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銀の鱗と図書室の鍵 1
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ジェラルド様に手を引かれて、お屋敷に戻る。
途中、すれ違った人たちが、なぜか二度見してきたけれど、私たちは親子じゃない。
夫婦なのだから、手を引かれて歩いていたって、おかしくも、なんともないはずだ。
「ジェラルド様……」
「どうした、ステラ? その頬は……」
ついつい、頬を膨らませてしまっていたことに気が付いて、慌てて微笑みを浮かべる。
ジェラルド様は、不思議そうに私をのぞき込んで微笑みかけてくる。口づけまでしたのに、今日も完全に子ども扱いだ。
それとも、一瞬過ぎたあれは、口づけではなかったのだろうか。
「今度は顔が赤い……。疲れか?」
「ジェラルド様ほど、疲れているはずありません」
「────心配してくれるのか。可愛いな?」
「も、もう!」
二度見だけでなく、凝視してくる人まで出てきていたたまれない。
確かに、地味な私と麗しすぎるジェラルド様が、一緒にいるなんておかしいのかもしれないけど。
それなのに、ジェラルド様は、眉根を寄せて少しだけ不機嫌な顔になると「なあ、ルルード」と呟いた。
「ルルードが、どうしたんですか?」
「────ルルードのやつも、私と同じ気持ちのようだ。これ以上、君を見られる前に、早く帰ろう」
「え?」
意味がわからないままに瞬きをしていると、突然目の前が淡く青い光に満たされる。
その光が馬の形を取り、気がつけば風の精霊ルルードが、鼻先を私にこすりつけていた。
「さあ、帰ろうか」
「……えっと?」
行きは馬車で来たので、そのまま馬車で帰るつもりだったのに、気がつけばジェラルド様に横抱きにされるようにルルードの背中に乗っていた。
「ステラは確か、乗馬もたしなむな?」
「……少しだけ」
「しっかり掴まっていてくれ」
気持ちの整理もつかないうちに、ルルードが走り出す。
普通の馬とは違って、そんなに揺れないけれど、とにかくスピードが速い。
私は、ここに来て初めて、前日までは戦場にいたはずのジェラルド様が、婚約破棄の現場に駆けつけることが出来た理由に思い当たる。
「ルルード、あなたがジェラルド様を連れてきてくれたの?」
『ヒヒン!!』
肯定するようにいなないたルルードが、スピードをさらに速める。
横乗りになっている私が、バランスを崩しかけると、ジェラルド様のたくましい腕が、しっかりと支えてくれる。
「帰ろう、ステラ」
「……ジェラルド様?」
「私たちの家に」
「は……はい!!」
ルルードが走れば、景色は風のように過ぎ去り、気がつけばラーベル公爵邸の正門前にいた。
たどり着いたとたんに姿を消してしまったルルード、急に地面についた足は、フワフワとおぼつかない。
「……きゃ!」
フワフワしていた私の足が、今日も急に地面から離れる。
あっという間に横抱きにされて、その首元にすがりついた。
「……そのドレス」
「ジェラルド様?」
「いつか贈りたいと思っていたんだ」
「────銀の竜の鱗を使っているんですよね」
「……だが、それも若かりし日の蛮勇だ」
最近の話ではなかったらしい。
確かに、ジェラルド様に関する武勇伝は王国でまことしやかに噂されている。
きっと、そのいくつかは事実に違いない。
「……そうだな。もしも、もう少し後に生まれていればと思わなかったと言えば嘘になる」
「ジェラルド様……。私だって、もうすこし早く生まれていたらと、心の奥底で思っていました」
ギュッと抱きついた私を抱きしめ返す腕の力が強くなる。
部屋についた私の首筋に、ジェラルド様が顔をうずめれば、さらさらと柔らかい髪がくすぐったい。
身をよじった私をそっと降ろしたジェラルド様が、見下ろしてくる。
「……だが、今は、君がここにいることに満足するとしよう」
「私……」
確かに遠回りしてきたけれど、確かに今、手が届く場所にジェラルド様がいる。
そのことが、たまらなく幸せだ。
「そのドレス、よく似合う……。きっと、あの時の私は、君に靴とドレスを贈るために、蛮勇に出たに違いない」
「そのとき私は、まだ赤ちゃんだったのでは……」
「はは、生まれてもいないさ。────それでも、きっとそのときには、すでに」
落ちてきた口づけは、先ほど違って、確かな感触と温かさを感じる。
少し離れた唇と、見つめてくる金色の瞳に、震えてしまうほどのときめきと愛しさを感じた瞬間、「君を愛していた」という言葉とともに、もう一度私の唇は、奪われていた。
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