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僕のことを嫌いになったのだろうか

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「なんだ、サザエル。いたのか。言ってくれればよかったのに…。すまない、何も用意せず。」

玄関で項垂れているサザエルを見つけて、アヴニールは驚いた。


「…マナは。」


「マナの呼吸は落ち着いたよ。お父様とお母さまがついてるから大丈夫だ。」


「そうですか、よかった。」


傍らでおろおろしている侍従を見るに、声をかけても、彼はここでいいと、ただひたすらここにいたのだろう。


「もう遅いから、泊っていくといいよ。お家には連絡しておくから。さあ、上がって。男同士?っていうのもなんか変だけど、話をしたいこともあるから、つきあってよ。今日は、俺もこの家で泊まりなんだ。」



「……はい。ありがとうございます。」




通された応接間でじっと待っていると、アヴニールがワゴンに料理と酒を持ってやってきた。

「時間もだいぶ過ぎちゃったからね。夕飯用に作ってたもので、適当にサンドイッチにしちゃったよ。」

葉野菜とローストビーフ、魚のポワレがそれぞれ挟まったサンドイッチがきれいに盛り付けられている。

「夜遅いからみんなを働かせるわけにもいかないからさ、サンドするだけなら俺でもできるし。お父様とお母さまにも差し入れしてきたんだ。みんな、夕餉をいただいていないからね。」


マナには、君の果物を差し入れしたよ、と付け加える。



「マナは……突然、僕に姿を見せなくなったんです。距離を取られているというか。…僕のこと、嫌いになったんでしょうか。」

「んー。」ローストビーフと一緒に挟んだマッシュポテトが指について、舐めるようにする動作が何気なく色気があるのは、この人も嫁に行った男だからなのだろうか。

普段は清廉な空気を醸し出している彼は、社交界では鈴蘭の君と呼ばれる華でもある。

うっかりして忘れていたが、身内だとしても人妻と夜更けに二人っきりになるのは、よろしくなかったのではないかとひやひやする。

「君はねえ、良くも悪くも『いい子』だからねえ。自分で気づいていないでしょ、自分がモテてるって。」


「え?」


「君自体には問題ないと思うんだよ。君のことは信頼してるし。だけど、マナは耳が聞こえない分、やっぱり得られる情報って少ないんだと思うんだよ。マナ自身も『聞く』努力はしてるけど、伝える方もうんと努力しないとね。勘違いしてすれ違いすることも、どうしても多いと思うんだよね。」


「……どういうことでしょうか。」


「君ってさ、誰にでも優しいからさ。勘違いする女の子も多いんじゃないかってこと。それで、逆にマナも勘違いしちゃうんじゃないかってことだよ。」


「…………僕が、マナを追い詰めてしまったんですね。」


「勘違いなんてできないくらい、愛情でふさいじゃってよ。俺たち、二人の結婚式楽しみにしてるんだから。……でも、どうしたもんかなぁ。君とのことが今ストレスになってるんだとしたら。今日のアレ、ストレスでも起きるんだ。嘘も方便、こっちでまずはうまくやるかなぁ。まあ、嘘にはならないけど。」


「今日みたいなことって、結構あるんですか?」


「割とあるよ。急に寒くなった時とか…。」


「お願いします。マナの病気と、対処法を教えてください。マナを守れない…!」


「当然だよ。君には夫になる前に厳しく伝授するつもりだったんだ。」


緊張をほぐすように、アヴニールはやわらかく笑った。
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