EAR OF YOUTU

チャッピー

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7話

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タオルを取り替え、マスク・ザ・イヤーの膝の上へ。元の世界だと100%の如何わしさを成立させてしまうこの状況は、この世界では神聖なスポーツの試合風景だ。
「僕、つい先日先輩との練習で耳垢取ったばかりだからそんなに汚れてないと思いますよ?」
 頭を乗せながら、マスク・ザ・イヤーに申し出る。自分自身も緊張しないために。
「そうなの?でも問題ないわ。私もプロだからね。」
「そうですか。」
 プロだと何が問題ないのかさっぱりわからないが、汚れてなくても耳かきを成立させる術はあるらしい。
「む、信用してないわね?すぐにわからせてあげるわ。」
「おお、やる気満々。そんじゃ、今度は私がタイマーやるね。頑張れ、後輩。」
 宮古先輩のやる気のない声援を受けながら、身構える。社会的に死ぬような声を出さないように。全力だ。
「はい、よーいスタート。」
 カウントダウンもなく、はじまったスタートの声に、マスク・ザ・イヤーが耳に手をかけ、引き延ばす。耳に触れた指はゆっくりと上下左右に動かされ、耳の穴が合わせて動き、心地よさを体に伝える。
「そこそこ溜まってるわね。体質かしら?それとも謙遜だったのかしら。」
 備え付けられたディスプレイに映る自分の耳はたしかに汚れていると言って差し支えない。
「本当だ・・・・・・溜まる方だとは思ってなかったんですけど。」
 どうやら今の自分の耳はけっこう汚れが溜まりやすい体質だったらしい。
「初心者って言ってたものね。自分の耳毛が伸びる時期や垢が溜まる周期はちゃんと調べておくといいわよ。さ、まずはこの大物から取っちゃおうかしら。」
 マスク・ザ・イヤーは大物から取るようだ。友梨奈先輩は練習の時に細かいのから取っていたが、違いはあるのだろうか。
「大きいのから取る方がいいんですか?」
「細かいのが手前に多すぎると大物が取りにくいことはあるわね。けど、今の君の耳なら、私には問題ないわ。」
 マスク・ザ・イヤーが耳かきを差し込むと、耳かきの匙が、垢に触れてゴソっという音が快感と共に耳に伝わる。
「ッ」
「ふふっ。我慢してるのかしら?無理しなくてもいいのに。」
 大物に引っ掛けた匙が細かく動く。かかった魚により深く釣り針を刺すために竿を動かすような動き。
 画面の上での垢が大きく動く気配はないが、視覚に反して、耳に響く音と脳に伝わる快感は大きな刺激を与えてくる。
「プロでも、手こずる大きさなんですか?」
「耳かきは速さだけが勝負じゃないわ。気持ちよくするのも大事なポイント。でも、私に耳かきされて質問ができるなんて、すごいわね。アマチュアなら、大体ふにゃふにゃになるんだけど。」
 あえて時間をかけて、このゴソゴソを聞かせることで快感を与える。なるほど。いつでも取り出せるなら、より快感を与えながら取り出すという選択もとれるわけだ。
 その時間と与える快感の分水嶺がどこにあるかを見極められない限りは余り意味がある技術ではないが、もしかしたら、役にたつかもしれない。
「そろそろかしら。」
 その声と共に、匙の動きがより大胆になる。ゴソゴソと動く音がゴロとした動きを伴う感触と共に、空気が通るような開放感が訪れる。
 そして、生暖かい熱を伴った塊が匙と共に外耳を通って、取り出される。
「大きいのはこれでおしまい。じゃあ、次は細かいのも行っちゃいましょうか
。」
 耳かきを持ち変えることなく、そのまま耳に入れてくる。大きな垢がなくなり、鼓膜まではっきり見える耳の中に残る細かい汚れは綿棒のほうが効率
よく取れそうだが、プロのこだわりなのだろうか。
「なんで綿棒を使わないのかって考えてそうね?」
「ええ、まあ。」 
 顔に出ていただろうか?いや、綿棒を使ったほうがよくね?って顔ってどんなだ。
「耳かきもたくさんやると相手の考えていることがわかるようになるものよ。耳かきを若い頃に沢山やると、人間性を磨けるってよく言われるのよ。」
「そんな、健全な精神は健全な肉体に宿るみたいな・・・」
「いい言葉ね。まさしくそんな感じ。健全に耳かきをやる人は良い精神の交流があるのよ。」
 それっぽく言ってはいるが、耳かきというスポーツ、そしてこの覆面バニーがプロをやってると言う時点でなんだか説得力に欠けている。
 いや、それよりも最初の疑問の答えは?
「プロになると、大体、マイ耳かきを持っている。最高の一本をね。道具を変える時間をなくし、テクニックだけで難しい垢をとることができる。」
 ツッコミが追いつかないことで、異性の膝という状況を多少緩和できるのは、異性に興味がある男子高校生としては助かるのだが、ボケが重なり過ぎて何が何だかわからない。なんだ最高の耳かきって。竹なら全部同じじゃないか。使い分けしないほどのメリットもないだろうに。
「ふふっ。教えてあげるわ。プロの技を!!」
「なぁ友梨奈。マスク・ザ・バニーってあんなキャラだっけ?ホビーアニメのボスキャラみたいなテンションになってない?」
「熱い!熱いよ!!マスク・ザ・バニー!!ううん。でも今は私はファンである前に、柿人君の先輩なの!!負けないで柿人君!」
 点数を競うのに僕が今できることはあるのだろうか。
「ッ!!?」
「これでも声を出さないなんて。驚いたわ。」
 耳かきが動き回る。細かい汚れが手前にでてくるが、それだけじゃない。
「耳毛にわざと・・・っ!?」
「すぐに見抜くのはさすがね。」
 耳垢だけではなく耳毛。それも少し長めの毛を狙って触れている。映像があるからそれが耳毛だと認識できるが、耳の中の音と感触は、耳垢と耳毛の区別なく、動く何かとして同じ処理をし、快感と音を更に脳に叩き込む。
 なんとか快感から逃れようと体が勝手に捩れる。
「うあああっ!!」
「往生際が悪いわね!でもこれで、終わり!」
 集めた細かい耳垢を一気に取り除き、ティッシュの上へ。
「ま、こんなところね。宮古ちゃん、タイムは?」
「3分47秒。いくら柿人の攻めでみっともないとこみせたからって大人気
なさすぎじゃない?」
「ううん!みゃーちゃん!これはいい経験だったよ!声を我慢するだけじゃなく、自分の身の危険を顧みず体を捩って抵抗したでしょ!やっぱり耳かきの才能あるよ!!」
「みゃーちゃん言うな。」
 宮古先輩と友梨奈先輩のやり取りを横で聞きながら、おまえは何を言っているんだ。と言う気持ちと、耳かきの受けは、快感への抵抗力が試されるのかとルールに対して理解をしようとする気持ちが同時に生まれている。
「うーん毒されてるなぁ・・・」
「ん?なんか言った?柿人君?」
「いえ、先輩のお眼鏡にかなったならよかったなと。」
 口にしたのは失敗だった。友梨奈先輩の目が初めて会った日のように輝いている。
「ねえ聞いた!?みゃーちゃんもマスク・ザ・イヤーも聞いた?聞いたよね!?柿人君が私を一番尊敬する先輩だって!耳かきの師匠としてずっとついて行くって!!」
「言ってない言ってない。」
「期待されてるわねー柿人君。でも気持ちはちょっとわかるかも。」
 突っ込む宮古先輩と他人事のマスク・ザ・イヤー。
「そこまで言われちゃ仕方ないよね!私が先輩として師匠として!柿人君をどこまでも強くしてあげなくっちゃ!!この調子なら今年の市大会、ううん県大会くらいは目指しちゃってもいいんじゃない!?いや、目指すべき!うん!!」
 聞こえていないらしい。だが、なんにせよ。
「これ、3000円分の商品はもらえるんです?」
 そこだけははっきりさせておきたかった。
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