24 / 47
第2章
存在しないはずの第一王子
しおりを挟む「えっと、どうしてこちらに?」
「ロイス様の婚約が決まりそうになったから、出てきたの」
「――――それは、本人の意思ではなく」
私は知っている、ロイス殿下は第三王子でありながら、王位を継承するだろうと目されているお方だ。第二王子は、側妃の子どもであり、正妃の子であるロイス殿下こそ、正統な……。
第一王子については、語ることを禁止されている王国の謎の一つ。けれど、確かにどこかにいるはずだ。――――だって、一番目が存在しなければ、二番目と三番目はいないはずだもの。
ズキンと強い頭痛がする。乙女ゲームの裏設定に、確かに描かれていたはずなのに、思い出すのを何かが拒んでいる。
「リリーナ様は、全てご存じなのでしょう? ガルシア国とベールンシア王国の関係を」
「関係?」
「魔王の国と王国の狭間、ルンベルグ辺境伯家の姫ですもの……。きっと、たくさんのことを知っているのでしょうね? だから、リリーナ様の考え方は柔軟で自由なのでしょう?」
たぶん、私の考え方が、王国の一般的な考え方とずれているのは、前世の知識のせいだと思う。
だって、耳や翼がある人々と、魔法が使える人々は、私にとってどちらにしても、ファンタジー世界の住人。どこか遠い存在なのだ。
それに、私は、この世界の誰もが持っている魔力を持たない。
私こそ、考えようによっては、この世界で最も異端の存在なのだろう。
「何も知らないなんて」
ルンベルグ辺境伯家では、ありとあらゆる本あった。私は、図書室で次から次へと読破していた。
それでも、魔王の国に関する書籍は。
――――魔王の国に関する書籍は、存在しなかった。
その事実に、今更ながら茫然とする。
私が知っているのは、乙女ゲームで知った設定だけ。
でも、乙女ゲームは、あくまでベールンシア王国を絶対的な正義として、ガルシア国のことを描いていた。
どうして、違和感を覚えなかったのだろう。ルンベルグ辺境伯家に存在しない、魔王の国に関する資料。だって、ルンベルグ辺境伯領は、魔王の国ガルシアと隣接しているのに。
その時、扉が蹴破られてしまったのではないかというくらい、音を立てて開いた。
剣に手をかけて、険しい表情のまま飛び込んできたのは、何かの討伐に出かけていたはずの、ディオス様だった。
「ディオス様?」
「――――聖女」
ぎりぎりと歯ぎしりの音がする。
魔王軍の将軍ですものね? ディオス様にとっては、敵対する存在のはず。
「魔王軍の将軍……ディオス・ラベラハイト。運命に存在しないはずのイレギュラー」
あの時のように、ローザ様の瞳が、金色に輝く。
その言葉は、重みがあって、神聖で、まるでローザ様の口を借りて、誰かがしゃべっているようだ。
「存在しない、第一王子……。魔王の国の貴族、ラベラハイト公爵家令嬢レティアと、ガルシア王の血を引いた許されざる王子」
王族にしか許されることのない紫のマント。
私が習った王国貴族の中に存在しない、ラベラハイトの名。
私の前に急に現れた少年。そして、父と母の死。
理由が分からないままだった、いくつかの場面が繋がっていく。
「――――ディオス・ラベラハイト・ベールンシア。あなたの運命は、途中で終わっていたはず。古代魔法である、守護騎士の契約さえなければ、あなたを守っていた、ラベラハイト公爵家のかつての忠臣、ルンベルグ家の庇護を失ったあの時に」
「……守護騎士?」
「そんなことを言いに来たのか?」
ディオス様が、切りかかった剣は、光に満ちた障壁により弾かれる。
「――――ただ、友人の安否を確認しに来ただけよ。本当はもう、いないはずの、ね?」
「リリーナは、誰にも害させない!」
「――――今日は、帰るわ。そろそろ、ロイス様も反省したでしょう。リリーナ様、私はあなたの味方でいたい。……状況が許す限り」
「ローザ様」
相変わらず、その微笑みはあざとい。たぶん、この笑顔は、第三王子の隣に立つための、聖女としての武装だ。だって、本当のローザ様の本当の笑顔は、無垢で純粋で、とてもかわいいことを、私は知っている。
『私、全ての人を助けられる聖女になりたいんです』
王立学園で共に学んでいた日々。透明感のある笑顔とともに語られたローザ様の言葉は、本物だったから。
魔獣との戦いでも、誰よりも前に立って、けが人を救おうとしていた姿は、本物だったから。
――――私の存在が、続いていることが、問題なのだろうか。
悪役令嬢を取り巻く世界が、本当はとても複雑だったことに、今更ながら気が付く。
ディオス様が、剣を鞘に納めたカチンと小さな音が響き渡ったとき、目の前にもう聖女はいなかった。
黒く澱んだ学生時代の、ほんの少しだけ色づいた、私たちの記憶と、ディオス様に関しての新情報だけを残して。
0
お気に入りに追加
472
あなたにおすすめの小説
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
悪役公爵令嬢のご事情
あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。
他のサイトにも投稿しております。
名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。
本編4話+外伝数話の予定です。
ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!
青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』
なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。
それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。
そしてその瞬間に前世を思い出した。
この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。
や、やばい……。
何故なら既にゲームは開始されている。
そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった!
しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし!
どうしよう、どうしよう……。
どうやったら生き延びる事ができる?!
何とか生き延びる為に頑張ります!
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
完 モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい!!
水鳥楓椛
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、ベアトリス・ブラックウェルに転生したのは、なんと前世モブ専の女子高生だった!?
「イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶!!来い!平々凡々なモブ顔男!!」
天才で天災な破天荒主人公は、転生ヒロインと協力して、イケメン婚約者と婚約破棄を目指す!!
「さあこい!攻略対象!!婚約破棄してやるわー!!」
~~~これは、王子を誤って攻略してしまったことに気がついていない、モブ専転生悪役令嬢が、諦めて王子のものになるまでのお話であり、王子が最オシ転生ヒロインとモブ専悪役令嬢が一生懸命共同前線を張って見事に敗北する、そんなお話でもある。~~~
イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる