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第2章
もう、恋に落ちている
しおりを挟む――人生には時に言い訳が必要だ。
アシェルにとっては今が一生に一度、全身全霊を掛けて恋しい人を手に入れる、そのときに違いない。本人はまだ気づかない振りをして、この王国のためなのだと心の中で言い訳しているにしても。
この王国最強、そして無敗の辺境伯騎士団長カイン・フォルス。
彼と互角に戦えるとすれば、剣聖と名高い先代王立騎士団長シュリアス卿くらいであろう。
しかし今、彼の前に立つのは、鍛え上げられた肉体とはほど遠い文官なのである。
「命を失う覚悟はできているのか?」
「……この命は、既に王国に捧げている」
確かに戦場に出てはいないが、宰相であるアシェルは王城では常に命を狙われる側だ。
剣とはこんなに重かったか、と思いながらもアシェルはカインに覚悟を決めて白い手袋を投げつけた。
「この国の国土が狭まる危機を指をくわえて見ているくらいなら、命懸けで万に一つの可能性にかける方がよほどましだ」
「その心意気や、よし。しかし、万に一つも可能性があれば良いが」
「……」
もちろんこの決闘にはハンデが設けられている。アシェルの剣が少しでもカインに触れれば勝ちだ。一方、アシェルの負けは立ち上がれなくなるか降参するまでない。
「……これだけの殺意を前に闘志は衰えないか」
「いや、はっきり言って恐ろしくてたまらないが……この国の命運がかかる会談の直前ほどではないな」
「はは……やはり面白い男だ」
アシェルは初手で防御を捨てて攻撃を受け、何とかしてカインの体に剣を触れさせる、それだけを考えていた。
骨の2、3本折れるだろうが、それ以外に勝機はない。
しかし、振り下ろされた剣を真っ直ぐ見据え、受けようと構えていた剣を下ろそうとしたとき、アシェルの鼻腔を木イチゴと甘い花のような香りがくすぐった。
「やめてください!!」
「は……?」
柔らかい何かが、カインの背後から現れ、その横をすり抜けるとアシェルに抱きついてきた。
淡いピンク色の髪がフワリとなびく様は、緊張に包まれた決闘の空気にはそぐわない。
それが、フィリア・フォルスであることに即座に気がつき、アシェルの体から血の気が引いた。
「フィリア嬢!」
アシェルは剣を放り投げると、地面にフィリアを押し倒し覆い被さった。
「あ……あわあわ!?」
抱き締められて慌てるフィリアの声を聞きながら、アシェルは衝撃を覚悟した。しかし何も起こらない。
「身を挺して庇う……か、俺の負け……あっ」
もちろん、状況を即座に把握したカインは、剣を振り下ろしはしなかった。
――カインの敗北宣言、しかしその言葉はアシェルには届かない。
先ほど自らが放り投げた剣が頭に当たり、アシェルは意識を失ってしまったのだった。
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