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第1章
人の世界と人魚の物語 1
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二本の足で歩くのは、本当に久しぶりだから。
おとぎ話では、歩くたびに足が痛むと語られていたけれど、人魚の時よりも快適なぐらいだ。
そもそも、人魚の体に慣れるまで、クルクルと泳ぐたびに体が回ってしまって、よく家族を心配させたものだ。
「クラウス様?」
クラウス様が、筆頭魔術師は有事の際以外は暇だと言っていたのは、本当だったようだ。
「ちゃんと、目が覚めた?」
クラウス様の表情が、明らかに依然と違うことに、ドギマギする。
でも、確かめなくては。
クラウス様の背中側に回った私は、許可を得ることもなくいきなり、ゆったりとしたシャツをまくり上げる。
そこには、血は流れていないものの、まだ生々しい大きな傷が残っていた。
「――――レイラ、あまり見ないで。美しいものではないだろう?」
確かに、大きな傷だ。それだけでなく、たくさんの傷が残っている背中。
さわさわお腹を触ってみると、思いのほか鍛えられた筋肉と、触っただけでわかるほどの傷がたくさんあった。
「レイラ!」
傷を確認しただけ、そんなに怒らなくてもいいのにと思って顔をあげると、クラウス様の耳元が赤くなっていた。
そこでようやく、私は我に返る。
「す、すみません」
ど、どうしよう。どうしてこんな行動をしたのか、私だって理解に苦しむ。ただ……。
「ただ……。心配で」
その言葉を伝えたとたん、クラウス様はクルリとこちらを振り返り、私の前に膝をついた。
「俺のこと、あまり甘やかさないで?」
「え? 甘やかしてなんか」
「本当に……。俺は、レイラが思っているような人間じゃない。生きるためには、何でもしてきたし、これからだって、王国の……」
少しだけ赤い耳のまま、そんなことを言うクラウス様から、再び目を離すことが出来ないまま私は目を見開く。眦まで赤い。
不自然にも、会話を切り上げようと、視線を逸らしたクラウス様。
その表情から、今の話の続きをするつもりがないことがわかってしまう。
ああそうだ。一番大事なことを、私はまだ伝えていない。
「――――これからも、甘やかしますよ」
「レイラ?」
「だって私は、クラウス様のことが」
人魚の歌声は、恋を告げるため。
けれども、人間の記憶を持っている私は、言葉で恋を告げる。
「好きです。クラウス様」
「――――俺だって、恋に落とされた。信じられないくらい刹那に。これ以上ないくらい深く」
まるで、恋に落ちたことが不服だとでもいうようなクラウス様。
一言、言い返そうかなと思ったのに、その言葉は続く。
「ごめん。それでも、海の底まで追いかけたのは、魔術師としての興味が半分くらいあった。……人魚と、その桜貝のような髪に。いや、たぶんそれを自分への言い訳にして、恋に落ちた気持ちを何とか否定しようとしたのだろうな、俺は」
「この髪色……。人間にはいないんですよね」
「――――過去いなかったわけではないが。でも、もう一度会えば、思い違いだったことが、分かると思ったのに、まさかこの気持ちを否定することすら許されず、もっともっと、深みにはまるなんて」
クラウス様は、間違っている。堕ちてはいけない恋なら、もう会ってはいけなかったのだ。
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