幻想異邦紀行

赤井夏

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7. ハシドについて

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 死というものは、生けるもの全てに訪れる宿命でございます。多くの場合、死は這い寄るなめくじを観察するが如く、じわりじわりと自らに迫ってくるのを確信しながらも待ち受けることしかできない歯痒さを感じるようなものですが、それはときとして背後から死神に魂を刈り取られるように突然でもあります。

 そしてそれは、誰の許可もいらず身勝手に行使できる、万物に授けられてしまった不本意の権利とも言えるでしょう。

 しかしハシドにおいては少し、いえだいぶ勝手が異なっておりました。

 ハシドに立ち並ぶ家々は、全て石造りにございます。しかもそれらは、石を積み上げるのではなく、一つの大岩をくり抜き家屋のように形作った、実に手の込んだ代物でございます。それは貴族の屋敷だけでなく、平民全てのそれにおいてでございます。

 一方、商店や穀物庫、馬屋などにおいてはほとんどが木造で、様相も面白味がく、よく見慣れた造りでございました。

 そして特筆すべきことは、この変わった石造りの家ではなく、どこに行こうにも強い腐臭が鼻をつくことであります。

 その臭いの元は何か? それは人の死体です。

 その民家がハシドに籍を置くかぎり、必ず一つか二つの腐敗した死体が埋葬すらされず、ハエやウジがたかったまま放置されていることでしょう。

 では、ずっと永久にただ風化するまで放っておくのかと聞かれますと、それもまた違うのです。

 やがてときが経てば、死体を埋葬する許可を与えられるのございます。ハシドではそれを「死人権」と呼びます。

 死人権はその名のとおり、死体となった者が名実ともにハシドの政府から死体として認められ、晴れてハシドの土に眠ることを許される権利にてございます。

 死んだ者がこの異様な権利を獲得するまでその死体はある意味、生ける者と同等に扱われるのです。

 つまるところ、他者が安易に死体を傷つければ傷害罪、口汚く罵れば名誉毀損に値しますし、死体を勝手に埋めればどういう風に吹き回しか、死体遺棄ではなく殺人の罪に問われることとなるでしょう。女の死体を犯している最中、万が一その死体が口を聞けば強姦罪にだってなりますし、逆に素っ裸の死体を公然に晒せば、その死体はあっという間に露出狂とみなされ、警察官にしょっ引かれるというわけでございます。

 このような妙ちきりんな法がハシドに敷かれている理由の一つとして、自殺の防止がございます。

 このハシドでは長年戦争が起こっておらず、治安も近隣諸国と比べるとそれはもう実に良好でございます。しかしそれと引き換えに、自ら命を断つ者が多いこと。聞いた話では、季節が一巡りする間に2万人もの人々が自害しているとか。

 先立たれた家族の悲しみや迷惑を苦慮し、思いとどまると政府は考えたのでしょう。しかし、自ら死を選ぶほどの窮状にて、他者の思いがどうこうと思案するほどの余裕がある者は、果たしてどれほどいることでしょう。
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