幻想異邦紀行

赤井夏

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8. イーシャについて

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 イーシャの街を構成するのは、曲線的で無味乾燥なビル群でございます。

 その鉄の山々のふもとでは、同じくして飾り気のない白いスーツを着た人々が両手を地につけ、まるで獣のように地面を這い、あるいは磨いた楕円の石に二つ車輪を取り付けたような乗り物に乗り、各々割り当てられた工場に向かうのございます。

 この光景は異国の青い肌の民ナムレッグによって作り上げられたものであり、青や金の丸屋根や天を突き刺さんばかりの尖塔、意匠を凝らしたタイルの飾り、季節ごとに様相を変える街路樹、戦場のど真ん中に絵具をぶちまけたかように喧騒と極彩色とが入り混じるバザール、イーシャの原風景は絶滅したも同然にございます。

 この地で直立で歩いたり、伝統的な装束をまとおうものなら非文明的人間、ひいては反社会的人間として白い目で見られたり、罵られることは確実でしょう。私は屈辱的な思いを一身に背負いながらも、あの面白味のない街中を四つん這いで歩き回ったのを昨日のように覚えております。

 このように町はおろか価値観すらをもそっくりそのまま作り替えられるということ自体は何も珍しいことではございません。しかしそこには侵略と統治、または戦それ自体という表立った要因がつきものであります。砂漠の民が有象無象の神々を全て捨て、ただ一つの神に絶大な信頼を寄せたのも、北の海賊が世界樹をへし折ったのも、全ては戦による統治者の入れ替わりによるものでございましょう。

 だからこそ私は、己らが築き上げてきた文明全てを自らの手によって無に帰し、異国のそれをがらんどうとなったアイデンティティに当てはめただけでしかないのに、さも「我々はイーシャでありながら青き肌の民と同一の先進的な民族に上り詰めたのだ」と言わんばかりの振る舞いをしているイーシャの民が滑稽でならないのです。

 一方でナムレッグの民が、属国からの朝貢品の一つを愛でるかのように、かつてイーシャにあった文明への興味を口にすれば、イーシャ人は親に成績を褒められご褒美のおもちゃを貰った子供のように大喜びすると同時に、自らが恥と捨て去った文化を途端に誇り始めるのでございます。

 ですが所詮は心までナムレッグに捧げた者ども。青き肌の民という神から授かりし“文明”を見よう見まねで消費しているにすぎません。果たしていつまで真似っこの振る舞いを続けていられることか。

 もうそろそろガタが来る頃でしょう。そして名実ともにナムレッグを宗主とした、新たなイーシャの歴史が始まる。私はそう思わんばかりでございます。
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