2 / 33
第1章
聖女召喚されましたが、中継ぎらしいです 1
しおりを挟む✳︎ ✳︎ ✳︎
学校に向かう途中、友達と談笑していたら、急にぽっかりと、道路に穴が開いた。
気が付けば、たくさんの人に取り囲まれて、私はペチャリと、床に座り込んでいた。
周囲の人たちは、私のことを好奇の目で見ている。
ドレスを着た人たちは、ゲームや物語の中みたいな恰好をしている。
戸惑う私に、一段高いところにいる、おそらく国王陛下と思われる格好をした人が、話しかけてきた。
「召喚に成功したか。まあ、魔人が現れるという予言の日まで、あと100年ある。中継ぎの聖女とはいっても、国に聖女がいないというのも体裁が悪いからな」
「――――え?」
この状況を、どう判断すればいいのだろうか。
異世界転移、聖女召喚……。
おそらく、それらの言葉がこの状況にはあっているように思われる。
「あれが聖女……。ずいぶん平凡な見た目ですわね」
「――――100年後であればもてはやされるのだろうがな」
でも、聖女として召喚した割には、すでに私のことをぞんざいに扱うような空気が、周囲に漂っていた。
「レナルド・ディストリア卿。ディストリア家が、今回の担当だったな? まあ、中継ぎではあっても、聖女は聖女。不本意やもしれないが、守護騎士の役目を全うするように」
「は……。陛下のお言葉の通りに」
私の顔をちらりと見て、「平凡な娘だ」とつぶやくと、興味がなくなったみたいに、国王陛下は去っていく。説明もないまま、急に知らない世界に放り出されてしまった私は、ただ茫然とその姿を追いかけるしかなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そのあと、私には王宮の中ではそれなりに、私にとってはとてつもなく豪華な一室が与えられ、専属の侍女もついた。
「聖女様、何なりとお申し付けください」
「えと……。私は、理沙と言います。よろしくお願いします」
「――――聖女様。そのお名前は、神聖なもの。ご本人であっても、簡単に口にしてはいけません」
ピシャリと私にそう言うと、侍女は退室していった。
このやり取りの後、私は侍女にものを頼むのをためらうようになった。
名前を言ってはいけない……。では、これから、聖女と呼ばれるのだろうか。
そして、それ以上に気になることに、部屋の端っこに、直立不動で騎士が一人控えている。
「あの……」
「私はレナルド・ディストリアと申します。聖女様の守護騎士を拝命いたしました」
「――――あなたも、私のことを名前で呼んではいけないの?」
「もちろんです。聖女様。そうですね、では、守護騎士の誓いを……。一度だけ、その神聖な言葉を口にすることをお許しください。守護騎士として授かった栄誉、この剣に誓い、リサ様をお守りいたします」
シーンと部屋の中に静寂が広がる。もう、静かすぎて耳が痛い。
「赦しますと、ただ一言」
笑顔で告げている割には、有無を言わせぬ雰囲気を感じる。
侯爵家のお方らしいものね。貴族の威厳というものなのだろう。
「あの。ゆるします?」
その瞬間、私の足元から桃色の光があふれ出した。
その光は、レナルド様の剣に吸い込まれていった。
それは、私が発動した、初めての魔法だった。
初めて魔法を目の当たりにした私は、目を丸くしてその光景を見つめるしかなかった。
あとから、聞いた話では、守護騎士というのは一生に一人しか持つことができないし、守護騎士になれるのもたった一回だけ。
なぜ、そんな貴重なことを即断即決してしまったのかと、後日レナルド様に聞いてみたけれど、少し口の端を上げただけで「後悔していませんよ? それに、聖女様のはじめての魔法を頂いてしまって、逆に申し訳なかったかもしれませんね」という返事があっただけだった。
しばらくして、侍女が交代になった。
侯爵家で働いていたという、リーフという侍女は、私のことをとても大切にしてくれる。
リーフは数少ない、私の味方でいてくれて、それでいて侯爵家の教育レベルが、本当に高いのだと私を何度も感心させた。
今日のドレスも、リーフが選んでくれたし、黒髪も重くなり過ぎないように、ハーフアップにまとめてくれているのだった。
おしゃれをしたところで、聖女は一人で食事を食べる。
相変わらず、私の斜め後ろには、レナルド様が控えている。
「――――食べている姿を見ていて、おなか空きませんか?」
「ふ。空きませんよ。鍛えていますから」
鍛えていてもいなくても、空腹になることは、変わりないと思うけど……。
そう、首をかしげながらも、私は待たせてしまうのは申し訳ないと、急いで食事に手を付ける。
聖女は、お肉を食べてはいけないと、食卓に上るのは野菜ばかりだった。
幸いなことに、卵は食べてもいいらしい。
でも、残念なことに、ぞんざいに扱われていることを示すように、野菜とパン以外が食卓に上ることはない。
「よろしければ、こちらもお召し上がりください。俺のと同じで申し訳ないのですが」
そんなことを言うレナルド様が、卵料理をなぜか侯爵家から持ってきてくれるから、栄養は何とか取れそうではあった。
そして、聖女の朝は早い。
神殿を訪れて、祈りをささげる。
神様が答えてくれるわけではないけれど、初めて祈りをささげた時に、私の左肩上に、なぜかプレゼントボックスが浮かんだ。
「――――封印の箱、やはり本物の聖女なのだな。まあ、そんな箱、魔人の存在がなければ、何の役にも立たないが」
プレゼントボックスは、封印の箱というらしい。
神様は、答えてくれないけれど、なぜか時々その箱が、私に話しかけてくるようになった。
『僕はシスト。理沙よろしくね?』
シストは、箱の形をしているけれど、唯一私の名前を呼んでくれる存在だ。
私は、心を許して、何でもシストに相談するようになっていった。
そんなある日、魔獣が大量発生したという知らせが、王宮に届けられた。
聖女の役目は、祈るだけではない。
この国の平和のために、その力を捧げるのが、役目なのだと、ある日突然、旅立ちを強要された。
「――――聖女というより、勇者よね」
それでも、きちんとした装備が与えられて、資金も用意されたのだから、ましなのかもしれない。
そして、そうやって出かける私の後ろには、もちろんレナルド様が当然のように付き従う。
「レナルド様は、侯爵家のお方なのですよね?」
「その通りですね」
「――――私なんかに、ついてくる必要ないのでは?」
「聖女様の守護騎士が、おそばを離れるはずもないでしょう」
最近、私に笑いかけるようになってきたレナルド様は、笑うと急に幼く見える。
そう、私とほとんど年齢が違わない18歳だというから、驚く。
何度も死地から生還を果たすような経験をしているらしい、レナルド様は、私みたいな甘い考えをしていないのだろう。大人に見える。
「どうして守護騎士になったんですか。断ることができたって、皆さん言っていましたよ」
皆さんというか、王宮でレナルド様を慕っているらしい、一部の令嬢たちに囲まれた時に聞かされた。
たしかに、聖女の守護騎士の順番に当たっていたものの、ディストリア侯爵家の力なら、ほかの貴族に代理を頼むという選択肢も可能だったらしい。
100年後に召喚される、本当の聖女の守護騎士になるのは、最高の誉れだとしても、私みたいな中継ぎ聖女なんて、レナルド様の価値を落としてしまうのだとも……。
でも、私だって、好きでこの世界に来たわけじゃない。
戦いだって、したことない。
旅に出て戦うなんて、怖いよ。
「――――その顔」
「え?」
「この世界に呼ばれた時にも、不安そうなその表情をしていましたよね。……聖女様が戦いの場に立つ必要はありません。そのための守護騎士です。どうか、代わりに戦うように命じてください」
騎士様というのは、そういう生き物なのだろうか。
不安そうな淑女を、放っておいたりしないのだろう。
まあ、いくら毎日礼儀作法や聖女としての立ち居振る舞いを学び続けているからって、淑女にはまだ到底及ばないのだろうけれど。
それでも、私はレナルド様に笑いかけた。
心配かけたくないし、いつも陰に日向に守っていてくれていることを知っているから。
そして、なけなしの勇気を振り絞って、「私も戦います」と返事をする。
その言葉を告げた途端、心底驚いたとでもいうように、レナルド様は、そのラベンダー色の瞳を彩る髪の毛と同じ淡い水色のまつ毛を瞬いた。
13
お気に入りに追加
1,719
あなたにおすすめの小説
【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜
よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」
ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。
どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。
国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。
そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。
国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。
本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。
しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。
だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。
と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。
目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。
しかし、実はそもそもの取引が……。
幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。
今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。
しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。
一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……?
※政策などに関してはご都合主義な部分があります。
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。
氷雨そら
恋愛
聖女としての力を王国のために全て捧げたミシェルは、王太子から婚約破棄を言い渡される。
そして、告げられる第一王子との婚約。
いつも祈りを捧げていた祭壇の奥。立ち入りを禁止されていたその場所に、長い階段は存在した。
その奥には、豪華な部屋と生気を感じられない黒い瞳の第一王子。そして、毒の香り。
力のほとんどを失ったお人好しで世間知らずな聖女と、呪われた力のせいで幽閉されている第一王子が出会い、幸せを見つけていく物語。
前半重め。もちろん溺愛。最終的にはハッピーエンドの予定です。
小説家になろう様にも投稿しています。
冤罪で処刑されたら死に戻り、前世の記憶が戻った悪役令嬢は、元の世界に帰る方法を探す為に婚約破棄と追放を受け入れたら、伯爵子息様に拾われました
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
ワガママ三昧な生活を送っていた悪役令嬢のミシェルは、自分の婚約者と、長年に渡っていじめていた聖女によって冤罪をでっちあげられ、処刑されてしまう。
その後、ミシェルは不思議な夢を見た。不思議な既視感を感じる夢の中で、とある女性の死を見せられたミシェルは、目を覚ますと自分が処刑される半年前の時間に戻っていた。
それと同時に、先程見た夢が自分の前世の記憶で、自分が異世界に転生したことを知る。
記憶が戻ったことで、前世のような優しい性格を取り戻したミシェルは、前世の世界に残してきてしまった、幼い家族の元に帰る術を探すため、ミシェルは婚約者からの婚約破棄と、父から宣告された追放も素直に受け入れ、貴族という肩書きを隠し、一人外の世界に飛び出した。
初めての外の世界で、仕事と住む場所を見つけて懸命に生きるミシェルはある日、仕事先の常連の美しい男性――とある伯爵家の令息であるアランに屋敷に招待され、自分の正体を見破られてしまったミシェルは、思わぬ提案を受ける。
それは、魔法の研究をしている自分の専属の使用人兼、研究の助手をしてほしいというものだった。
だが、その提案の真の目的は、社交界でも有名だった悪役令嬢の性格が豹変し、一人で外の世界で生きていることを不審に思い、自分の監視下におくためだった。
変に断って怪しまれ、未来で起こる処刑に繋がらないようにするために、そして優しいアランなら信用できると思ったミシェルは、その提案を受け入れた。
最初はミシェルのことを疑っていたアランだったが、徐々にミシェルの優しさや純粋さに惹かれていく。同時に、ミシェルもアランの魅力に惹かれていくことに……。
これは死に戻った元悪役令嬢が、元の世界に帰るために、伯爵子息と共に奮闘し、互いに惹かれて幸せになる物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿しています。全話予約投稿済です⭐︎
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる