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花嫁は敵地で結婚式をする。

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「さあ、時間だな」

 しかし、レイはその直後には、誰よりも強く、冷静で、愛や恋なんてものには、まったく興味がないと誰もが思うような冷たい表情になった。

 レイの表情は、いつからこんな風になってしまったのだろうかと、エレノアは思う。
 多分それは、あの日からなのだけれど……。

(こんな日に考えることではないわね……。だって、今日は結婚式)

 その言葉にたどり着いた瞬間、まったく実感がわかなかった出来事に、エレノアはようやく向き合う。

「あのっ、結婚式ってどこで」
「中央神殿」
「えっ?! そんな恐れ多い!」

 そもそも、魔塔は魔術の象徴であり、神と信仰の象徴である神殿とは相いれない部分が多い。
 だからといって、全面的に争っているわけではないにしても、エレノアが歓迎されないのは、目に見えていた。

 実際、悪事を働いた魔女を神殿が断罪し、火刑に処したということも歴史上ではあったのだから。

「――――エレノアは、歓迎されると思うけど」
「そんなっ。私は魔女なんだよ?! 英雄権限でゴリ押ししたのかもしれないけど、先方にもご迷惑だと」
「……こんな風にエレノアを目立たせるようなこと、俺だってしたくない。それでも、国王陛下からお許しをいただいた時の、条件の一つが中央神殿で式を行うことだから」

 そこにも、やはり政治的取引があったのだろうか。
 そして、やはりエレノアのことを目立たせたくはないのだと、本心を聞いてしまったエレノアは肩を落とす。

「それにしても、国王陛下のお許しって……」
「英雄として戦争に出立した三年前、エレノアに逃げられてしまったけれど、俺の願いは一つだった」
「ん? それだと、英雄としての褒賞として願ってしまったように聞こえるけれど」
「事実だ」
「もったいない!」

 あれだけの功績で、英雄として認められたなら、それこそ王女と婚姻を結んで、王族になることだってかなうだろう。
 それなのに、どうしてエレノアと婚姻を結ぶことに、そこまでこだわったのだろうか。

(確かに、私が魔術を発動し続けなければ、レイの義手は機能しなくなる。それを心配したのかな? ううん、レイはそんな人間じゃない)

 常時手袋をはめているから、パッと見ただけでは、レイの利き手が魔道具と神代の技術で作られた義手であることに気が付く人間はいないだろう、

(それに、結婚なんかしなくても、私は魔塔でずっと……)

 エレノアは、怠惰に暮らしていても、時々ちゃんと好きではない運動をした。
 だって、エレノアが魔術を発動できなくなってしまったら、レイが困ってしまうから。

 でも、もし英雄になんてなりたくなかったというのが真実なのであれば、エレノアがしたことは、余計なことだったに違いない。

「また、余計なことばかり考えている。結婚式の当日くらいは、俺のことだけ考えてくれないかな」
「言われるまでもなく、今考えていたのはレイのことだわ」
「えっ……」

 その瞬間、レイの目元が赤く染まったことなんて、エレノアは気が付くことがなかった。
 それに関しては、視力云々の問題ではないのかもしれないが。

「――――そうね。いつまでも、うじうじ考えているなんて、私らしくないわね」
「そうだな。いつだって、前に向かって突き進んでいたからな。エレノアは」

 エスコートに差し出された左腕に、エレノアはそっと手を添えた。
 その腕は、温かいぬくもりをエレノアに与えてくれる。
 まだ、状況が呑み込めていないけれど、レイの笑顔は偽物ではないのだと、エレノアにはわかるから。

 そして、人よりも聴覚が優れ、しかも指輪の力で、視力以外の五感を増幅しているエレノアには、レイの心臓の音が、強く、早くなっていることがわかってしまうから。

 エレノアは、腕に添えていた手の力を少しだけ強める。
 少しだけ動きを止めて、振り返ったレイが、エレノアに微笑む。

(認めよう……。私は、この瞬間を確かに夢見ていた)

 二人は、歩き出す。
 この先に、待っている運命は、まだわからない。

 わからないなら、今はこの幸せな時間を、つかんで離さずにいたいと、心に決めて。
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