上 下
4 / 36

女主人の鍵

しおりを挟む

 * * *

 招待客を見送り屋敷に戻ると、使用人たちが広場に集まり後片付けをしていた。そして、まだそこには伯母のバルバローゼと従姉妹ルシネーゼが残って片付けの指示をしていた。

 そんな中、戻った私たちを使用人一同が出迎える。

(あのときは、お義兄様はすでに自室に戻ってしまっていた。そして私は使用人たちにまともな挨拶もできなかった)

 こんなにたくさんの人たちがいる中で挨拶するなんて経験がなかった私は、すっかり臆してしまい父の後ろに隠れた。

 けれど今は違う。

(ああ……久しぶり、会いたかったわ)

 使用人たちの間に、懐かしい顔を見つける。
 三つ編みにした焦げ茶色の髪と猫のようにつり目がちな瞳。そばかすの目立つ白い肌。
 女主人がいなかったヴェルディナード侯爵家の使用人のほとんどは伯母が面接をして選んだ者たちだ。
 けれど彼女だけは違う。父が私のために自ら選んだ専属侍女、子爵家の三女リリアンだ。

 残念ながら彼女は父が亡くなってのち、宝石を盗んだとの疑いをかけられ解雇されてしまった。
 今度は守ってみせると心の中で決意しながら視線を外し、使用人たちに優雅に笑いかける。

「今日から正式に、ヴェルディナード侯爵家の一員となりました。アイリス・ヴェルディナードです。以後よろしく」

 使用人たちの反応から、私のことを認めようという雰囲気は感じられない。
 不機嫌な表情なのは、伯母の指示で私に嫌がらせをしていた侍女長だ。
 執事長も同じく、母が庶民である私のことを侯爵家の一員とは認めていなかった。

(――お父様がそばにいてくれれば違ったのだろうけれど)

 父は国王陛下に仕え、宰相の地位にいる。
 王都で過ごしていることが多く、ずっと領地にいることはできない。
 このため、本来であれば侯爵夫人が行うべきこの家の家事のほとんどは、伯母であるバルバローゼが仕切っているのだ。

 これから起こるであろう嫌がらせを思い、密かにため息をついているとなぜか義兄が唐突に口を開いた。

「父上、アイリスは正式にこの家の長女として認められました。伯母上に預けていた鍵はアイリスが持つべきだと思います」
「――待ってください! これは、何も知らない子どもが持つような物ではありません!」

 伯母の胸元に下げられているのは、この家の全ての扉を開けることができる鍵だ。
 それは、女主人の証であり、宝物庫の中の物を自由に使う権利を持つことを意味する。

「ええ、ですが他家に嫁いだ伯母上にいつまでも預けておくのはいかがなものかと……」
「なるほど……確かに姉上に頼り過ぎていたかもしれませんね。では、鍵はアイリスが持ち、実質の家事は姉上に教えていただきながら行うというのはどうでしょう」

 やり直し前、この鍵は十六歳の誕生日に私に預けるつもりだと父は言っていた。けれど、誕生日の直前に父が死んでしまったことで伯母が持ち続けることになったのだ。

 伯母は蒼白になりながらも、私に鍵を手渡してきた。

(それにしても、お義兄様が鍵は私が持つべきだと主張するなんて……いったいどうなっているの)

 やり直してから、私以外の何もかもが六年前のままだというのに、義兄の行動だけが以前と違っている。

「お義兄様……」
「――正しい持ち主に渡っただけの話だ。では、俺はこれで失礼させていただきます」

 急な女主人交代に騒めくエントランスホール。
 そんなものに興味がないとでも言うように、義兄は踵を返し自室へ戻ってしまった。

「本当に、お義兄様はどうしてしまったの……」

 父と伯母は今後のことを話すと執務室に行ってしまった。
 使用人たちがそれぞれの持ち場に戻る中、私は鍵を握りしめたまま自室へと戻ったのだった。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

この契約結婚、もうお断りしません~半年限定の結婚生活、嫌われ新妻は呪われ侯爵に溺愛される~

氷雨そら
恋愛
「ルシェ……。申し訳ないが、この結婚は、君から断ってもらえないか」 大好きな人に伝えられたのは、2度目の結婚お断り。この結婚は、資金援助を名目に爵位を持つディル様との結婚をお金で買った契約結婚だ。周囲にはそう思われている。 でも、人生をやり直している私は知っている。 ディル様は、この半年後、呪いで命を失ってしまう。そして私もそのあとすぐに……。 呪いを解除出来ればいい。 出来ないとしても、受けた呪いを私に移す方法を探すのだ。 やり直すことが許されたのなら、全ての時間を大好きなディル様のために使いたい。 この結婚は、半年だけの期間限定なのだから。 小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

死に戻ったわたくしは、あのひとからお義兄様を奪ってみせます!

秋月真鳥
恋愛
 アデライドはバルテルミー公爵家の養子で、十三歳。  大好きな義兄のマクシミリアンが学園の卒業式のパーティーで婚約者に、婚約破棄を申し入れられてしまう。  公爵家の後継者としての威厳を保つために、婚約者を社交界に出られなくしてしまったマクシミリアンは、そのことで恨まれて暗殺されてしまう。  義兄の死に悲しみ、憤ったアデライドは、復讐を誓うが、その拍子に階段から落ちてしまう。  目覚めたアデライドは五歳に戻っていた。  義兄を死なせないためにも、婚約を白紙にするしかない。  わたくしがお義兄様を幸せにする!  そう誓ったアデライドは十三歳の知識と記憶で婚約者の貴族としてのマナーのなってなさを暴き、平民の特待生に懸想する証拠を手に入れて、婚約を白紙に戻し、自分とマクシミリアンの婚約を結ばせるのだった。

処理中です...