上 下
2 / 109

18歳の破滅フラグからは逃げきれない

しおりを挟む

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 額に冷たいものがのせられた。

(熱くて痛いよ。どうしてこんなに胸が締め付けられるの)

「リアナ」

 優しい声がした。この声をまた聞くことができて、なぜかわからないけれどひどく安堵した。

「…………ディオ様」

 薄目を開けると、目の前の椅子にディオ様が座っていた。相変わらず、腕や首に黒い蔦が絡まっているのが見える。それでもその数は減っている。それは、聖女と聖騎士にしか見えない呪いの蔦。

「良かった……」

 顔色も良くなっているし、すぐに命が取られるようなことはなさそうだ。

 ホッとした私は、一瞬だけ胸の痛みを忘れて思わず微笑んだ。

「ディオ様って、呪いに随分好かれやすかったんですね?」

 ――――何度目ですか?

 なぜそんなことを思ったのか不思議だったけれど呪いが私にうつったのは間違いなさそうだ。
 焼けつくような胸の痛みは相変わらず続いていたけれど、そのことをディオ様に知られるのは、とても嫌だった。

 ディオ様からの返事はない。代わりに強く抱きしめられる。

「ディオ様?!」

 胸が痛いほど、高鳴った。でも、ディオ様からはいつもの余裕が感じられない。

「……今回の呪いは、ドラゴンが死に際に放ったものだ。でも、俺を蝕んでいたのはそんなものじゃない」

「……一番深く絡み付いていた呪いは、無事解除しましたよ?」

 少し離れて私の瞳を覗き込んだディオ様は、今にも泣きそうな顔をしている。泣かないで欲しい。

「確実に18歳で死ぬ呪いだから……誰にも解除なんてできるはずなんてない。知ってた?俺の誕生日」

(もちろん知ってました。贈り物がしたいと思ったけど、引きこもりにはハードルが高くて買えませんでした)

「明日が18歳の……誕生日でしたよね」

「正確にいうと二日前だ。リアナは三日間も眠り続けていたんだから」

「えっ!」

(大事な一日が終わってしまった!せめて一人でディオ様生誕祭を開催しようと思ってたのに!)

 ディオ様は、抱きしめたまま私の背中に手を当てた。肩に顔を埋めてくるから、柔らかい髪が首筋に当たってくすぐったい。

「呪い……。今ここにあるんだね」

「なんでそう思うんですか。無事に解除しましたよ」

「ウソだ……。解除なんて出来るはずない。俺も代わりに受け継いだからわかるよ」

 そんな顔して欲しかったんじゃない。ただ、笑顔をこれからも見たかっただけなのに。

「愛しい人」

「え……」

 あの暗闇の中で、誰かが紡いだ言葉がディオ様の口からもう一度紡がれた。

「――――ディオ様、急にどうしたんですか。はっ?!もしかしてドラゴンの呪いの影響ですか?」

 ディオ様が、そんな言葉を私に向かって言ってしまうなんて、呪いの影響が残っているに違いない。

 そもそも、私がこの呪いに蝕まれたのは物語の強制力な気がする。ディオ様のせいじゃない。

 どのルートでも18歳で死んでしまう悪役令嬢リアナの破滅フラグ。結局は引きこもったところで逃げられなかったのだ。

 きっとこれは、悪役令嬢リアナの隠し破滅フラグ。

 複雑な顔をしたディオ様が、耳元で囁く。そんなに泣きそうな顔、しないで欲しい。

「リアナに最後に一目会いたかった。だから、ドラゴンも秒で倒してきたんだよ。あと一日あると思って甘く見てた。ごめん、こんなことになるなんて」

「ドラゴンを……秒で」

 たぶん、驚くところはそこじゃない。ん?あれあれ?なんだかあり得ない言葉を聞いてしまった?

「さっきのもう一度、言ってもらえませんか」

 私の恥ずかしい聞き間違いだと思うので。

「……ドラゴンを秒で」

「ちっちが……」

 少しだけ口の端を釣り上げて笑うディオ様は、無理に笑っているようにしか見えない。

「リアナに、会いたくて」

 そんなはずない。無理に笑わないで?

「……会いたかったなんて。そこまで責任感じて言ってくれなくても大丈夫ですよ?この運命が決まっていること、私ずっと前から知っていましたから」

 ディオ団長は、一度俯いて再び顔を上げ、決意を込めたような表情でもう一度呟いた。

「そんなこと言わないで。愛しい人」

 もうすぐ、乙女ゲームの物語がはじまる。プロローグは悪役令嬢リアナと主人公の十五歳の誕生日。

 二人はその日生まれた子どもが世界樹の聖女に選ばれるという予言の日に生まれ、聖女になるために競い合う。

 スタート地点は完全に変わってしまったはずなのに、物語が動き始めたのを私は感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子妃候補の悪役令嬢は、どうしても野獣辺境伯を手に入れたい

たまこ
恋愛
公爵令嬢のアレクサンドラは優秀な王太子妃候補だと、誰も(一部関係者を除く)が認める完璧な淑女である。 王家が開く祝賀会にて、アレクサンドラは婚約者のクリストファー王太子によって婚約破棄を言い渡される。そして王太子の隣には義妹のマーガレットがにんまりと笑っていた。衆目の下、冤罪により婚約破棄されてしまったアレクサンドラを助けたのは野獣辺境伯の異名を持つアルバートだった。 しかし、この婚約破棄、どうも裏があったようで・・・。

短編まとめ

あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。 基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。

浮気疑惑でオナホ扱い♡

恋愛
穏和系執着高身長男子な「ソレル」が、恋人である無愛想系爆乳低身長女子の「アネモネ」から浮気未遂の報告を聞いてしまい、天然サドのブチギレセックスでとことん体格差わからせスケベに持ち込む話。最後はラブラブです。 コミッションにて執筆させていただいた作品で、キャラクターのお名前は変更しておりますが世界観やキャラ設定の著作はご依頼主様に帰属いたします。ありがとうございました! ・web拍手 http://bit.ly/38kXFb0 ・X垢 https://twitter.com/show1write

突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。 だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。 そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。

ヒーローは洗脳されました

桜羽根ねね
BL
悪の組織ブレイウォーシュと戦う、ヒーロー戦隊インクリネイト。 殺生を好まないヒーローは、これまで数々のヴィランを撃退してきた。だが、とある戦いの中でヒーロー全員が連れ去られてしまう。果たして彼等の行く末は──。 洗脳という名前を借りた、らぶざまエロコメです♡悲壮感ゼロ、モブレゼロなハッピーストーリー。 何でも美味しく食べる方向けです!

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
子爵令嬢だったルナリーが侯爵令息であるザウダと結婚してから一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を連れてきた。 ルナリーには何も告げることなく。 そして、第二夫人はあっさりと「子供が出来た」と皆の前で発表する。 夫や姑は大喜び。 ルナリーの実家である子爵家の事業が傾いたことや、跡継ぎを作れないことを理由にしてルナリーに離縁を告げる。 でも、夫であるザウダは…… 同じ室内で男女が眠るだけで子が成せる、と勘違いしてる程にそちらの知識が欠けていたようなんですけど。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

処理中です...