15 / 29
第1章
お茶会の終わり
しおりを挟むそのあともお茶会は、和やかな雰囲気で進んだ。
母がいなかった上に、王都から遠く離れた辺境伯領で生活してきた私は、今まで近くに同世代の貴族がいなかった。
アシェル様と同い年だというミリアリア公爵夫人は、以前からそんな私のことを気にかけてくれていたという。
(セバスチャンはそれを知っていたから、お茶会に誘う人の名にミリアリア公爵夫人を上げたのかしら)
おかわりの紅茶が注がれる。
「これは……」
「気がつきました? 高品質な紅茶をいただき感謝しています」
マリーナ殿下の予想外の言葉に思わず何度も瞬きしてしまった。
「辺境伯領のスノーホワイトローズの砂糖漬けも可愛らしくて素敵でしたわ。でもこちらの素晴らしい茶葉……今朝は我が家にもたくさん届けていただいてありがとうございます」
「……喜んでいただけて光栄です」
なにか行き違いがあったのだろうか。私がお土産にしたのはスノースホワイトローズの砂糖漬けだけだったはずだ。
けれど否定するにはこのお茶の味に覚えがありすぎる。
(これは、ベルアメール伯爵家で良く出される紅茶よね……)
「ここまで高品質な紅茶は、我が家でも今は入りにくくて」
「公爵家でも……ですか?」
「紅茶は手に入るけれど、王家でもここまで高品質なものは日常使いはできないわ」
「ええ、さすがはベルアメール伯爵家ね」
「ありがとうございます……」
もしかすると、セバスチャンが届けてくれたのだろうか。
「あら、でもこちらの紅茶はベルアメール伯爵夫人からだと言って、ジョルシュ様が届けてくださったわね」
「……」
ジョルシュ様は、宰相補佐、アシェル様の右腕と言われるお方だ。
(もしかして、この紅茶はアシェル様が?)
アシェル様は一人で初めて社交をする私のことを心配したのだろうか。
「それにしても、たくさんいただいてしまって……今年は紅茶に困らなそうよ」
「あら、でももうすぐ取引に関する条約が無事に更新できそうだと聞いたわ」
「そう、難航しそうだと聞いていたけれど、さすがはベルアメール伯爵ね」
「――東の国シャムジャールとの条約、夫が担当していたのですね」
「あら、聞いていなかったのね。ごめんなさいね、困難なことがあると陛下はすぐにベルアメール伯爵に頼るから」
「……」
脳裏にセバスチャンの言葉が浮かぶ。
『寝る間も惜しんで働き、家に帰ることもなく、食事もまともに摂りません』
『しかもその担当者は他にもたくさんの仕事を掛け持ちしているのです』
以前彼が話していた担当者とは、アシェル様本人のことだったのだ。
(食事もまともに摂らない……?)
アシェル様は私と一緒の時はきちんと食べているから気がつかなかった。
もしかすると、働いているときにはちゃんと食べていないのかもしれない。
「あの、私そろそろ……」
「フィリア!」
「アシェル様……?」
息が上がっているから、よほど急いできたことが察せられる。
「あらあら、来てしまったわよ?」
「そうね。全くしかたのない」
アシェル様はツカツカと近づいてくると、あまりに優雅な礼をして見せた。
「失礼、初めての社交でしたので本日はそろそろ失礼させていただければと」
「過保護ねぇ……」
「問題ありませんでしたか?」
「もちろん、あんなに私に頼み込むなんて、ベルアメール伯爵は心配性すぎますわよ?」
「……っ、それは誰にも言わない約束では!」
バサリッと勢い良くミリアリア公爵夫人が扇を開いた。
「お話しさせていただいて、夫人がとても可愛らしい方だとわかりました。これからも仲良くいたしますわ」
「ミリアリア公爵夫人のお言葉、大変光栄です」
「そして、一つご忠告差し上げるわ。あなたの気持ち、夫人には一つも伝わってなくてよ?」
「……うぐ」
アシェル様がなぜか低い呻き声を上げた。
「あの……?」
「今日はとても楽しかったわ」
「はい! 私もとても楽しかったです」
ニッコリと笑ったミリアリア公爵夫人は、これ以上何か言うつもりはないようだ。
「また、お茶会に誘ってもいいかしら」
「マリーナ殿下、光栄です。今度はぜひ我が家のお茶会にいらしてください。こんなに素敵なお茶会が開催できる自信はありませんが……」
「ふふ、困ったらベルアメール伯爵に頼れば良いわ」
「……アシェル様に」
ちらりと仰ぎ見ると、アシェル様は濃い緑色の瞳をこちらに向け少しだけ微笑んだ。
「それでは失礼いたします」
「あっ、ごきげんよう、皆さま!」
こうして私が初めて一人で参加した公の社交は幕を閉じた。
けれど、温かくて大きな手にホッとしながらも、私の脳裏には先日のセバスチャンの言葉がグルグルと繰り返すのだった。
3,373
お気に入りに追加
5,268
あなたにおすすめの小説
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜
たろ
恋愛
この話は
『内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』
の続編です。
アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。
そして、アイシャを産んだ。
父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。
ただアイシャには昔の記憶がない。
だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。
アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。
親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。
アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに……
明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。
アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰?
◆ ◆ ◆
今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。
無理!またなんで!
と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。
もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。
多分かなりイライラします。
すみません、よろしくお願いします
★内緒で死ぬことにした の最終話
キリアン君15歳から14歳
アイシャ11歳から10歳
に変更しました。
申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる