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幸せな結婚生活を目指しましょう。旦那様?

第二十九話 魔女なんて言葉は似合わない。

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 王宮に行くと言って出掛けた2人。
 急に空いてしまった予定をどう埋めようかとミスミ騎士長は考えていた。

「といっても、特にこれといって……。鍛えるか」

 その言葉を待たずに、体の方は勝手に訓練を始めている。
 魔力を持たない人間が、戦うことを選んだ時、周囲には強く反対された。
 それでも、魔力以外の力を模索しながら、強くなるという目標を捨てることができなかった。

 今なら、それがなぜだったのか理解できる。

 ミスミ騎士長は守りたかったのだ。誰よりも強いのに無鉄砲で危ういところがあるキース。誰よりも優しくて、自分を犠牲にしがちなほどなのに魔女と呼ばれてしまったアンナ。

 ミスミ騎士長は記憶を取り戻してからというもの、ルティアの幸せを殊更強く願うようになった。
 そして、主として仕えていたリーフェン公爵の幸せも。

 あの時、何もできなかったミスミ騎士長にあの二人はなぜか全幅の信頼を寄せる。
 そして、二人していつもはミスミ騎士長にすべてを任せきりなくせに、ここぞという場面だけさも当たり前のように無茶な要求をしてくる。
 
 ――――でも、それすら今は幸せの一部だ。

 二人への悔恨と敬愛。それが今のミスミ騎士長を形作っているのだから。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 ――――彼女が去っていったその後、ほんの一瞬だけ、幸せな夢を見ていた気がする。

 アンナの願いを叶えるために、ディルはキースの元へと近づく。地面が赤く染められて、通常であれば無事でいるはずのない状態だった。

「意識はありますか、キース殿」

「…………お前、アンナの」

 驚くべきことに、キースは意識を保っていた。キースの精神力、それとも自己回復力……? いや、アンナが使った回復魔法が常軌を逸しているのか。

「――――アンナは」

「キース殿を守るように頼まれました」

「そんな……。お前、恋人のくせに、一人でアンナを行かせたのか?!」

 どこにこんな気力が残っているのか。キースは剣で体を支えて立ち上がった。
 その姿を見て。本当のことを伝えるべきだと思った。
 すべてがもう手遅れなのだとしても。

「――――俺とアンナは、恋仲ではありませんよ? 残念ながら」

 その時のキースの顔は、絶望と驚愕とそして少しの……。
 彼が一瞬だけ、口の端を上げたのはおそらく無意識なのだろう。

「……では何故アンナは」

「キース殿を守るために決まっているではないですか」

「え?」

 どうして、あんなにわかりやすい好意に気がつかないでいられるのか。
 でも、それはアンナも同じだ。
 こんなにも、お互いのことだけを思っているのに、この二人は。

 そして、ディルはこの瞬間まで真実を伝えなかったことをひどく悔やんだ。

「アンナは、いつも最前線で俺たちと一緒に戦っていた。それでも、笑顔を絶やしたりしなかった」

 そう、アンナはいつも笑顔だった。
 いつの間にか理解させられていた。
 世界中でたった一人だけが、そんなアンナを容易に泣かせることができるのだと。

「アンナが泣くのは、いつだってキース殿のためだけでしたから」

「……アンナが?」

 その時、遠くから弓矢が飛んできた。
 アンナが倒れたことで、おそらく再び戦いが始まろうとしている。

 ――――魔女が断罪されるなら、魔女の手先は?

 優しい彼女と同じ道を辿るなら、それも悪くないと、そう思った。
 そう諦めかけた時、あり得ないことに弓矢は切られて地面に落ちた。

「――――ディル殿はアンナが大切にしている人間だ。それに、ずっとアンナを守ってきたのはディル殿だ。感謝している」

「キース殿?!」

 立ち上がったキースは、走り出した。弓矢も、振り下ろされる剣も、強大な魔法もこれ以上彼に傷一つつけることは出来なかった。

「ディル殿! 今のうちに、さっさと撤退しろ!」

 なぜか、ディルを守るようにキースは戦い始めた。これだけ強いのならば、今すぐアンナを連れて逃げれば、もしかしたら二人とも。

「キース殿こそ逃げてください! 今ならまだアンナを連れて」

「――――悪いがそれは、ディル殿に任せていいか」

「は? どうしてですか」

 ――――どうしてこの二人は、二人だけで逃げると言う選択肢をしないで、同じようなことを頼むのだろうか。

 断ろうとしたディルを振り返ったキースは、もう何かを決めてしまった人がする笑顔をみせる。

「……やはり、いくら回復魔法をかけても、限界は限界みたいだから。あまり残された時間はなさそうだ」

 ――――アンナが命がけでかけた回復魔法すら、完全に癒すことができなかった?

「アンナを連れて逃げてくれないか。ここは俺に任せてくれていいから」

 そろって同じようなことを頼む二人。そして、なぜかディルを自分たちよりも優先して守ろうとする二人に、無性に腹が立つ。

「――――ふざけるな!」

 自分の弱さが腹立たしかった。この場面でさえ、未だ守られている自分が。
 それでも、そんなディルを一瞥して、キースは敵陣へと向かってしまった。
 
 結局、あまりに強いキースに敵う人間はどこにもいなかった。
 そして、魔女が奪った魔力の影響は大きく、これ以上の戦いの続行は困難だと両国は判断した。

 魔女と呼ばれる優しい少女が願った通りに、戦争は終結を迎える。
 魔女と英雄をその糧にして。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 彼女自身が植えた、美しい花々と、輝く日差しの中で、彼女が笑っている姿を見ていると、この生活の方が幸せな夢なのではないかと時々感じてしまう。

 ルティアは、すべてを覚えている。断片的にしか思い出せない自分よりも、たぶんきっとたくさんのことを。

 それでも彼女は笑う。時々泣くことがあっても、それは結局、愛するたった一人のためだけだ。
 自分が泣かせているのではないことを、時々残念に思うのはなぜなのだろうか。

 それでも、二人まとめて守っていきたい。
 とりあえずミスミ騎士長は、彼女の笑顔を守ろうと再度心に誓った。
 それから、素直ではない主のことも。
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