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午睡からの目覚めと兄
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なんだか、暖かくて幸せな気分で目が覚めた。
いつものベッドと、いつもの天蓋。
久しぶりにぐっすり眠ったから、気分良く目覚めることができそうだ。それに、なんだか握りしめられた手から感じる絶対の安心感。この手を私は良く知っている。
「リアナ……」
ベッドのそばに座って、私のことを心配そうに見つめるのは、いつも私をそんな目で見つめている大事な人。大好きな……。
「お兄様?」
「リアナ、心配した。ディオから連絡が来てすぐに迎えに行ったけど、なかなか目を覚まさないから」
兄が私の手を握りしめて、自分の頬に当てる。ただ、私の存在を確かめるかのように。たぶん、兄が私のことを、公爵家の私の部屋まで運んできてくれたんだろう。
「お兄様……私、どれくらい眠っていましたか?」
「丸一日眠っていたよ」
「ディオ様は……」
「ディオは、俺にリアナを預けたあとすぐに帰った。しっかり歩いていたけど?」
私と同じ状態で、私より早く目覚めてしかも歩いて帰るディオ様。無理をしないでほしいのに、敏い兄にすら不調を気づかせることはなかったようだ。
「お兄様……トア様に助けていただきました」
「ディオの弟か。優秀なのは間違いないのに、今まであまりに表に出てこなかったな」
「……そうですか」
ディオ様の弟君、トア様は闇の魔力を持っている。呪いの蔦の存在を見ることができるのは、聖騎士や聖女など一部の人間に限られている。それでも、その存在はあまりに有名だから……。
今までトア様が置かれていた境遇を考えるだけで、胸がキュウッと締め付けられるような気がした。今回はそれでも、絶対にトア様の味方になってくれるだろうディオ様がいる。
でもきっと、ディオ様を失ったほかの世界では……。ほかの世界では?
「あっ、魔王の容姿……」
そうだ『春君』で、悪役令嬢リアナは真のラスボスとして描かれていたけれど、そのほかにラスボスがいた。それは、銀の髪にアイスブルーの瞳をした……。
「すべてのルートをクリアすると現れる、魔王ルート……」
残念ながら、ほとんどのルートをクリアした私もたどり着くことができなかった魔王ルート。確かにあるとファンブックにも記載されているのに、SNSにもそこまでたどり着いたという報告は見られなかった。
フリードのバッドエンドが見つからないからだとか、実は悪役令嬢ルートがあるのだとか、考察や噂は多数あったのに。公式でも確かにそのルートがあるという回答はあったのに。
それでも、ラスボスである魔王の容姿は、銀の髪にアイスブルーの瞳。
「まさか、トア様が魔王に……」
魔王と言っても、魔獣を統べる存在というわけではない。ただ、世界樹を呪いで染めてしまう存在というだけだった。そして、攻略対象者とヒロインの前に立ちふさがる存在。
たぶん、闇の魔力を例え隠しているのだとしても、朗らかでディオ様を慕っている今のトア様にはない未来。それでも、そこに至った経緯を考えるだけで、心がつぶれそうなほど軋んだ。
悪役令嬢リアナに比べて、その背景はほとんど語られることがなかった魔王。でも、その容姿は攻略力対象者のだれよりも美しく、その力も群を抜いていた。
好きなキャラクターランキングでも、その情報の少なさとは反比例にいつも上位にいた。
「トア様ルートは、あったんだ……」
プロローグ以前にいなくなってしまったディオ様と違い、物語のなかで存在するはずのトア様。容姿といい、首席で次期公爵、その容姿の秀麗さから考えて攻略対象者じゃないなんておかしいではないか。
その時、私は肩を掴まれゆすられる感覚で我に返る。
「おい、大丈夫か?リアナ」
「お兄様……」
私は目の前の兄を見つめる。たぶん今、一度に生まれ変わる前の記憶が一度に流れ込んだせいで兄を心配させるほど呆然とした状態だったのだろう。
「ごめんなさい。――――大丈夫です」
「ああ……大丈夫ならいい。それにしてもトアは、闇の魔力を持っているんだな?」
私は思考の一部を口にしてしまっていたようだ。
それでも兄ならば、トア様のことを絶対悪いようにしない。それだけ、私の兄に対する信頼は厚い。
「……お兄様は、トア様の事も助けてくれますか」
「リアナがそんなに心配すると、少し妬けてしまうんだけど。リアナが望むなら、決して見捨てたりしないから安心しろ?」
私に当たり前のように簡単に答えて頭を撫でてくれる兄。いつも頼ってばかりという自覚が私にはある。
破滅ルートから兄を助けたいと強く思うのに、それと同時に兄に依存してしまう私は、いつも兄の事を危険な場所に追いやっているのかもしれない。
「今……バカなことを考えているだろ、リアナ」
「お兄様……?」
「リアナが大事なものは、俺にとっても大事なんだ。リアナが笑っていてくれることが、俺にとっての幸せなんだから」
「そんなこと言われると、妹は図に乗ってしまいます」
兄はいつも私に甘すぎる。はっきり言って、妹をダメにしてしまう兄の典型だと思う。こんなのブラコンにならないなんて不可能な話だ。それでも、私はいつも兄を頼りにするし、何よりも私は……。
「そんなの、俺にとってはご褒美だ」
自分の唇を軽くなめた兄から目が離せない。
これは、妹がかっこよくて頼りになりすぎる兄に感じてしまう依存というものなのだろうか。
それでも、私が兄のことを通常の兄妹よりもずっと好きすぎることだけは否定できない。
「もっと、頼りにして?それだけで俺はもっと強くなれるから」
そう言った兄は、私の心臓を鷲づかみにしてしまうほどの表情で私に笑いかけた。
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