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盟約と二人の夜 1
しおりを挟む王立騎士団副団長ジアス・バルカン様。
彼は王国流の剣の使い手でバルカン伯爵家の出身だ。
剣の腕が一流であると同時に、彼は王立騎士団の頭脳とも言われていて、騎士団長であるウェルズ様が前線に行っている間、作戦本部を指揮すると共に王都の平和を守っていた。
私のことも気にかけ、書類を受け渡すときにもさりげなく言葉をかけてくださっていた。
そんなジアス様は仕事がとにかく早い。だからこんなにも書類に埋もれて、髪の毛もどこか乱れている姿を見るのは初めてだった。
「――団長、良かった。ちょうど遣いの者を送ろうとしていたのです」
「進展があったか」
「進展と言うよりは……」
ジアス様がチラリと私に方に視線を向けた。
私の前では話すことが出来ないという意味なのだろう。
「あの、私は席を外します」
「いや、一緒に聞いてくれ」
本当に良いのかとジアス様に視線を送る。
彼の癖の強い髪は淡い茶色、そして少したれ目で優しげな瞳は水色をしている。
いつも笑顔を浮かべているジアス様が珍しく嘆息した。
「……夫人に全て話したのですか?」
「誓約により話せない内容以外は全て」
「そうですか……。今回はその部分に関連した内容なのですが」
「そうか。だがすでに当事者になってしまった今、彼女に隠すのは悪手だ」
ジアス様は机に手をついて立ち上がった。
そして私たちの元に歩いてきた。
「……極秘資料の一部が何者かの手によって盗み出されました。手口は第三王子殿下襲撃と同じ、睡眠魔法の使用によるものです。騎士団の資料庫の警備には隊長級の者を配置していましたが、あまりにも魔法が強力で太刀打ちできませんでした」
「人員配置を考えればしかたがないか。奪われたのは何についての資料だ」
「王家の地下牢と夫人についての資料です」
「やはりそうか」
王宮勤めも3年以上になるけれど、王家の地下牢なんて単語初めて聞いた。
第三王子殿下の秘書官を務めていれば、重要機密事項を目にすることも多い。
王族の秘書官ですら聞いたことがないとすれば、それは王族と上層部しか知らない類いのものに違いない。
(本当に私が聞いて良いのかしら)
そんなことを思っているとジアス様が私を見つめ眉を寄せた。
その表情は私のことを気の毒に思っているようにも見える。
(……もしかして、私に魔法が効かないことと関係しているのかしら)
ウェルズ様が結んだという王家との盟約。
そして魔法が効かない私とマークナル殿下が結婚したかもしれないという話。
今まで聞いた情報はきっと繋がるという確信と不安。
「そうか……そうなればすでにカティリアとあの場所についての情報は伝わった可能性が高いな」
「そうだと思います」
「ジアス、黒幕は誰だと思う?」
「――第三王子殿下を害する動機があり、しかもあの場所について知っているお方といえば一人しか思い当たりません」
「――そうか、やはり正妃殿下の可能性が高いか」
正妃殿下なんて雲の上のお方の名前が出てきて驚く。
けれど第三王子マークナル殿下は正妃殿下の子ではなく側妃殿下の子どもだ。
覇権を争い、王家の歴史は血にまみれている。
「……そこに私はどのように関係するのでしょうか」
「カティリア」
三年もの間、前線に身を置いたウェルズ様。
ウェルズ様が帰ってきてからマークナル殿下の執務室で見る戦いの資料。
時にたった一人で敵陣に潜入し、時に少数精鋭の騎士とともに奇襲攻撃を成功させた。
――それは華々しい英雄の活躍であると同時に命知らずの行動だ。
そう、前線でのウェルズ様の行動は無謀としか言い様がないものが多かった。
(――ウェルズ様はとても強いから、ご無事で帰るのが当然だと思って過ごしていた自分が許せなくなるほど)
そこまでしてウェルズ様を駆り立てた盟約とは何なのか。
(おそらくそれは、3年以内に私の元に帰るためだった。それは考えすぎかしら)
けれど私を見つめる2人の表情からは、ますますその考えが正解のように思えてくるのだった。
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