やり直し令嬢ですが、私を殺したお義兄様がなぜか溺愛してきます

氷雨そら

文字の大きさ
上 下
2 / 37

親族への挨拶

しおりを挟む

 お義兄様の手は大きくて私の手をスッポリと包み込んでしまう。
 殺される前の私であれば、ずっと憧れ続けていた温かさをようやく手に入れ、素直に喜んでいただろう。

(今はただ怖い!!)

 脳裏によぎるのは義兄の氷魔法が心臓を正確に貫いた衝撃と、体温を失っていくときの猛烈な寒さだ。

(……でも、その直前の記憶は曖昧なのよね)

 義兄に殺されたことは確かだ。
 けれど、それに至る経緯は思い出せない。

 はっきりしているのは、お披露目式で初めて出会って以降、義兄が私をいない者のように扱っていたこと。
 そして殺される直前、婚約破棄されたこと。

(婚約破棄されてからの出来事がどうしても思い出せないわ)

 婚約破棄されてから殺されるまでわずか三日しかなかったはずだ。けれど、殺されたショックからなのか、その三日間の記憶がどうにも思い出せない。

「……お久しぶりです伯母上」

 鋭い刃のような義兄の声と、手が離されたことで我に返る。
 チラリと横目に見ると、義兄は社交界でよく見せていた微笑を浮かべていた。

「ええ、本当に久しぶりですこと。それで、あなたも初対面だと聞いていたけれどそちらの娘のことすでに紹介されていたのかしら?」
「……」

 義兄が沈黙すると、伯母は私に侮蔑を込めた視線を向けてくる。
 けれど私がドレスの裾を持って優雅に礼をするとわずかに息を呑む音が聞こえた。

 やり直し前は、父に連れられて挨拶をした。たくさんの人と慣れない環境に臆した私を伯母は『庶民の娘だけあって、礼儀がないわね』と嘲笑したのだ。

(けれど今の私の礼を見て、礼儀がないとは言えないはず)

 伯母は、義兄からいない者として扱われ、父以外味方がいない私を表立っては気の毒な子だと言っていた。けれどいつも裏では貴族の礼儀を教えるという名目で私に虐待まがいの厳しいしつけをしていたのだ。

 お蔭様で今の私の作法は、同年代の高位貴族の令嬢に引けを取らないだろう。

 伯母の隣にいるのは、私と同い年の従姉妹ルシネーゼだ。
 彼女も伯母とともに私に嫌がらせをし、父が亡くなってからは使用人のような扱いをしてきた。

 私が来るまで女主人がいなかったヴェルディナード侯爵家の家事は、伯母が手伝っていた。
 このため使用人には彼女の息がかかった者が多く、何かにつけて私に嫌がらせをしてきた。
 しかも私の母が庶民であることや義兄が遠縁からの養子であることを理由に、ことあるごとにヴェルディナード侯爵家の家事に口出しをしていた。

 父が亡くなってからは、まるでこの家の女主人は自分であるように振る舞ってすらいた。
 
「あなたがアイリスね? 伯母のバルバローゼよ」
「私はルシ……」
「お待ちください」

 ルシネーゼが、挨拶しようとしたとき義兄が遮るように口を開いた。

 ほんの少し押し黙り、周囲の視線を集めた後、義兄は言葉を続けた。

「妹のアイリスは、事前にお知らせしたとおり当主である我が父の娘です。目上の者が挨拶していないのに口を開くなど、ルシネーゼ嬢は公式の場での礼儀を欠いているようですね」

 会場が静まり返った。私の母が庶民だと言っても、この場は父が国王陛下の許しを得て私がこの家の長女だとお披露目する公式な宴だ。

 義兄の言うことには一理ある。

(……でも、なぜお義兄様は私のことを庇ってくれるのかしら)

 私の記憶にあるかぎり、私が周囲から不当な扱いをされていても義兄が口を出してきたことは一度もない。

(……いいえ、考え過ぎね。お義兄様にとっても伯母は気に入らない存在のはず。共通の敵と言うだけの話よね)

 そこまで考えてから、私はゆっくりと上体を起こしてできるかぎり優雅に微笑んだ。

 会場がざわめいたけれど、気にするのはやめて口を開いた。

「ヴェルディナード侯爵の長女、アイリスと申します。伯母様、ルシネーゼ様、これから仲良くしていただけるとうれしいです」
「ルシネーゼですわ……失礼をお許しください」

 こんなに悔しげなルシネーゼの声を聞くのは初めてだ。そう思っていると再び手が握られて引き寄せられた。

「それでは伯母上、ルシネーゼ嬢。来賓の
皆様への挨拶がありますので、後日改めて」

 記憶では礼儀がないと嘲笑されたはずのお披露目式。けれど今回の私は、周囲から浴びるほど感嘆と祝福の言葉を受けることになったのだった。

 ――そして義兄は、式の間中私の手を離そうとはしなかった
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!

友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」 婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。 そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。 「君はバカか?」 あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。 ってちょっと待って。 いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!? ⭐︎⭐︎⭐︎ 「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」 貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。 あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。 「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」 「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」 と、声を張り上げたのです。 「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」 周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。 「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」 え? どういうこと? 二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。 彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。 とそんな濡れ衣を着せられたあたし。 漂う黒い陰湿な気配。 そんな黒いもやが見え。 ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。 「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」 あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。 背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。 ほんと、この先どうなっちゃうの?

死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。

藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」 街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。 だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!? 街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。 彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った! 未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!? 「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」 運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

処理中です...