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文化祭と兄の破滅フラグ

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 世界樹の呪いは、少しだけ進行を遅くしたようだ。私とフローラが2人そろって祈る方が短時間で効果が高いことが分かったのが大きいだろう。

 今日は文化祭だ。今回は生徒会のお仕事は休みになった。ライアス様とフローラが二人で盛り上がっていたし、ランドルフ先輩が手伝いに来てくれて私は生徒会室の外に放り出された。

「ミルフェルト様」

「やあ、こんな楽しい日までここに来なくてもいいのに?」

 そんなことを言いながらも、頬杖をついて座っているミルフェルト様の機嫌は悪くない。だって、文化祭も大事だけれど、ミルフェルト様と過ごす時間だって大事だ。

「ところでリアナ、その恰好は」

「去年の男装と女装がとても好評だったので、今年はそれで喫茶店をやるみたいです」

 今年の私の格好は、最初から王子様だった。クラスメートの女子たちにつかまって、すごい勢いで変身させられた。まあ「生徒会の仕事は任せろ」と言ったライアス様は、たぶん王太子が女装するわけにはいかないという大人の事情から私を生贄に捧げたのだと思う。

「ふふ……そんなリアナも、かわいいね」

 ミルフェルト様は、比較的ほめ方がストレートだと思う。ミルフェルト様といると、楽しくて幸せだ。

 扉がガチャリと開く音がした。振り返ると、聖騎士姿のディオ様がいた。相変わらずそこにいるだけで、周りの空気が変わってしまうほどに麗しい。

「リアナ……今日は付き合ってもらえるかな」

「どうしたんですか?そういえば、お兄様が来るとか行ってたんですけど知りませんか?」

「フリードは急用で来られないそうだ」

「……急用、ですか?」

 家を出るときまでは、兄は「あとで、少しだけ見に行くから」と言っていた。仕事はあるけれど、いつもの忙しさだったのに。

「あの……また、ドラゴンの大量発生とかじゃないですよね?」

「個人的な用事だって言っていたから。それに今のところそんな報告は入ってない……」

 3年目の文化祭。あれ……なにかイベントがあったかもしれない。思い出せないけど、何かとても大事な……。

「ほら、今は楽しもう?」

 少し強引なディオ様に手を引かれて文化祭を楽しむ。心に小骨が引っかかっているような違和感を感じているけれど、どうしても思い出せないまま。

 そして、文化祭が終わるとディオ様と二人きり、窓の外を見ていた。夕日がきれいで、1年目の文化祭を思い出す。そう言えば、3年目の文化祭のあとに卒業パーティーのエスコート役が決まる。そう、ゲームではここまででルートが確定するんだった。

 ここまで来て、ようやく私はフリードルートの重要なイベントを思い出す。

 ゲームの中ではしょっちゅうフローラを庇って怪我をする兄。放っておいたら死んでしまうことが多い、兄の破滅フラグの中でも特大のイベントが今日起きるのだった。

「――――ごめんなさい、私行かないと」

 私はディオ様に背を向けると、走り出す。兄は、ディルフィール公爵家の領地に現れた黒いドラゴンの討伐に出かけているはずだ。
 それは、フローラとともに行くとフリードがフローラを庇い大けがをしたことでフローラが聖女として覚醒し兄が救われるイベント。自分を顧みないフリードに怒るフローラに対して懐かしいあのセリフが聞ける。

 そう、私の代わりに呪いを引き受けようとして失敗した後の「ごめん、でもチャンスがあるなら何度だって同じことをしそうだ。それくらい、誰よりも大切で……愛してる」が聞けるイベントなのだ。

 いや、何度だって同じことしたらダメです兄!!
 だから、攻略対象者の中で一番死にやすいんですよ?!

 ディルフィール公爵家は、王都から一番近い領地だ。でも、私はほとんどそこへ行ったことがない。というよりも、聖女として遠征に出かける以外であまり王都から出たことがない。

 首席になって良かった……ミルフェルト様に最短で会いに行ける。
 もちろんディルフィール公爵の領地の屋敷にも大きな図書室がある。

「お願いです!お兄様を助けに行かないと!!」

「――――知ってる。フリードは本当に死にやすいよね……。でも」

「でもじゃないです!お願いします。何でもしますから」

「何でもするって、言ったらダメな言葉のなかでも上位なんだけどね。ま、行ってきたらいい。そしてその目で見ておいで?」

 なんだか含みを持たせた言い方のミルフェルト様。私は出してもらった扉を勢いよく開けて、ディルフィール公爵家の領地の屋敷にある図書室へ飛び出した。

 使用人たちが、王子様の格好をした私を二度見してくるが、私の姿絵を見ていたからかしばらくしてハッとしたように恭しく礼をしてくる。挨拶もそこそこに、そのまま執務室の扉を強くたたく。

「おお?!リアナ……久しぶりだな?なんだその恰好。いや、それよりどうやってここに来た。今日は」

「そんなのどうでもいいですお父様!お兄様はどこで戦っているんですか?!」

「どうでもって……さみしいな。まあ、フリードは西の森に出た魔獣と……リアナ?!」

 西の森なら、馬に乗れば30分以内に行くことができる。厠から目が合った毛並みのいい葦毛の馬に飛び乗る。
 そう、イベントでは最初は魔獣が出たという知らせだけだった。聖女としての勘でフリードの危機を察知したフローラが文化祭のあとに駆け付けると、兄はすでに黒いドラゴンと戦っているのだ。

 西の森に近づくにつれて、恐らく黒いドラゴンの咆哮と重低音が響き渡る。そしてその後には静寂が訪れる。

「お兄様!!」

「……リアナ?」

 兄を見つけた。でも様子がおかしい。私の目の前には、予想と全く違う光景が広がっていた。
 兄の目の前には、倒された黒いドラゴンが。兄は着衣の乱れさえなく、無傷だった。

 それでも心配で、心配で、私は兄に縋りつく。

「け、怪我とかしていないんですか?」

「なんだ……また、フラグとやらの話か?こんな雑魚に負けるほど、俺は弱くない。たぶん、リアナの言うゲームの中の俺より強い自信があるんだけどな?」

 そう言って、兄はやさしく私のことを抱きしめ返してくる。

 え……最高レベルにまで上げても倒すのが困難で、寧ろ魔王よりも強いんじゃない?レベルで強い黒いドラゴンが雑魚?

 フリード推しがハッピーエンドを見たいがために、3桁を越える戦闘を繰り返したなんて良く話題にされた黒いドラゴンが雑魚?

(兄の破滅フラグを心配ばかりしていたのに、今の兄はゲームの中の兄とは違うんだ……)

 でも、それよりも私には気になって仕方がないことがある。黒いドラゴンだけは確定で、あるアイテムを落とすのだ。

「お兄様……隠しているものを見せて頂けませんか?」

「――――なんのことかな?」

 私は無理やり兄のポケットをまさぐる。
 ――ほら、あった。

「これ、回収させてもらいます」

 予想通り兄のポケットには、竜の血石が隠されていた。
 やっぱりこれからも、兄の破滅フラグはしっかり回収しないと。
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