13 / 25
上司のような夫と契約妻 3
しおりを挟む――そして馬車に乗り込んだアリアーナは、再び衝撃を受ける。
あまりにルドルフが素敵だったため思わず見惚れてしまい、すぐに気がつくことが出来なかったが、二人の衣装は……。
(お揃い!? 私たち今日も完全にお揃いだわ!?)
淡い水色の軽やかなワンピース姿のアリアーナと、淡い水色の小物があしらわれた淡いグレーの衣装を身につけたルドルフ。誰がどう見ても二人の衣装はお揃いだ。
けれどそのことに気がついて動揺しているのはアリアーナだけらしい。
ルドルフはいつもの調子に戻ってしまい、無表情のまま窓の外に視線を向けている。
(気がつかなかったことにした方が良いみたい……)
少しだけ気まずい狭い空間。仕事を通じてほんの少しだけ近づいたと思った距離は、再び離れてしまったようだ。
アリアーナもルドルフと同じ方向を眺めてみることにした。
いつも義母と義妹に仕事を押しつけられて、まともな服を与えられなかったアリアーナは王都のメインストリートに来たことがほとんどない。
しかし道行く人たちは、誰も彼もが楽ししそうだ。
アリアーナまで楽しい気分になってきたころ、馬車は目的の場所に着き停車した。
先に降りたルドルフが、当然のようにアリアーナに手を差し伸べてくる。
服装のせいだろうか。それとも仕事中ではないから前髪を下ろしているからなのか、その表情はいつもよりも少し柔らかく見える。
「ありがとうございます」
「ああ」
ルドルフにエスコートされて入った店は、ピンクや淡い水色などのパステルカラーであふれていた。
オーナーらしい男性が現れて案内された場所は、リボンやレースであふれ、美しい花が飾られた可愛らしい個室だった。
(確かにこの店にルドルフ様一人で入るのは厳しいかもしれない。いいえ、間違いなく厳しいわね!)
ルドルフがこの可愛らしすぎる部屋で一人ケーキを食べている姿を想像したアリアーナは思わず口元を緩める。
「楽しそうだな」
「え? そ、そうですね! とても可愛いお店なので嬉しくなってしまって!!」
「……そうか、それは連れてきた甲斐があった」
「……!?」
ルドルフが微笑んだ気がして、アリアーナは動きを止める。
(そういう女性を誤解させるような言動、やめた方が良いと思います!)
仕事の視察のために来ただけなのだと言い聞かせなければ、アリアーナの頬は林檎のように染まってしまったに違いない。
慌ててアリアーナはメニューに視線を落とした。
「……えっと、新作を試食するのですよね?」
「そうだな。食べたい物はあったか?」
「どれもとても美味しそうです」
「そうか。全部頼んであるから好きな物を食べると良い」
「え……?」
ルドルフがその言葉を呟くやいなや、次々と焼き菓子がワゴンに乗せられて運び込まれてきた。
林檎の形をした真っ赤なケーキ、クリームで作られた薔薇で飾られたピンク色の焼き菓子、職人の技術がうかがわれるような細工がされた美しいチョコレート。
白い小さなクッキーからは、甘い薔薇の香りが漂ってくる。
紅茶に添えられた角砂糖一つですら、可愛らしくスミレの花がアイシングで描かれていた。
「なんて素晴らしいの……! でも、こんなにたくさん食べきれませんよ?」
「新作の試食が目的なのだから、全部一口ずつ食べれば良いじゃないか」
このあともどんどん目の前に並べられる焼き菓子。アリアーナの目が釘付けになっているのをルドルフは楽しそうに見つめている。
結局アリアーナは、次々と試食をすることになるのだった。
「……美味しいです!」
アリアーナの緑色の瞳がキラキラと輝いた。
「とくにこの黄色い小花のような焼き菓子! 口に入れた瞬間蜜がこぼれるみたいで不思議な食感です」
「そうか」
食べられないと思いながらも、どれもとても美味しくつい食べ過ぎてしまう。
そんなアリアーナの姿を見つめながら、ルドルフはやはり嬉しそうだ。
「ルドルフ様は食べないのですか?」
「いや……。俺は」
「とっても美味しいですよ?」
「そうか……。それなら一口だけ」
アリアーナの食べかけの先ほどの焼き菓子を口にしたルドルフ。
(え……ちょっとまって、どうして私の食べかけを!? 間接キスになってしまうじゃない!)
驚いて目を見開き、頬を染めたアリアーナをルドルフはじっと見つめる。
長い指先がゆっくりと近づいてきて、アリアーナの頬に触れる。
「あ、あの……!?」
「クリームがついていたぞ?」
案外ルドルフは面倒見が良いのかもしれない。
触れられた部分は熱を帯びて、きっと今アリアーナの頬は真っ赤に染まっていることだろう。
そっと頬を押し隠し、アリアーナは「ありがとうございます……」とようやく返事を返したのだった。
***
並んで菓子店から帰ってきた二人を使用人たちは喜びの表情で出迎えた。
(やっぱり盛大に勘違いされている……)
もちろんお揃いの服で菓子店に行った二人は、周囲からは仲良くデートしてきたように見えるかもしれない。
だが実際は、ルドルフが融資している店の新作焼き菓子を試食しただけなのだ。
「いかがでしたか? 奥様」
「とても可愛らしいお店で人気が出そう。もちろん焼き菓子はどれもとても美味しかったわ。これはみんなで食べてね?」
差し出したのは、アリアーナが気に入った黄色い小花の不思議な食感の焼き菓子だ。
これを見る度に間接キスを思い出して頬を染めそうだから他のお菓子にしようとしたのに、ルドルフが気に入ってしまったらしく『これを土産にしよう』と言い出したのだ。
「ありがとうございます」
ベルマンが柔和な笑顔で声を掛けてきたの慌てて笑顔を向ける。
お菓子はたくさんある。使用人全員に行き渡るに違いない。
「ところで旦那様、カルロス様がいらしています」
「カルロスが……」
ルドルフは先ほどまでが嘘のように無表情に戻ってしまった。
そして、アリアーナと向き合ってそっと小さな小袋をその手に握らせた。
「今日は付き合ってもらって助かった」
「いいえ。とても楽しかったです……。ところでこれは?」
「君の分の菓子だ。とても気に入っていたようだから」
少しだけルドルフが微笑んだ気がした。アリアーナはそっと小袋を開いてのぞき込んだ。
袋の中には、小さな黄色い小花の焼き菓子が入っていた。
「……っ、ありがとうございます」
(ルドルフ様は気にしていないのよね。でも、私はこれを見る度に、思い出してしまいそう……)
「あとでまた、焼き菓子の感想を聞かせてくれ」
「えっ」
「……ん。どうした?」
「い、いいえ! 焼き菓子の感想ですよね! かしこまりました」
それだけ言うと、忙しなくルドルフは執務室へと向かってしまう。
そのままアリアーナは自室に戻り、ソファーに座り少々行儀悪く背にもたれかかった。
「今日はなんだか疲れたわ……」
そっと触れた頬。ルドルフの指先が触れた部分は、いつまでも熱を持ったままで、アリアーナを困惑させるのだった。
***
その頃、ルドルフはフィンガー商会で彼の片腕を務めるカルロスと執務机を挟んで向き合っていた。
「それで、フェルト侯爵の弱みは掴めたか?」
「領地にある魔鉱石の鉱山を開発したいようですが、技術者が足りないようです。王家から必ず開発を成功させるように指示され、焦っているように見受けられました」
「なるほど……。そのほかの情報は」
「……アリアーナ様の義妹、フィア・メイディン伯爵令嬢の婚約者バラード・レイドル子爵令息が経営する商会が提携に名乗りを上げているようです」
無表情だったルドルフの口元が軽く歪んだ。
カツカツと指先で机の上を数回叩き、何やらペンで紙に数字を書き入れる。
「早急に技術者と資金提供を申し出るように。必要があれば魔道具も貸し出そう。……失敗は許さない」
「了解しました。それにしてもこの金額に加えて最高の技術者なんて、ずいぶんと破格の申し出ですね? アリアーナ様が絡んでいるからですか?」
「――レイドル子爵令息は徹底的に潰すつもりだと以前も言ったはず。……ところでリリアーヌ・フェルト侯爵家令嬢についてはどうだ?」
「悪女という噂は、彼女を妬んだ一部の貴族令嬢たちが流したのでしょう。彼女が社交界の中心にいるのは間違いないですが、付き合う人物は選んでいるようです」
「そうか……」
「報告は以上になります。そうそう、アリアーナ様と外出されたようで……。あの店に多額の融資をした甲斐がありましたね」
「――余計なことを言うな。ああ、それから一か月後に当商会の出版部門主催で盛大なパーティーを開催する。著名人や権力者を集めろ。もちろん、リリアーヌ・フェルト侯爵令嬢は必ず招待するように」
「かしこまりました」
「さて、パーティーまで日時が少ない。早速今から計画を練るぞ」
「ひえぇ……」
この夜、ルドルフの執務室の明かりはいつまでも消えることがなかった。
118
お気に入りに追加
2,727
あなたにおすすめの小説
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
【完結】婚約を信じた結果が処刑でした。二度目はもう騙されません!
入魚ひえん
恋愛
伯爵家の跡継ぎとして養女になったリシェラ。それなのに義妹が生まれたからと冷遇を受け続け、成人した誕生日に追い出されることになった。
そのとき幼なじみの王子から婚約を申し込まれるが、彼に無実の罪を着せられて処刑されてしまう。
目覚めたリシェラは、なぜか三年前のあの誕生日に時間が巻き戻っていた。以前は騙されてしまったが、二度目は決して間違えない。
「しっかりお返ししますから!」
リシェラは順調に準備を進めると、隣国で暮らすために旅立つ。
予定が狂いだした義父や王子はリシェラを逃したことを後悔し、必死に追うが……。
一方、義妹が憧れる次期辺境伯セレイブは冷淡で有名だが、とある理由からリシェラを探し求めて伯爵領に滞在していた。
◇◇◇
設定はゆるあまです。完結しました。お気軽にどうぞ~。
◆第17回恋愛小説大賞◆奨励賞受賞◆
◆24/2/8◆HOT女性向けランキング3位◆
いつもありがとうございます!
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
悪役令嬢はお断りです
あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。
この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。
その小説は王子と侍女との切ない恋物語。
そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。
侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。
このまま進めば断罪コースは確定。
寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。
何とかしないと。
でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。
そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。
剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が
女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。
そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。
●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
●毎日21時更新(サクサク進みます)
●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)
(第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる