上 下
34 / 36

魔力の暴走

しおりを挟む

 婚約式は、この国の貴族界において重要な位置づけを持つ。他家との繋がりを持つ事で貴族家は力を強め、派閥には変革がもたらされるのだ。
 けれど、私たちは義理の兄妹同士の婚約だ。

(一つの見方としては、ヴェルディナード侯爵家は他家と繋がりを作り必要性がないともとれる)

 今やヴェルディナード侯爵家が関わっていない品などこの国で見つけることはできない。王家ですら無碍な扱いをすることはできない王国の権力者……それが父、ヴェルディナード侯爵なのだ。

「うっ……アイリス……」

 けれど、普段は冷血宰相と呼ばれているはずの父は、私の晴れ姿を前に白いハンカチを目頭に当てて号泣している。

「お父様……あの、お義兄様と婚約したってずっとこの家にいるのですから」
「それはそれだよ……! 残念ながら武の心得はないから、僕を倒さなければ婚約を許さないって言うこともできなかったし……」

 確かに父はその頭脳は王国一と言われていても、剣や魔法はあくまで平均かそれ以下だ。一方、義兄は頭脳は父に負けずとも劣らないと言われ、剣も魔法も一流だ。

(あれ……そんな人が、なぜ私などと婚約を?)

 私は特筆するような特技もなく、ものすごい美貌を持つわけでもなく、社交がとても得意というわけでもない。
 どうしてそんな私のことを義兄が好きになってくれたのか、今も全く理解できない。

「アイリス」

 私の名を呼んだ義兄が手を差し伸べてきた。
 緊張のあまり少しだけためらった後、手をそっと重ねる。

 義兄が幸せそうに笑う。
 私の大好きな笑顔で……。

「さて、シルヴィスは先に行って壇上で待っていてよ」
「ええ、父上」

 真っ直ぐに引かれた赤い絨毯の上を、ようやく泣き止んでよそ行きの表情を浮かべた父にエスコートされる。
 壇上で義兄は真っ直ぐに私のことを見つめている。

 そのときだった、私がその視線に気がついたのは……。

(第三王子サフィール殿下)

 貴賓席に座っていた第三王子が、義兄のことをじっと見つめていた。
 その視線に狂気を感じて、ぞわりと背中が粟立つ。
 義兄が大きく目を見開き、壇上から私に向かって走ってくる。

(どうして……)

「「アイリス!!」」

 父と義兄の声が重なった。
 そして強い衝撃の後、私は床に押しつけられていた。

 床に伏した私と私をかばうように覆い被さる父。父と私を守るように立ちはだかった義兄。

(何が起こったの……)
 
 次の瞬間、淡い水色の光が会場中を包み込み、ピシリピシリと音を立てながら床を厚い氷が覆っていく。

(お義兄様の……魔法……?)

 美しい水晶の原石みたいな氷は、テーブルをひっくり返し、絨毯を突き破っている。
 幸いなことに怪我人はいないようだった。

 私と父の周囲だけ氷がないのは、とっさに義兄が魔法を制御したからなのだろうか……。

「お義兄様……?」
「アイリス……怪我はしていないか」
「はい……大丈夫ですよ」
「そう、良かった……」

 慌てて起き上がりよろめいた義兄を支えようと抱きついたけれど、支えきることはできず、私はもう一度床に倒れ込んだのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

目を覚ましたら、婚約者に子供が出来ていました。

霙アルカ。
恋愛
目を覚ましたら、婚約者は私の幼馴染との間に子供を作っていました。 「でも、愛してるのは、ダリア君だけなんだ。」 いやいや、そんな事言われてもこれ以上一緒にいれるわけないでしょ。 ※こちらは更新ゆっくりかもです。

貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜

なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

婚約者は妹をご所望のようです…

春野オカリナ
恋愛
 レスティーナ・サトラー公爵令嬢は、婚約者である王太子クロイツェルに嫌われている。  彼女は、特殊な家族に育てられた為、愛情に飢えていた。  自身の歪んだ愛情を婚約者に向けた為、クロイツェルに嫌がられていた。  だが、クロイツェルは公爵家に訪問する時は上機嫌なのだ。    その訳は、彼はレスティーナではなく彼女の妹マリアンヌに会う為にやって来ていた。  仲睦まじい様子の二人を見せつけられながら、レスティーナは考えた。  そんなに妹がいいのなら婚約を解消しよう──。  レスティーナはクロイツェルと無事、婚約解消したのだが……。  気が付くと、何故か10才まで時間が撒き戻ってしまっていた。

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

処理中です...