24 / 33
第3章
差し伸べられた前足
しおりを挟む馬車が、着くと同時に、私は表に飛び出す。
「……レナルドは、行ってしまったのね」
「ミル、様? 知っていたんですか」
「ねえ。聖女様なんてやめて、レナルドがくれる物を受け取って、幸せに生きていくのではダメなの?」
レナルド様が、くれるもの?
だって、私が、欲しいものは、たぶんその中にない。
「……レナルドの持っている全てが、あなたの物だわ。それに、無事に帰ってくるかもしれない。そうすれば、普通の女の子として、守られながら、幸せに過ごせばいい」
そんな都合のいい夢。レナルド様は、このままだったら、私の元には帰ってこない。
「聖女様、あなたの今いる場所は、無理やり連れてこられて、強制的に座らされた椅子。あなたの幸せを、探してもいいと思うわ。私も手伝う」
聖女なんて選ばずに?
レナルド様の背中に隠れて?
確かに、ただの女の子だった。この世界に呼び出されるまで。
呼び出されて直ぐだったら、きっと、迷うことなく選べたのに。
桃色の光が、ほのかに瞬いて、次の瞬間周囲を埋め尽くすみたいにあふれ出す。
その光は、ボンヤリと浮かんでいる、ステータスの、猫の爪で消された文字を、浮かび上がらせた。
『レナルドは、思っていたより強いな。この調子なら、たぶん直ぐ僕の魔力も貯まる』
シストの言葉に、はっと我に返る。
そう、シストは、場所が分かれば、転移ができるはず。
『理沙、あとちょっとで、魔力が貯まるけど、どうする?』
「連れて行って、レナルド様のいる場所に!」
『それが、理沙の選択なの……。彼女たちと同じ道を選ぶんだね』
「彼女たち?」
ため息とともに、溢れる白銀の魔力。
子猫が、大きくなって、白銀の毛並みをした、金眼の獅子が現れる。
「シスト? シストなの?」
『僕が子猫だなんて、誰が言った?』
にゃって、鳴いていたくせに。
「……聖獣様だったの?」
『愛しい聖女がいないから、今はもう、ただのシストだ』
その姿は、初代聖女の隣に描かれる、聖獣にそっくりだ。
けれど、その白い獅子は、初代聖女が、魔神を封印した時に、ともに命を落としたとされている。
封印の箱には、意思がある。
幾多の聖女とともに戦い、幾多の聖女に自由を与えた、気まぐれな存在。
『僕はね。君たち聖女に、死んでほしくないんだ。だから、時に恋人との逃避行を手伝うし、時に遠くで幸せに暮らすのを支援する。でもね、聖女の役目を果たすというなら、いつだって、命をかけて力を与えてきたつもり。残念ながら、生き残る可能性は、低いけど』
その時、ミルさんが、私を庇うようにシストの前に立った。
『魔術師ミル……。僕の邪魔するの?』
「レナルドに、あなたを信用するなって、言われているの」
『はは、レナルドに? 今までいた、数多の騎士の中で、一番僕と似たもの同士なクセに』
レナルド様と、シストが似ている?
いつも、軽い調子のシスト、どちらかというと寡黙なレナルド様。二人は対極だ。
『何か言いたそうだけど、そう言うのじゃないから』
「じゃあ、何が」
『目的のためには、手段を選ばないところ』
妙に、納得した。
『さて、理沙は何を選ぶ? 僕は、ただ、君たちの選択を尊重するだけだ』
「聖女とか、聖女じゃないとか、そんなに興味がないの。ただ、もの凄く後悔している」
『へぇ。なに?』
「まだ、レナルド様に、好きと言ってない。それに、私はレナルド様の隣で戦うの』
時間は、たくさんあった。
気がつくことも、いくらでもできた。
ただ、色々な理由をつけては、知らないふりをしていただけ。
『そう』
するりと、なめらかでフワフワな体が、擦り寄せられる。
『理沙は、一人で全てを守ろうとした僕の聖女とは、少し違うんだね。ああ、そうそう。ここに聖女がいることは、バレているから。魔術師たちは、王都を守らないと、大変なことになるよ。だから、ついて来たらダメだ』
いつのまにか、ビアエルさんと、ロイド様まで、この場に駆けつけている。
「あなたを信じろと?」
冷たい瞳のまま、魔力を練る、ミルさん。
静かな殺気とともに剣に手をかけた、ロイド様。
ちょ。酔っ払っているんですか、ビアエルさん。
『……理沙の選択を信じてあげるといい。それに、王族や貴族たちに、君達や善良な国民まで巻き込まれるのは、ハッピーエンドにケチがつく。ちゃんと君たちも、生き残って?』
地面に響く、無数の足音。
それは、王都にどんどん近づいてくる。
でも、魔人を倒さない限り、魔獣は無数に湧き上がるのだと、歴史は物語る。
『さ、おいでよ』
差し伸べられた前足。
その手に触れれば、今日も私の体は、バラバラの粒子になる。
次の瞬間、私だけが、荒野を見下ろす、崖の上に立っていた。
12
お気に入りに追加
1,708
あなたにおすすめの小説
教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~
古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。
でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。
果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか?
ハッピーエンド目指して頑張ります。
小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜
華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。
日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。
しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。
続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574
完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。
おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。
合わせてお楽しみいただければと思います。
氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす
みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み)
R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。
“巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について”
“モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語”
に続く続編となります。
色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。
ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。
そして、そこで知った真実とは?
やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。
相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。
宜しくお願いします。
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる