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過保護すぎる旦那様からの溺愛が止まらない 2
しおりを挟む「ズルいですわ!」
いつもであれば静まり返り、ペンを走らせる音や紙をめくる音が響き渡る第三王子マークナル殿下の執務室はにわかに騒がしくなっていた。
私の目の前にいるのは第五王女アイリス殿下だ。
マークナル殿下とお揃いの淡い金色の髪と紫色の瞳の幼い姫は齢五歳。
美しい髪は春の日差しのように煌めいているし、紫色の瞳は大きく長いまつげで縁取られている。
成長すればさぞ美しい姫となることが今から明らかだ。
「どうしてですの!」
けれど少々我が儘なのかもしれない。
姫として生まれたのだ。誰もが彼女の言いなりで、願い事は何でも叶ってきたのだろう。
窘める大人が周囲にいないのかもしれない。
(……アイリス殿下の瞳の色は、マークナル殿下と同じ紫色ね)
魔力がなく、魔法が使えない私にはわからないけれど、もしかするとアイリス殿下の瞳も魅了の力を持つのかもしれない。
他の姫君が公に姿を現わす中、病気がちだという第五王女アイリス殿下だけは公に姿を現わしたことがない。
(でも、元気そうだわ……?)
どう見ても病気がちには見えないアイリス殿下。
確かに肌は雪のように白いけれど、唇も頬も薔薇色だ。
フィラス様が困惑した表情を浮かべている。
ヒョイッとマークナル殿下がアイリス殿下を抱き上げた。
「……アイリス、はしたない」
「お兄様……」
しゅんっとしてしまった姿は、兄が大好きな妹そのもので可愛らしい。
頭を下げながらやりとりを微笑ましい思いで聞いていると私に声が掛けられた。
「名乗ることを許すわ」
「はい。フリーディル侯爵の妻、カティリアと申します」
「顔を上げなさい」
「はい」
顔を上げれば、紫色の瞳が興味深そうにまっすぐに私を見つめていた。
そして不思議そうに首をかしげる。
「ねえ、お兄様」
「……ああ。彼女は信じても良い」
「……そうなの」
マークナル殿下の腕から降ろされたアイリス殿下は、トトッと私のそばに歩み寄ってきた。
ピンク色のドレスには惜しげもなくレースが使われている。膝下丈のドレスと白い靴下、ツヤツヤのベルト付きの靴はアイリス殿下の可愛らしいイメージにピッタリだ。
「……あの、フリーディル夫人、私を見てどう思う?」
それは恐る恐るという印象を受ける言葉だった。
不思議に思いながらアイリス殿下を見つめる。
とても可愛らしい……。
「恐れながら、アイリス殿下はまるで精霊の愛し子のように可愛らしいと思います」
「……それから?」
「え……あの」
「……そう、あなたはフィラスやウェルズと同じで特別なのね」
「フィラス様やウェルズ様と同じ?」
アイリス殿下が両手を拡げた。
それが何を意味するかわからずに困惑していると「早く抱き上げて!」という可愛らしい命令が下った。
先ほどまで、フィラス様を奪った私に敵意を向けていたはずのアイリス殿下。その態度の変化は劇的で、理由がわからない。
困惑したまま温かい体を抱き上げる。
そのとき、ノックの音がした、「どうぞ」とマークナル殿下が声を掛けるやいなや執務室のドアが開く。
「カティリア!」
普段使い用の真っ黒な騎士服。
黒い髪と緑がかった青い瞳の美丈夫が急いたように現れる。
「ウェルズ様……」
「……カティリア、なぜアイリス殿下を抱き上げている?」
ウェルズ様は、アイリス殿下を抱き上げた私を見つめて驚きを隠せないとでも言うように顔にほんの少しの動揺を浮かべた。
そのあとすぐにいつもの無表情に戻り、優雅で凜々しい礼をした。
「おはようございます、マークナル殿下、アイリス殿下。本日も忠誠と信義を持って両殿下にお仕えいたします」
「ああ……フリーディル卿、今日も頼む」
「フリーディル卿、あなたの忠誠を受け入れるわ」
いつもと違った騎士然とした姿はあまりに素敵すぎる。
(うう……なんて格好いいの。本当にこの方は私の夫なのかしら)
ウェルズ様と再会してからようやく1週間と少し。
そのご尊顔があまりに麗しく筋肉質で背の高いことも相まって職務中のウェルズ様はあまりに素敵だ。
本当に目のやり場に困ってしまう。
そう思いながら視線を彷徨わせているうちに、ウェルズ様が私の前に来て甘すぎる微笑みを向けてくる。
――何やら雲行きが怪しくなってきたようだ。
「妻よ、あなたは朝日のように柔らかく私を照らす光。今朝もあなたのそばにいられることが私の人生最大の幸福です」
「は、はわわ!?」
アイリス殿下を両腕で抱き上げているからなのか、手の甲の代わりに私の髪の毛を一房持ち上げてウェルズ様が口づけを落とした。
「こ……子どもの前ですよ!?」
「……君のあまりの麗しさに、つい。それにしても赤く染まった頬がとても可愛らしいな」
「な……ななな!?」
「ちょっと、私を子ども扱いしないでよ! 不敬だわ!!」
朝の第三王子マークナル殿下の執務室は、しばし騒然となる。
そして私の反応に味を占めてしまったのか、ウェルズ様の騎士が妻に愛をささやくような台詞はこの日一日続いたのだった。
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