暗殺者は王子に溺愛される

竜鳴躍

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暗殺者、王子に保護される

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「はあ、はあ、はっ……」

しくじった。

産まれてから18年。

物心ついた時には、孤児として、ギルドに育てられていた。

暗殺者として数々の任務をこなし、夕べ、大きな仕事をーーーーーー。


貿易商のエトワーズという男を殺すようにという指示だった。

港に潜み、機会を窺っていたが、気が付けば同僚に囲まれていた。



長くこの仕事をやっていれば、物事の裏も見えてくるし、知らないでよいことを察してしまうようになる。



もう18歳。

上からすれば、もう都合よく扱いづらくなる年齢だ。



そうか、俺は処分されるんだな。

だが、甘んじて受けるのは面白くない。


たった一人だったが、幸い倉庫街には死角も多く、狭い通路を利用したり積荷の高低差を利用することで応戦することができた。


そして、そのまま逃げて、近くの雑木林の中へ…。

だが、腹を深く刺されていたらしい。

傷を抑え、自分で止血を試みながら歩いていたが、止まらない。

息が上がり、目が霞む。



そして俺は、繫みの中に倒れこんでしまった。














「こら、まて!パトラッシュ!」


金色に輝く毛並みの愛犬パトラッシュは、ゴールドレトリーバーという犬種で、大型犬だがたいへん賢く扱いやすい犬だ。

それなのに、庭を散歩中、珍しく彼は私を振り切って繁みの方へ走っていく。


「わん!わん!!」


「どうかしたのでしょうか、ケヴィン殿下。なんだかあの様子は胸騒ぎがします。」

子どもの頃から私に従ってくれている侍従長は、方眼鏡を手に遠くを見る様に目を細めた。


「行ってみよう。」

「では、わたくしも。」


2人でパトラッシュの吠える方へ近寄ってみて、そして、息をのんだ。


美しい黒猫のような若い男ーーーーーー少年?だろうか。青年だろうか。年は私よりは少し若い気がするが、小柄な綺麗な顔立ちの男が、青白い顔で玉のような汗をかいて倒れている。

そして、血の匂い。

よくよく見ると、黒い衣装で分かりにくいが、腹の方が濡れ、そこから出血しているようだった。



「この者。このような黒い衣装。腰にはナイフと銃が下がっています。これは、後ろ暗い商売の者だと思われます。仕事に失敗したか、同業者の闇討ちにあったか、といったところではないかと。」

衛兵か近衛か騎士かを呼びつけて、引き渡すべきだと。

それは、正しい判断だと思う。



だが……。



「この者はまだ子どもだ。まずは医者に見せなくては。運ぶぞ!」

私は、侍従長の反対を振り切って、彼をゆっくりと抱き上げた。

なるべく腹を圧迫しないように、体を揺らさないように…。













「………ん。」

「目が覚めたかい?」


暖かい。ふわふわのベッド。傷は手当されていて、体も寝ている間に整えられたのだろう、気持ち悪さはない。

体についた血の匂いは消え、衣服も、白のシャツを着せられていた。

そして、自分を覗き込む、育ちのよさそうな綺麗な顔。

柔らかそうな薄茶色の髪、青い目。柔らかくほほ笑んで、俺を見つめている。



「ーーーーーおかしいな。俺は地獄行きなはずなんだが。天使がいる。」


「君は生きているよ。私の愛犬が君を発見してね。手当のために客間へ運んだんだ。」

「ここは?」


「城だよ。私はこの国の第二王子、ケヴィン=バッキンガム。 君は?年齢は何歳なの?」


ここは城だって!?


……なんてことだ。暗殺者が王子に拾われるなんて。

でも、俺はもう『暗殺者』でもないのかもしれない。組織に始末されるところだったんだから。

なんだかもうどうでもよくなって、王子に素直に答えることにした。

どうせなら、この王子、あの組織を一網打尽にしてくれないだろうか。

拾われて、育てられて、逃げ出せず、自分も悪事に手を染めてますます泥沼にはまったけど、あの組織に思い入れがあるわけじゃない。



「ーーーーー名前はブラッキー。髪が黒いから、適当にそう名付けられた。年齢は18。」




ブラッキーの目は、釣り目気味だけどくりくりして大きくて、猫の目のようだ。

目が開いて、こうして近くで顔を見ると、少女のようにも見える。

18とは言うけれど、手当して身づくろいをしてやれば、年齢より幾分か若く見えた。


「18か。私より2つ下なんだね。侍従長が言っていたけど、君は裏家業の人間だね?いいかい、僕の目をよく見て?正直に自分の身の上を言ってごらん?」


殿下の目を見ていると、なんでも素直になってしまう。


ああ、これは王族の力なのかもしれない。










「ふう。」

ケヴィンは、ブラッキーから聞き出すだけ聞き出すと、部屋を出た。

かなり深いけがだし、彼はたぶん、出てはいかないだろう。

いつかは出ていきたいのかもしれないが、行く当てもなく、腹をくくっているように見える。


「いかがでしたか。」


侍従長は、心配気にケヴィンに近づいた。




医師の見立てでは、幸いにも、臓器に損傷はないが、しばらくは絶対安静とのことだった。

そして、医師は言ったのだ。

『よかったですね。子宮が傷ついていなくて。』と。


彼は、どちらの生殖器も持っている両性具有だった。

ただし、生殖機能はどちらも不完全で、未成熟らしい。

産む方になるか、産ませる方になるかは、これからはっきりしてくる。


そして、そういった特徴を持つ貴族を、ケヴィンは知っていた。



この国の騎士団長を代々務める騎士の家。

ノース侯爵家にだけ、代々現れる特徴だ。


「目覚めた顔は、確かに騎士団長の亡くなられた奥方によく似ているように思う。確か18年前だろう?騎士団長の家が留守中に賊に襲われて、夫人とメイドが殺され、生まれたばかりの子どもが行方不明になったのは。」


「騎士団長にご一報を入れますか。いまだに喪に服して、仕事一本、後妻も娶らず、一人で生きてきた男です。子息が生きていることが分かれば、さぞお喜びになるでしょう。」

「いや、彼に話すのはもう少し先がいい。あの子が混乱するだろうから。あの子は自分は捨て子だと思っている。まさか、この国の高位貴族の子だったなんて、戸惑うだろう。」


少し間をおいて、顔を歪める。


「どうやら、彼の所属していた組織は、将来有望な子どもを攫っては、育てて、暗殺者か娼婦にするらしい。私はおそらく、多くの貴族の子がそこで自分の出自も知らず、働かされていると思っている。時々、貴族の子の行方不明があるだろう。大体は母親とともにいるときに襲われて、母親は殺されて子だけが消えている。単に治安が悪いと思っていたが、そうなのかもしれない。ブラッキーは、子どもの頃、娼婦になるか暗殺者になるか選べと言われて、暗殺者を選んだのだそうだ。だが、18になり、扱いづらい年齢になって処分されそうになったのだと言っていた。」


「確かに、貴族の子の行方不明は多いですからね。あの手の輩は、貴族に並々ならぬ感情を抱いております。高貴な子を暗殺者や娼婦に貶めることで、悦んでいるのかもしれませんな。」


「………下種はこの手で必ず一網打尽にしてやるさ。まずは、あの傷ついている子猫をうんと甘やかしたいんだ。おいしいミルクをお願いできるかな?」


「かしこまりました。」



侍従長はにこやかに燕尾服を翻して、支度に向かった。





パトラッシュが見つけてくれた、私の可愛い黒猫。

君を見つけたときの胸の高まり。

君は私の運命。
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