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第3章
幸せの時間(偽物?) 2
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大群の魔獣がスタンピードを起こして、崖の下を埋め尽くそうとしている。
高い崖に守られた村も、もうすぐ魔獣に呑み込まれてしまうだろう。
その大群の中に、一人の騎士が飛び込んでいく。
砂埃の中、あまりにも無謀なその騎士の行動を止めるものは、その場に誰もいない。
「やだ! 行かないで、レナルド様!」
「――――リサ?」
泣きながら目を覚ました私の声を聞きつけたのか、性急に扉を叩くレナルド様の声が聞こえる。
私は、ベッドから降りると、扉を開いてレナルド様に縋り付いた。
さすがに、同じ部屋は無理です……。
そう告げた日から、レナルド様は、夜の間は、私の部屋にちゃんとノックして入ってくる。
自分で言っておいて申し訳ないけれど、今はとにかく、そばにいて欲しかった。
「――――リサ? 怖い夢でも見ましたか?」
私は、コクコクと激しくうなずいた。怖いなんてものじゃない。
でも、その内容はもう朧気で、思い出すことができなかった。
いつもそうだ。最近の夢は、不安だけを私に残して消えていく。
「レナルド様……。起こしてしまってごめんなさい」
「寝てなかったから平気です」
「……え? 真夜中ですよ」
見上げたその顔は、珍しいことに「しまった」というような表情を浮かべていた。
「――――眠れないのですか?」
「リサと離れていると、心配で」
「……レナルド様」
レナルド様こそ、誰かがそばにいたほうがいいのかもしれない。
そっと、手を握りしめれば、小さくレナルド様の体が揺れた。
私は、さっきまでの不安も忘れて、そっとレナルド様を引き寄せる。
「リサ。夜は、部屋に入ってほしくないんじゃなかったんですか」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう」
部屋に招き入れてしまった。
でも、レナルド様は私が怖がったり嫌がるようなことは、絶対にしない。
それが分かっているのに、どうして私は距離を取ろうとしていたのだろうか。
ベッドでは、シストが大の字に眠っている。
猫のくせに、そんな眠り方。シストには警戒感がないのだろうか。
「一緒に眠りましょう」
「――――リサ? 何を言っているか分かってますか?」
「野営の時は、一緒に寝たじゃないですか。それに、間にシストがいますから」
「……はぁ」
なぜかレナルド様は、ため息をついた。
16歳になったばかりで異世界に来て、そのまま聖女としてだけの教育ばかり受けてきた私は、こういった時どうしていいかわからない。
でも、今のレナルド様を、一人にしたくなかった。
ただそれだけだった。
ぎゅうっ、と掴んだままの手に汗がにじむ。
レナルド様に、気づかれませんように。
そんな私の必死さに気が付いたのか、レナルド様は「は……」と短く笑った。
顔をあげると、レナルド様は、本当に困ったように、それなのにほほ笑んでいた。
その表情を見た瞬間、私は強くレナルド様の手を引く。
「ここに横になってください」
「ソファーで大丈夫です。そばにいられれば、それで」
「……お願いしても、ダメですか」
「ずるいな、リサは」
レナルド様は、「リサの願いは、全部叶えるって決めている俺に、そんなこと言わないで貰えませんか?」と泣きそうな顔で言う。
私のことを、好きだと言いながら、その行動はどうしていつも距離を取ろうとするのだろうか。
それでも、私に押し負けてしまったレナルド様は、ベッドに横になった。
「……リサの香りがする」
「え?」
レナルド様の、淡い水色の睫毛が、ゆっくりとラベンダー色の瞳を隠していく。
ほどなく寝息が聞こえてくる。私も、レナルド様との間にシストを挟んでも、まだまだ余裕のある大きなベッドにもぐりこむ。修学旅行みたいで、みんなで寝るのはうれしい。
『本当に、忍耐の二文字。レナルドが気の毒だから、この睡眠魔法は特別大サービスだ』
シストのため息交じりの声が聞こえる。
眠っているのに気の毒とは……。そんなに無理やりだっただろうか?
そんなことを思った私にも、温かくて優しい魔法が降り注いだ感覚がして、急速な眠気とともに、今度は優しい光の中で、レナルド様と仲間が一緒に笑っている夢の中に、私は落ちていくのだった。
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