魔王の子供は天才神官!

小月

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5.駆け落ちですか

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「まだここにいるのか、お前」

 呆れたような顔をしたフリッツが目の前に立った。
 ここは医務室の前。ザグルさんが目を覚ました時に俺を見てまた倒れられたら困る、と部屋の外に追い出されていた。すでに時刻は昼過ぎである。朝食も食べていないが、心配で腹も空かない。

「お前には関係ないだろ。嫌味でも言いにきたのか?」
「嫌味を言ってほしいのか?」
「ほしいわけねーだろ」
「その汚い話し方は外でするなよ。神殿の恥だ」
「お前の前でしかしてねーよ」

 ザグルさんが心配でイライラしている所をからまれ、自然と口調も荒くなる。
 目上の人も多いし、特別な子供として神殿に連れてこられてから、皆が望むように出来る限りの上品ないい子ちゃんで通してはいる。が、元が孤児院育ちで教養なんてないし素の部分が変わることはない。

 『天啓』の力を失くしてからフリッツはやたらと俺につっかかる事が多くなり、年も近いんでつい素が出てしまってからはそのままで対応している。
 そういや初めて口汚く言い返した時のフリッツ、すごい驚いていたっけな・・・・・・今はもう慣れたのか何も言わないけど。すぐに順応したフリッツはすごいな。今の俺の口調をきいたら、ザグルさんなら卒倒するわ。
 そして他の人には言わない辺り、根はいい奴なんだろうとは思う。


「・・・・・・お前、なんでザグル神官が驚いたのか判ってないだろう?」
「うん?」

 俺の顔を見るだけで倒れるぐらい心労が溜まってたんじゃないのか?

 疑問を顔に浮かべて問いかけるとため息を吐かれた。なんだよ、もう。

「神官長に言われたからだよ」
「え?」

 何を?

 口を開く前に医務室の扉が開く。

「おっと・・・・・・まだいたのか」
「! あ、あの、ザグルさんは――?!」
「大きな声を出さないでくれ」

 中から出てきた医務官が顔を顰める。

「ザグル神官なら目が覚めたが、昨夜は寝ていないようでお疲れだ。今日はここで静かに休ませるから、カティル君はもう部屋に戻りなさい」
「あ、じゃあ一目・・・・・・」
「心労の原因がいたら休めるものも休めないよ。戻りなさい」
「・・・・・・はい」

 有無を言わさぬ口調で追いやられる。
 一目だけでも顔を見たかったが、目が覚めたのならそれでよしとしよう・・・・・・出来れば明日は会えるといいんだけど。

 肩を落として、廊下に残されたもう一人を見やる。

「それで? 神官長がザグルさんに何を言ったって?」
「言われたのはザグル神官だけではないが」

 フリッツがかけている眼鏡の位置を片手で直す。
 芝居がかった、勿体ぶった動作に若干イラッとする。

「追放されるらしいぞ、お前」

 首を傾けて口角を上げながら、面白そうに言った。







「はぁぁぁぁぁーーー?! なんでそんな話になってんだよ!!!」

 人が通るかもしれない廊下から離れて、俺の部屋へと移動した。
 壁が厚く造られているため、多少の大声は部屋の外までは届かない。

 そして簡素で埃っぽい部屋だと文句を言いながらフリッツが椅子に座っている。
 掃除をしているのかと口にハンカチを当てているのが腹立たしい。お前より片付け上手だっての!

「それで、本当なら昨日追放される筈だったって?」

 フリッツの話が本当なら、追放されて戻るはずのない俺がいたから驚いたってことか。
 そういや朝会った時、こいつも驚いてたよな。

「まぁ秘密裏にだがな。表向きは隣国の神殿に移る話になっている」
「隣国の神殿に行く予定はないが?」
「だから表向きだろう。ちなみに裏は駆け落ちだときいているぞ」
「はぁぁぁぁぁーーー?! 駆け落ちって誰とだよ!」
「信者のアントニオさんと?」

 なんだそりゃ?! 神官長から聞いたって言ったよな? あの人が捏造したのか?
 しかも名前からして男だろ、それ。

「誰だよ! ・・・・・・って、あれか? 昨夜の太っちょ野郎か?」

 言われれば、そんな名前だった気がする。
 会った時からヤバイ雰囲気醸し出してたから、名前とか耳に入ってなかった。

「知り合いか」
「違うって! 最後に寄った家で、夜道は危ないからってそこの家人をつけてくれたんだよ」
「ふむ」
 
 フリッツが足を組み、空いている方の手をあごに添えて考える。
 眼鏡をかけているだけで、知的に見えるよな。実際、フリッツは神童と呼ばれるほど知力も魔法も優れているけど。落ち着いた所作は同い年に思えない時がある。

「道ならぬ恋の末、手に手をとって駆け落ち。それを良しとせず神殿としては騒ぎにならないよう秘密裏に追放措置。という筋書きだったわけだが」
「せめて相手は女の子にしてほしかった!」
「無理だろう。お前、女の子に嫌われているし」
「それは言うな・・・・・・」

 顔がいいからって女の子にモテるわけじゃない。
 女の子より綺麗な顔ってだけで、彼女達の嫉妬や嫌悪、恨みつらみが何故か俺に向けられるのだ。男らしい美形だったならモテたかもしれないが、成長途中で声変わりも遅い俺は見た目は完全に美少女。劣等感を刺激されるのか怒りの矛先が凄まじい。力があった頃は憧れていた存在も、力を失くしたら憎悪の対象らしい。
 大人になれば違うんだろうけどなぁ・・・・・・もう野郎にはモテたくないです。

「神官長の言葉で、ザグル神官も信じたようだな」
「えっ、ザグルさん信じちゃったの・・・・・・?」

 力を失くしてしばらくしてから、先輩神官たちを相手にしているから神殿に残れているという噂が囁かれるようになった。
 俺は否定していたし、ザグルさんも信じてくれていたんだけど。

 2年前から、それはもう好き勝手に言われている。あれは悪魔の力だっただの、そもそも力なんてなくてインチキだっただの。今はもう俺に対しては悪評しかないし、陰口を言われたり疲れきっている所に権威ある神官長に言われたら信じてしまうかも。

 ザグルさんは今まで俺をかばって、守って。噂を信じていなかったのに、実は俺が男と会って駆け落ちまで考えていた、だなんて裏切られた気持ちでいっぱいだったろうなぁ・・・・・・。
 昨日、俺を送り出すときはいつも通りに見えたのに。

 ふと医務官が言っていたことを思い出す。「ザグルさんは昨夜は寝てないようだ」って。
 帰りは待っていなかったけど、眠れないほど心に嵐が吹き荒れたのだろう。怒りか悲しみかはわからないけど。


「それで、お前はどうするつもりだ?」


 思案の波を漂う俺に、フリッツが問いかけた。
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