上 下
12 / 36

舞踏会の夜は更けて

しおりを挟む

 そのあとも、義兄は私の手を握ったままだった。

「ずっと手を繋いでいるなんて……会場中の注目を浴びてしまっていますよ」

 いつあらぬ噂が流されるかわからない。もしそうなった場合、私はともかくこれから宰相候補となる義兄の足を引っ張ってしまうだろう。

「……嫌か?」

 義兄がポツリと呟いたので、私は慌てて首を振った。

「嫌ではないです。でも、もしも良くない噂が流れたらお義兄様に迷惑をかけてしまいます」
「そんなことが理由なら、この手を離す必要はないな」

 義兄の唇がゆるく弧を描いた。

(ずっと近づきたいと願っていた。本音を言えばお義兄様とようやく家族になれたようで嬉しい……)

 義兄の中身が別人になってしまったのでないなら、やり直し前の態度にはなにか理由があったのかもしれない。私はそう思い始めていた。

「でも……」
「それならこうしよう」

 義兄は私から手を離し、代わりに腕を差し出してきた。そっと、その腕に手を添える。

「そうですね。これなら、初めての公式の場で兄にエスコートされる妹に見えると思います」
「……」
「お義兄様……?」

 義兄は微笑んでいるのに、どこか悲しそうに見える。

「……行こう、父上が心配のあまり陛下への挨拶の列から抜け出してしまいそうだ」
「えっ、まさか」
「そのまさか、だ」

 視線の先、父は本当に列から抜け出してしまいそうに見える。慌てた私は、兄の腕を強く引く。

「早く行きましょう、お義兄様!」
「そのほうが良さそうだ」

 父が並ぶ列に近づくと、可愛らしいクリーム色のドレスに身を包んだ、私の専属侍女リリアンがいた。

「リリアン! ……あっ、いいえカーラー子爵令嬢、ご機嫌よう」

 いつも三つ編みにしている髪をゆるやかに巻いて、化粧をしたリリアンはとても美しかった。

「はい、ヴェルディナード侯爵令嬢におかれましてはご機嫌麗しく」
「ふふ、何だか照れくさいわ」
「そうですね。どうか私のことはリリアンとお呼びください。……でも、遠目に見ておりましたが、ダンスも礼儀も素晴らしいものでしたわ」
「ありがとう」

 リリアンがニッコリ笑って褒めてくれる。私は嬉しくなって、満面の笑顔になった。

 リリアンとの会話を楽しんでいると、父が陛下への挨拶を終え、早歩きで戻ってきた。

「カーラー子爵令嬢、娘を借りても?」
「もちろんですわ。それでは、またお屋敷でお会いしましょう」
「ええ、リリアン」

 リリアンは軽く礼をすると去って行った。

「舞踏会が終わってしまう」
「お父様?」
「ファーストダンスを譲ったのだから、僕とも踊ってもらうよ」

 父は優雅に礼をして、私に手を差し出してきた。
 そっと手を取ると、思いの外力強く引き寄せられる。

「……アイリスは可愛すぎて周囲の目を惹いてしまうから、僕の大事な娘だってことを知らしめておかないと」
「まあ……お父様ったら」
「いつかわかるときが来るだろう……それまでは僕が守ってあげるからね」

 ニッコリと微笑んだ父の表情にひととき見惚れた。
 ふと、義兄が披露式のときのように一人になっているのではないか、と心配になって視線を送る。

 義兄はすでにたくさんの人に囲まれてよそ行きの笑顔を浮かべていた。

(そうね、私が心配することではないのかも)

「本当に僕の子どもたちは……」
「きゃ!?」
「さあ、今は僕だけ見るんだよ?」

 いたずらっぽく笑った父のダンスは、今日も身長差を感じさせないほど完璧だった。

「……アイリスが大きくなった、そのときにも踊ってほしいな」
「……っ、お父様」

(このままでは、三年後にお父様はいなくなってしまう。でも、そのことを知っている今なら……)

「ええ、そのときもきっと私を誘ってくださいね」
「もちろんだ」

 必ず助けると決意した瞬間、いたずらっぽく笑った父に抱き上げられた。

「ほら、今はダンスを楽しもう」
「ええ、お父様!!」

 舞踏会の華やかな夜は終わりを迎える。きっと今夜は新たな運命の始まりなのだろう。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

この契約結婚、もうお断りしません~半年限定の結婚生活、嫌われ新妻は呪われ侯爵に溺愛される~

氷雨そら
恋愛
「ルシェ……。申し訳ないが、この結婚は、君から断ってもらえないか」 大好きな人に伝えられたのは、2度目の結婚お断り。この結婚は、資金援助を名目に爵位を持つディル様との結婚をお金で買った契約結婚だ。周囲にはそう思われている。 でも、人生をやり直している私は知っている。 ディル様は、この半年後、呪いで命を失ってしまう。そして私もそのあとすぐに……。 呪いを解除出来ればいい。 出来ないとしても、受けた呪いを私に移す方法を探すのだ。 やり直すことが許されたのなら、全ての時間を大好きなディル様のために使いたい。 この結婚は、半年だけの期間限定なのだから。 小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

死に戻ったわたくしは、あのひとからお義兄様を奪ってみせます!

秋月真鳥
恋愛
 アデライドはバルテルミー公爵家の養子で、十三歳。  大好きな義兄のマクシミリアンが学園の卒業式のパーティーで婚約者に、婚約破棄を申し入れられてしまう。  公爵家の後継者としての威厳を保つために、婚約者を社交界に出られなくしてしまったマクシミリアンは、そのことで恨まれて暗殺されてしまう。  義兄の死に悲しみ、憤ったアデライドは、復讐を誓うが、その拍子に階段から落ちてしまう。  目覚めたアデライドは五歳に戻っていた。  義兄を死なせないためにも、婚約を白紙にするしかない。  わたくしがお義兄様を幸せにする!  そう誓ったアデライドは十三歳の知識と記憶で婚約者の貴族としてのマナーのなってなさを暴き、平民の特待生に懸想する証拠を手に入れて、婚約を白紙に戻し、自分とマクシミリアンの婚約を結ばせるのだった。

処理中です...