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魔力の暴走
しおりを挟む婚約式は、この国の貴族界において重要な位置づけを持つ。他家との繋がりを持つ事で貴族家は力を強め、派閥には変革がもたらされるのだ。
けれど、私たちは義理の兄妹同士の婚約だ。
(一つの見方としては、ヴェルディナード侯爵家は他家と繋がりを作り必要性がないともとれる)
今やヴェルディナード侯爵家が関わっていない品などこの国で見つけることはできない。王家ですら無碍な扱いをすることはできない王国の権力者……それが父、ヴェルディナード侯爵なのだ。
「うっ……アイリス……」
けれど、普段は冷血宰相と呼ばれているはずの父は、私の晴れ姿を前に白いハンカチを目頭に当てて号泣している。
「お父様……あの、お義兄様と婚約したってずっとこの家にいるのですから」
「それはそれだよ……! 残念ながら武の心得はないから、僕を倒さなければ婚約を許さないって言うこともできなかったし……」
確かに父はその頭脳は王国一と言われていても、剣や魔法はあくまで平均かそれ以下だ。一方、義兄は頭脳は父に負けずとも劣らないと言われ、剣も魔法も一流だ。
(あれ……そんな人が、なぜ私などと婚約を?)
私は特筆するような特技もなく、ものすごい美貌を持つわけでもなく、社交がとても得意というわけでもない。
どうしてそんな私のことを義兄が好きになってくれたのか、今も全く理解できない。
「アイリス」
私の名を呼んだ義兄が手を差し伸べてきた。
緊張のあまり少しだけためらった後、手をそっと重ねる。
義兄が幸せそうに笑う。
私の大好きな笑顔で……。
「さて、シルヴィスは先に行って壇上で待っていてよ」
「ええ、父上」
真っ直ぐに引かれた赤い絨毯の上を、ようやく泣き止んでよそ行きの表情を浮かべた父にエスコートされる。
壇上で義兄は真っ直ぐに私のことを見つめている。
そのときだった、私がその視線に気がついたのは……。
(第三王子サフィール殿下)
貴賓席に座っていた第三王子が、義兄のことをじっと見つめていた。
その視線に狂気を感じて、ぞわりと背中が粟立つ。
義兄が大きく目を見開き、壇上から私に向かって走ってくる。
(どうして……)
「「アイリス!!」」
父と義兄の声が重なった。
そして強い衝撃の後、私は床に押しつけられていた。
床に伏した私と私をかばうように覆い被さる父。父と私を守るように立ちはだかった義兄。
(何が起こったの……)
次の瞬間、淡い水色の光が会場中を包み込み、ピシリピシリと音を立てながら床を厚い氷が覆っていく。
(お義兄様の……魔法……?)
美しい水晶の原石みたいな氷は、テーブルをひっくり返し、絨毯を突き破っている。
幸いなことに怪我人はいないようだった。
私と父の周囲だけ氷がないのは、とっさに義兄が魔法を制御したからなのだろうか……。
「お義兄様……?」
「アイリス……怪我はしていないか」
「はい……大丈夫ですよ」
「そう、良かった……」
慌てて起き上がりよろめいた義兄を支えようと抱きついたけれど、支えきることはできず、私はもう一度床に倒れ込んだのだった。
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