虚無宙域

Cascade

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8・相違

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海洋ゴミが点々とうかび、重油でどす黒く染まった太平洋――その七万四千フィート上空を、黒い電波吸収塗装でおおわれたU―51高々度偵察機が疾駆しっくしていた。
その機体には灰色で「丸に星」マークと、ゴチック体で〈U・S・AIR FORCE〉の文字が描かれている。――USSDCは数日前に北米防空司令部 (NORAD)へと改称され、東支那シナ海周辺の哨戒飛行をさかんに行っていた。
「対水上レーダーに感あり。前方カメラを最大望遠に切り替え……これは――巡洋艦クルーザークラスですね。152E型と酷似していますが……」レーダーに映った艦影を見て、副操縦士コパイロットがいった。
「輸送船はいないのか?なんでも巨人宇宙船を大陸まで輸送するとか……」と操縦士パイロットいぶかしむ。「哨戒目的なら、巡洋艦一隻とは無防備が過ぎるぞ――潜水艦の反応は?」
「いまは遠すぎて潜水艦の反応はとても拾えません。もっと高度をさげるか、接近しないと……」副操縦士がこたえた。
「よし、速度をあげろ――マッハ二・七まで増速」操縦士が号令すると、副操縦士がスラスト・レバーを押し出し、速度計の針がじりじりと廻りはじめた。極超音速の衝撃波で、炭素繊維カーボン・ファイバー製の機体がビリビリと震える。――マッハ二・四まで増速したとき、通信員が不安げな声でいった。
「中国海軍から警告です……〝南支那シナ海上空をマッハ二・四で飛行中の国籍不明機アンノンに通告。貴機は我が国の領空を侵犯している。ただちに反転せよ、さもなくば貴機を撃墜する〟」
「ちっ……」操縦士が鋭く舌打ちをした。「もう嗅ぎつけやがったか。おい――反転だ。一八〇度転針し、ホノルル基地に帰投しろ」
「了解。ちかごろは向こうもピリピリしていますからね……レーダーを強迫観念的に監視してるんでしょう」副操縦士がのんきに言う。だが、わずかに生まれた楽観的な雰囲気は、対空ミサイル発射警報の甲高いサイレンでかき消された。
「チャフ、フレア散布!ECM電子妨害装置用意!」操縦士は鋭く号令すると、スラスト・レバーを限界まで押し出し、操縦桿をめいっぱい引いた。――U―51の黒い扁平な機体は、紙吹雪のような電波欺瞞紙チャフをばら撒き、フレアの火球を吐き出しながら、機首を急激に上げ、背面姿勢で遁走とんそうをはじめた。推力五万ポンドのGE―771Cエンジン二基がえたけり、U―51の速度はまたたく間にマッハ三・八に達する。
だが、U―51が発見した艦艇――人民解放海軍155A型巡洋艦〈寧波ニンポー〉の発射したAAC―560G対空ミサイルは、デコイには目もくれず、マッハ五の豪速で標的に追いすがった。
「駄目です!完全にロックされています!」副操縦士がさけぶが、操縦士は冷静な表情をくずさず言った。
「一か八かだが……エンジンを切ってもう一度フレアを散いてみよう。赤外線追尾ミサイルなら誤魔化せるかもしれん」
「レーダー追尾式だったらどうするんです!我々は死ぬのですよ!」通信員が悲痛な声でさけぶが、操縦士はいっこう意に介さない。
「どのみち――彼我ひがの速度差がありすぎだ。賭けるしかないさ……」操縦士はしずかに言うと、エンジン・キイをひねった。――二基のエンジンの咆哮がおさまり、力ない空転の音にかわるのを確かめてから、操縦士はフレア・ディスペンサーの開放スイッチをおした。
U―51の腹面からふたたびフレアの火球が放出され、目標を見失いかけていた対空ミサイルは、火球に吸いよせられて自爆した。
「今だ!ECM作動!」操縦士がいうと、通信員がE939電子戦機から拝借してきたECM装置を作動させ、付近一帯に強力な電波妨害を仕掛けた。
「よし……」機体を自動操縦オート・パイロットにきりかえ、操縦士が一息ついた。「これで、しばらくはレーダーに引っかからなくなった。あとは全速力で海域から離脱するだけだ……」

「U―51撃墜未遂事件」の発生をうけて、国連は安全保障会議を招集した。日本から招集されたメンバーに随行するかたちで、T大学の浜寺教授と、彼の学生がやって来ていた。
「ふぅ……」屋外のベンチに座りながら、学生がいった。「外はさむいですね……暖房様々さまさまです。あのあたたかさは、人類の特権ですね」
「ふむ、ではくが……」教授は眉をぴくりと動かすと、背広の内ポケットから紙巻煙草シガレットの箱を取りだしながら訊いた。「君は、〝進化種〟たる人類と、ほかの動物とのなちがいは何だと思うかね?」
「それは……人間は先進技術を有していますし、礼儀礼節を身につけてもいますし……」学生が言いかけるが、教授はそれを手で制した。
「君、君――そういうことではないよ。なちがいを訊いているのだ……たとえば今回の撃墜未遂事件と、巣の偵察にきた雀蜂スズメバチを、日本蜜蜂ニホンミツバチが熱殺するのとでは――どうちがうのかね?」教授は学生の答えをまたずにつづける。「わたしが思うに……人間は〝進化種〟、すなわち〝優等種〟などではなく――むしろ〝劣等種〟だ」
「劣等種?どこがです?」学生が首をひねる。
「あるいは、劣等種ですらないのかもしれん――人間と、他の動物との本質的なちがいは、動物が地球から〝供給プロヴァイド〟されるものだけで生活しているのにたいし、人間は地球から〝搾取スクイーズ〟しているという点にある」教授はライターで煙草に火をつけながら言った。「人類社会の基盤は、一八世紀の産業革命を転換点ターニング・ポイントとして〝地球からの搾取〟にきりかわった。以来、我々は地球という〝宿主〟……いや、〝創造主〟を――あたかも〝奴隷スレイブ〟のように、搾取の対象としつづけたのだ。こんなことをするのは、しかいない……」
彼はそこで一旦言葉を切り、やがて思い出したようにいった。
「〝神よ、神よ、なぜ我を見捨て給うたかエロイ、エロイ、レマ、サバクタニ〟だったか……神の手を振りほどいたというのに――皮肉なものだ……」教授の心情を代弁するように、遠くで霧笛むてきが物悲しげに鳴る。
「先生、帰国便の出発時刻がせまっています……」学生が言うが、教授は気にも留めない。
「面白いことだ――なにしろ、地球のような惑星にすら翻弄ほんろうされるような人類が、銀河系の支配者――〝神〟気取りでふんぞり返っていたのだからね……」教授はゆっくりと煙草の煙を吐き出しながら、水平線に沈みゆく夕日をながめていた。
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