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第4話 入団試験を受けたいのですが。

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 漆黒の髪に、角度によっては赤くも見える黒い瞳。
 救国の英雄カイル・アズウェルを知らない人間はよほどこの国に疎いに違いない。

 しかし、彼の初陣が負け戦であったことを知る人間は少ない。まして、敗走する彼の腕の中に、かつて救国の乙女と呼ばれた女騎士と同じ色を持つ赤子がいたことを知る人間はごく少数だ。

「ローゼ!」

 その中の一人が、名誉騎士団長のこの方。ルベル・ディーベルト様なのである。

「お久しぶりにございます。ディーベルト様」

「ああ、久しぶりだな。ローゼは、ますます美しく……アリア、ローゼ?」

 私の振る舞いに、何かを感じ取ったのか、ディーベルト様は私のことをアリアローゼと呼んだ。

「……十五年ぶりですね。お祖父様」

「……長く生きていると、神の奇跡を目の当たりにする機会があるのだな」

 神などいないと、私に教えたのはあなたではないですか。お祖父様。力こそすべてだと。

『脳筋救国の乙女の始まりは、こいつかぁ……』

 またしても白い神様の声が聞こえた気がした。
 心の声が、ダダ漏れてますよ?

 私はやっぱり神様を信じる気になれません。

 それでも、私がここに立っていられるのは、間違いなく神の奇跡によるもの。それについては、否定しないけれど。

「これはいったい、どういうことだ?」

「神の奇跡です。それ以外に説明のしようがありません」

 前回の人生の記憶しかないけれど、私、99回もバッドエンドを繰り返しているらしいですから。

「そうか……。早速、領内に神殿を」

「いりませんよ。そういうことに、興味なさそうでしたもの」

 たぶん神様は、やり直せば無くなってしまう神殿なんかには、興味はなさそうだ。
 ハッピーエンドとやらには、とてもこだわっていたけれど。

「ところでアズウェル卿、このことを、今までどうして隠していた? ことと次第によっては、いくら卿でも」

「おっ、お祖父様! 私が、アリアローゼとしての記憶を取り戻したのはつい最近です!」

 周囲が青ざめるような覇気を発したお祖父様。慌てて間に入る。

「確信したのは、アリアローゼ様のおっしゃる通り、つい先日です。ですが、あり得ないと思いながらも疑ってはいました。その上で、平凡な幸せを掴んでもらいたかった。それがローゼを誰からも隠してきた理由です」

「……そうか。たしかにこの髪色と瞳、そしてアリアローゼそのものの姿。神の奇跡として再び救国の乙女として担ぎ出されてしまうまで、そう時間はかかるまい」

「今日、訪れたのは他でもなく……」

「騎士団に入団させてください、お祖父様」

「そう、騎士団から遠ざけていただきたく……えっ?」

 ここまで、私は守られて生きてきた。

 生まれた時から、救国の乙女としての運命を押し付けられていた以前とは違い、記憶を取り戻すその日まで、普通の令嬢みたいな生活をさせてもらった。

 今なら、社交会にも堂々と参加できるだけの知識や礼儀作法を身につけていると思う。

 カイルがくれた幸せな時間は、私が心の奥底で求めていた日々だった。

 それでも、このままでは、あの日、共に生きることができなかった部下たちに、合わせる顔がないから。

「入団試験を受けさせてください。お祖父様」

 私は、決して曲がることのできない決意を胸に、その言葉を言い切った。
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