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だから女は嫌なんだ
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「クリスさまぁ~~~~。」
忘れかけていた、声。
だけど、自分に対してこんなに砂糖水のような甘ったるい声で愛称を呼ばれたことがあっただろうか。
もうすぐお昼休みに入ろうかという矢先。
鍛錬で衣服が汗ばんで貼りつき、男くさい匂いを漂わせている中に、場違いなそれは現れた。
「クリス様っ!」
社交界のパーティーにでも出かけるの?というドレスは、かつて自分が夜会のために贈ったもの。
何が起きているか分からず、カイザーは戸惑っていた。
婚約者であったときさえ、彼女にこんな眼差しを向けられたことはない。
愛称で呼ばれたことなどない。
大体、汗臭いだの、汚いだの、罵っていたじゃないか。
それがなぜ。
「知り合いか?だが部外者だ。何故ここに入り込めたのかは知らないが、帰ってもらってくれ。」
フォート団長が眉を顰める。
冷徹茨と呼ばれた騎士団長だが、この人と深くかかわっていると、決して心が冷たいわけではなく、全てにおいて『真面目なだけ』だというのがよくわかる。
不器用で、いつもどこか冷めたような言い方しかできないが、優しい人だ。
それは、今では団員は全員知っている。
部外者が忍び込んで。
貴族の女といえど、力ずくで追い出されても文句は言えない。
穏便に優しく団長が言ってくださったというのに。
「ひどい!折角久しぶりにクリス様に会えたのにッ!王子妃様は噂通り冷たい心の人なんですね!人の気持ちが分からないんだわ!」
ええええ~…。
ヒョオオオオと冷たい風が吹いたような錯覚を覚える。
ああ、団長が怒っている。
「ここは、城の中だ。部外者は立ち入り禁止。お前は間者か??おい、この女をさっさとつまみ出せ。言うことを聞かなければ地下牢だ。」
「はっ。」
今では視界にも入れたくない女をやむを得ず相手する。
「オズボーン伯爵を呼ぶ。もう二度と俺の前に姿を現さないでください。貴方はもう俺の婚約者ではない、俺には新しい婚約者がいるんです。」
「いやよ!私、愚かだったの。あなたにどれだけ大事にされていたか、今になって分かったのよ。ねえお願い。第二夫人でもいいの。ハロルド王子じゃあなたの跡継ぎは産めないでしょう?私が産んで差し上げるわ!」
「ちょ…っ!」
わざと胸を密着させるかのように、ぎゅっと抱き着いて、上目遣いで見詰めるその瞳は潤んでいる。
ばさっ。
ランチボックスを落とした音。
おとしたランチボックスは、ハロルド王子の足元に転がり、蓋が空いて中の不格好なサンドイッチが僅かに見えている。
ハロルド王子とジニアル王子が悪いタイミングでやってきた。
忘れかけていた、声。
だけど、自分に対してこんなに砂糖水のような甘ったるい声で愛称を呼ばれたことがあっただろうか。
もうすぐお昼休みに入ろうかという矢先。
鍛錬で衣服が汗ばんで貼りつき、男くさい匂いを漂わせている中に、場違いなそれは現れた。
「クリス様っ!」
社交界のパーティーにでも出かけるの?というドレスは、かつて自分が夜会のために贈ったもの。
何が起きているか分からず、カイザーは戸惑っていた。
婚約者であったときさえ、彼女にこんな眼差しを向けられたことはない。
愛称で呼ばれたことなどない。
大体、汗臭いだの、汚いだの、罵っていたじゃないか。
それがなぜ。
「知り合いか?だが部外者だ。何故ここに入り込めたのかは知らないが、帰ってもらってくれ。」
フォート団長が眉を顰める。
冷徹茨と呼ばれた騎士団長だが、この人と深くかかわっていると、決して心が冷たいわけではなく、全てにおいて『真面目なだけ』だというのがよくわかる。
不器用で、いつもどこか冷めたような言い方しかできないが、優しい人だ。
それは、今では団員は全員知っている。
部外者が忍び込んで。
貴族の女といえど、力ずくで追い出されても文句は言えない。
穏便に優しく団長が言ってくださったというのに。
「ひどい!折角久しぶりにクリス様に会えたのにッ!王子妃様は噂通り冷たい心の人なんですね!人の気持ちが分からないんだわ!」
ええええ~…。
ヒョオオオオと冷たい風が吹いたような錯覚を覚える。
ああ、団長が怒っている。
「ここは、城の中だ。部外者は立ち入り禁止。お前は間者か??おい、この女をさっさとつまみ出せ。言うことを聞かなければ地下牢だ。」
「はっ。」
今では視界にも入れたくない女をやむを得ず相手する。
「オズボーン伯爵を呼ぶ。もう二度と俺の前に姿を現さないでください。貴方はもう俺の婚約者ではない、俺には新しい婚約者がいるんです。」
「いやよ!私、愚かだったの。あなたにどれだけ大事にされていたか、今になって分かったのよ。ねえお願い。第二夫人でもいいの。ハロルド王子じゃあなたの跡継ぎは産めないでしょう?私が産んで差し上げるわ!」
「ちょ…っ!」
わざと胸を密着させるかのように、ぎゅっと抱き着いて、上目遣いで見詰めるその瞳は潤んでいる。
ばさっ。
ランチボックスを落とした音。
おとしたランチボックスは、ハロルド王子の足元に転がり、蓋が空いて中の不格好なサンドイッチが僅かに見えている。
ハロルド王子とジニアル王子が悪いタイミングでやってきた。
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