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第2章

まさか、聖女のキスにそんな副作用が 1

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 私は、三日三晩意識を失っていたらしい。
 離れることなく、看病してくれていたミルさんが、涙ながらに教えてくれた。

「……レナルド様は?」

 寝ている間に、魔力は回復したらしい。
 ヨロヨロと私は、ベットから起き上がる。
 あの時、呪いのせいで、私以上に限界だったのは、レナルド様の方なのに。守護騎士様は、相変わらず無理をする。

 ここ数年、いつでも近くにいてくれた、その姿が見えないせいで、嫌な予感が胸を占める。

「レナルドは、無事よ? 安心して休んでいなさい」
「っ……無事なら、どうしてここに、いないんですか?」
「……私が、嘘ついたことある?」
「……ないです」

 ミルさんの発した、その問いに関する正確な答えは『ない』ではなく『出来ない』だ。

 魔法使いとしての力には、制約がある。
 強大な力を使うことができる代わり、ミルさんの場合、嘘をつくことが出来ないらしい。

 そのことを、以前そっと教えてくれたミルさんに、「どうしてそんな大事なこと私に」と聞いたら、「信頼がほしいから」なんて答えが返ってきて、号泣したのは記憶に新しい。

「……じゃあ、どうして」

 私がつぶやくと、長いため息のあと、ミルさんはカーテンにそっと隙間を作った。

「黙っていても、いつか分かることね。……見てみなさい」
「あ……」

 私は、慌ててカーテンを閉め直す。
 今いる部屋は、三階らしい。
 目の前には、大きな庭があるけれど、その先にある門の前に、たくさんの人が集まっているのがみえたから。

 遠目にも分かるほど、どの人の顔も、険しい。
 
「あちらは、レナルドに任せておけば良いわ。ところで……」

 胸を揺らしながら、ガバリとミルさんが、私のベッドに体を乗り上げてきた。

「み、ミルさん?!」
「これは、一体どうしたことかしら?!」

 妙に興奮しているミルさんと、理解の追いつかない私。二人で、ベットの上で見つめ合う。
 どういう状況なのだろうか、これ。

 でも、よく見るとミルさんの視線は、私ではなく私の少し横に逸れているようだ。

「…………にゃ?」

 私の左肩上には、もう封印の箱は浮かんでいない。だって、封印の箱シストは……。
 そうやって、毛繕いしている姿は、首に赤いリボンを巻いた、ただの白い子猫みたいだけれど。

「かわいいわぁ!」

 ミルさんが、猫好きだなんて、知らなかった。
 シストを愛でるミルさん。
 その時、勢いよく扉が開いた。

「リサ!」

 弾丸のように、飛び込んできた人は、確かにレナルド様だ。でも、何だろう、この違和感。

 そろりとミルさんは、起き上がり、名残惜しげにシストを一瞥すると、なぜかレナルド様に「ちゃんと伝えなさいよ?」と、言って部屋を出ていく。

「リサ……。目が覚めて、よかったです」

 ぎゅっと、レナルド様に抱きしめられる。信じられないくらい、良い香りがする。

 急に近づいた距離感。私の頬は、誰がみても分かるくらい、紅潮しているに違いない。

 そうだ、名前。

「レナルド様? 私の名前……」
「ああ、やっとリサの名前を呼ぶことができる」
「え?」
「ずっと、こんなふうに名前を呼びたかったんです。気がつきませんでしたか?」

 気がついてない。たしかに、この世界に来てから、私の名前が呼ばれたのは、守護騎士の誓いを立ててくれた時、レナルド様に呼ばれた、ただ一回だけだった。
 その後から、三日前の事件まで、私の名前を呼ぶ存在は、シストしかいなかった。

 そういえば私、聖女では、なくなったんだ。

 今まで自然と使うことが出来た、魔法の大半が発動できなくなっている。治癒魔法だけは、何とか使えるみたいだけれど。

 それは、確かに聖女という称号が失われてしまったことを意味している。

「……外に集まっている人たちは」
「そんなことより、婚約して下さい」

 そんなことって、たぶんあの人たち、私が聖女じゃなくなったこととか、魔神が現れたことで、押しかけてきているんですよね?
 この場所がどこなのか分からないけれど、間違いなくレナルド様には、多大な迷惑をかけているに違いない。

「そんなことって。…………ところで、今さっき、なんて言いました?」
「リサ、俺と婚約して」

 聞き間違いではないらしい。それに、私を見つめて少し目元を赤くした、美貌の騎士様。
 吐息がかかりそうなくらい、距離が近い。

 いつもと全く違うレナルド様の様子と距離感、その言葉に、自分が置かれた状況も忘れるくらい、私の頭の中は、真っ白になるのだった。
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