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28話
しおりを挟む「大きいの取りますよ。動かないでくださいね・・・」
伊織のこわばった声が鼓膜を震わせる。顔も手元もここからでは見えないが
、いつもの確信をもって行うような正確な耳かき捌きではなく、失敗をしないか恐るような動きに感じられる。あるいは耳に触れていない間は震えてすらいたかもしれない。
「伊織くんは大物ははじめて?柿人くんのすごいよね!こんなに大きいのが定期的にできるんだもん。」
「宮古先輩からも聞いてましたけど、ここまで大きいのは流石に初めてですね・・・壁との隙間がほとんどない。これに痛みを与えずにやるのはなかなか至難ですよ。」
耳元で自分の耳垢の大きさ談義されるのも慣れてきた。慣れてはいけない気もするが、もう今更だ。
「まあ、無理して痛みを与えるくらいならすこし削ったりして形壊したり、いっそスルーも選択肢には入るサイズだよね。後輩のは。」
「でも、これくらいの大きさも対応できないと。大会ではどんな耳かきプレイヤーが出るかわからないですしね。」
伊織の耳かきは意気込みが乗ったかのように力強く、しかし繊細なタッチで正確に壁と垢の隙間を捉えたらしい。快楽が勝る程度の僅かな痛痒感、そしてゴソゴソと蠢く音。
「痛くないですか?」
「ああ。気持ちいい。」
「よかった。これで壁を塞ぐような大物もなんとかなりそうです。」
飴耳、巨大耳あか、カサつき、水耳etc.様々なタイプの耳に対応する訓練。
中でも自分の耳は巨大耳垢役としてうってつけで、2日おきに訓練の受け手となっていた。
耳垢に限っては何故かできる間隔が早まっており、もしかしたらこれも耳かき世界の特徴なのかもしれない。
ゴソゴソとした音ともに塊が外へ登っていく。塊が耳から離れると熱が冷めるように空気が耳に入るような気分さえ覚える。
「んっ!」
「はい、おしまいです。うまくできたみたいでよかった。」
伊織の膝から頭を起こし、軽く体を伸ばす。異性も同性にも抵抗なく頭を預けることも慣れてきた。耳かきができるなら、だれが相手かは些細な事とすら感じている自分も順調にこの部活に毒されている。
「この調子なら、練習試合も出て大丈夫かな。」
友梨奈先輩が唐突にスポーツ部の部長のようなことを言い出す。
「うん。後輩のタイムや耳かき捌きも安定してきたし、伊織も巨大耳垢までの練習もすんだ。最後は実戦形式が一番いいだろうね。」
宮古先輩も真面目な返答ということは真面目に大会が目前ということだ。実際、日付としてはすでに後2週間近く。確かに実戦はしておきたい。
「練習試合っていうと他の耳かき部と試合するんですか?」
「うん。大きいところは2軍とかがいて、そういう子たちは大会に出れないってことも多いから、誘えばやってくれると思うの。」
なるほど。この部活があまりにも小規模集団だから忘れていたが、耳かきはこの世界ではメジャースポーツだ。大規模な耳かき部もあれば、2軍の耳かき少女、あるいは耳かき少年もいるのだろう。
「2軍は練習になるんですか?1軍よりも弱いから2軍なのでは?」
伊織の問い。確かに2軍は実戦の訓練になる実力なのかという話はある。
「そこは問題ないと思う。規模のでかい部活での2軍は実力だけで決まってるんじゃない。チーム戦だからね。チームとしての総合力を高めるのが1軍だけど、2軍は個別の腕については1軍に引けを取らないどころか、上回ることも珍しくない。」
「なるほど。それなら安心ですね。」
伊織は好戦的な笑みを浮かべる。強敵に会えるのがそんなに嬉しいのだろうか。
「強いプレイヤーが相手か。勝負になるといいけど・・・」
「何弱気なこと言ってるの!柿人くん!今年のエースは君なんだから!全部やっつけてやるぜ!ぐへへ!くらい言ってくれなきゃ!」
何言ってんのこの人。
「あー。やっぱ後輩をエースにするんだ?」
「まあ、勝率的にも話題作りにも一番強い気はしますからね。」
「うん!柿人くん!まずは練習試合で私たち、明日見流学園耳かき部の名前を名前を敗北とともに試合相手に刻んでやるのだ!」
もりあがる先輩たちや伊織を見て、やはり耳かき部は理不尽で変なところだと実感する。しかし、この理不尽さをどうにも、自分は気に入ってしまったらしかった。
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