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大陸の縮図 6
しおりを挟むその場所を表す言葉は、きらびやかの一言だ。
惜しげもなく水があふれる噴水の周囲には精巧な裸婦像が飾られ、庭園には冬だというのに薔薇の花があふれている。
「美しい花であふれているけれど、食べられるものはなさそう……」
野菜や果物は植えられている様子がない。こんなにも、腕利きの庭師と潤沢な資金を持ちながら、薔薇だけなんてもったいないと思う。
「いや、ローズヒップという救いが」
パッと見た限りでは、ローズヒップが収穫できる種類はなかったけれど、これだけ広大で薔薇の種類も豊富なのだ。
よく探せばあるかもしれない。それに、ローズティーも悪くない。
「ソリア様……。ソリア様!」
「あれ? ……レイラン様?」
「もう! 何度も呼んでいるのに、上の空でどうしたの?」
「失礼しました……」
食べ物のことばかり考えていた私は、陽気な声に我に返った。
視線を向けた先には、南国の花みたいに鮮やかなドレスに身を包んだレイラン様がいた。
エメラルドグリーンの瞳に、小麦色の肌のレイラン様が笑うと、まるでその場所だけ夏が訪れたかのようにキラキラ輝いているようにすら見える。
「レイラン様、待っていて下さったのですか?」
「だって、ソリア様は、ここに来るのが初めてでしょう? とても広いから迷ってしまうわ」
「ありがとうございます」
一緒に来てくれた侍女のビオラ、そして護衛騎士のデライト卿とはここでお別れだ。
妃たちのお茶会には、その離宮以外の部外者は誰一人入ることは許されない。
今回は一月の離宮で開催されるから、ここの使用人たちは、準備や進行のため最低限残されている。
それぞれの離宮の管理者と、皇帝陛下は例外とされるけれど……。
一月の離宮の管理者は、シルベリア公爵。
私の暮らす十三月の離宮を管理するのは、宰相ザード様だ。
意外なことに、ザード様の爵位は侯爵で、この国でも皇帝陛下以外では一、二を争う権力と財力の持ち主だ。
……どうして、そんなすごいお方なのに、私を妃に選んでしまったのかしら。
見目麗しく、仕事が出来て、地位と権力そして財力も持つザード様だが、女性を見るセンスだけは、与えられなかったのだろう。
そんなことをぼんやりと思いながら、庭園に入る。
庭園の中央には、高価なガラスが惜しみなく使われた温室。どこか、陛下が建ててくださった温室に似ている。
……薔薇の花がお好きなのね。
入った瞬間から、むせかえりそうなほど濃厚な薔薇の香りがあふれていた。
「お待ちしていました」
笑顔で迎えてくれたシャーリス様は、薔薇の花を模した飾りがあしらわれた、プリンセスラインの淡いピンク色のドレスを着ていた。
「お招きいただきありがとうございます」
ストンと落ちたデザインのスカートの裾を、軽く持ってお辞儀する。
……シャーリス様のドレスは、薔薇の花そのもので、私の青いドレスは、庭園を飛び回る蝶みたいだわ。あくまで、ドレスだけの話だけれど。
そんなことを思う私は、シャーリス様が一瞬だけ青いドレスへ視線を鋭くしたことには、気がつくことがなかった。
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