起きてくれるかなぁ……」

 涙まじりに衝撃の事実を打ち明けたみずほ。
 彼女が立つ側のベッドには、死んだ様に美しい山場叶子が横たわっていた。
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