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セカンドレグ

第46話

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『部活が終わったら、三鷹駅前のコワーキングスペースに集合ね』

 しぶしぶ自習室へ向かう白石(鷹昌)くんたちを見送ってから、僕は部室でジャージに着替えてスマホをチェックした。すると、美月からマップURL付きのメッセージが届いていた。
 実はこちらの中間テスト対策も本日からスタート。なので、マップは勉強会の開催地を示している。

 学校で玲音と別れた僕は、なんとなく『ネットカフェとかで勉強するのだろう』とイメージしながら目的地へ向かった。街灯が照らす繁華街を自転車で駆け抜けること、約10分の道のり。
 だが、ナビに従ってたどり着いた場所は綺麗なオフィスビルの前。

「なんだここ……つーか、コワーキングスペースってなんだ?」

 いくらマップを見直そうが、ナビは『目の前にある建物がゴール』と示して譲らない。
 一般の高校生には縁がない場所に思えて、美月に確認のメッセージを送った。しかし数秒後、とりあえずエレベーターで五階へ来るよう返事をもらう。

「コワーキングスペース、エンライト……?」

 指示通り五階でエレベーターを降りると、足元はタイルカーペットに変わる。またエントランスエリアの中央に自動ドアがあり、その横には店名を記したスタンド看板が設置してあった。
 何をする場所なのか見当がつかず、僕は頭に疑問符を浮かべたまま店内へ。すると主催者の美月が受付カウンターの前に立っており、笑顔で「いらっしゃい」と出迎えてくれた。

「ここは、うちの会社が運営するお店なの。勉強する場所について、パ……父に相談したら喜んで手配してくれたわ。これからテスト期間中はいつでも無料で利用できるからね」

 うちの会社、すなわち美月の実家が経営する大企業傘下の施設であるらしい。
 ついでに歩きながら、コワーキングスペースとはレンタルスペースの一種なのだと教えてくれた。そして勉強会のために、こちらの店舗の個室を借り上げたという。

 しかも大変ありがたいことに、利用費は無料。おまけにドリンクバー完備だったので、お茶を注いだグラスを持って彼女の後をついていく。

「お、やっと来たな。おつかれさん、兎和」

「あ、兎和くんだ! 待ってたよー!」

 個室に入ると、勉強会の参加者である慎と三浦(千紗)さんカップルが歓迎してくれた。
 二人はソファ席に並んで座っており、机の上にノートと教科書を広げている。どうやら、すでに勉強会は始まっていたようだ。

「お疲れ、二人とも。ていうか、慎はここに来るの早くない? バスケ部って今日休みじゃないよね?」

「ちゃんと練習はあったぞ。ただやる気の差で、サッカー部よりも終わるのが早いんだよ」

 慎もジャージ姿だったので、部活終わりにしてはやや早い到着に思われた。けれど、バスケ部はモチベーションの都合で練習時間が短いみたい。

 僕は「そうなんだ」と返事をして、対面のソファへ腰を落ち着けた。次いで美月が「サッカー部が一番遅くまで活動しているかもね」と付言しつつ隣へ座る。
 そこで、間をあけず大トリが入室してきた。

「皆さん、講師役を仰せつかった吉野涼香です。わからない問題があったら何でも聞いてくださいね。なにせ私、『慶大卒』なので」

 えっへん、と高校生相手に大学マウントをぶちかます涼香さん。本日はパンツスーツを着用してのご登場である。
 マジで外見だけは完璧だ。クールビューティーのうえ、ハイスペ女性感が溢れ出ている。それだけに、中身を思うと残念で仕方がない。

 一方、慎と三浦さんは揃って呆気に取られた様子。恐らく見惚れている……涼香さんの真の姿は明かすまい、と僕は心に決めた。せっかく良いイメージを抱いているのに、わざわざ大ナシにする必要もない。
 ところが、横に座る超絶美少女がさくっとその幻想をぶち壊す。

「涼香さんは内部進学組にもかかわらず、教師に土下座をしてなんとか温情進級できたクチよ。だから、勉強に関しては期待できないわ。まあ、英語は当てにしても大丈夫かな。一応は帰国子女だしね」

 てへへ、と頭をかきながらはにかむように笑う涼香さん。
 いや、照れるところじゃないだろ……やはり外見と中身のギャップにやられたのか、慎と三浦さんはもはや目が点だ。きっと頭がバグりかけているに違いない。
 さておき、参加者が全員揃ったところで改めて勉強会はスタートした。

「さあ、お勉強をはじめましょう。兎和くん、時間は限られているから集中してね」

 言って、美月はノートPCを開く。
 僕は「うん」と返事をし、彼女を二度見する……ちょっと待て。こっちはノートと教科書のアナログスタイルだぞ。仮にデジタルを駆使するにしたって、せめてタブレット端末までが上限だろう。

「あの、それ何やってるの……?」

 カタカタカタと、ものすごい速さでタイピングする美月に思わず問いかけた。
 ディスプレイをのぞき込むと、プログラミングコードみたいな文字列がズラッと並んでいる……いや、よく見ると日本語の対話形式になっていた。
 もしかしてこの人、機械と会話している!?

「AIを使ってテストの出題傾向を予測しているの。すぐに各科目の予想問題集を作るから、教科書を復習して待っていてね」

 聞けば、教師の発言や授業中に書き留めたノートの内容などを入力、分析し、出題確率の高い範囲を特定するという。日頃から情報入力を行っていたので、作業完成までもう一息らしい。

 僕は思った。AIをフル活用してテスト対策をする女子高生なんて、現代の日本ではツシマヤマネコよりも希少だろう。

「なあ兎和、アチラのめっちゃ綺麗なお姉さんは何者なんだ……?」

「前に見たときはJKだったよね? 栄成の制服着てたような……」

 今度は対面に座る慎と三浦さんが、声を潜めてもっともな疑問を投げかけてくる。もちろん二人とも困惑顔である。
 ただ僕としては、「美月の親戚のニートだよ」と答える他ない。美月も「うちに居候するニート兼つき添いよ。あまり気にしないで」と補足していた。

 渦中の本人へ視線を向けてみれば、よその部屋から調達した立派なオフィスチェアに腰掛け、イヤホンを装着してソシャゲに没頭していた。
 登場時の『何でも聞いてくださいね』との発言はいったい何だったのか……まあ、いつものことなので真面目に取り合うだけ損だ。

 その後、僕たちは気を取り直して勉強に集中した。
 美月の予想問題集は完成次第、店舗のプリンターで印刷して全員に配布されている。重要なポイントには注釈なども加えられており、大変ためになる内容だった。

 このプリントは、同級生にとって間違いなく垂涎の品だ。加えてあまりに手際がよすぎるものだから、ふと考えてしまう。

「……これなら、まとめて白石くんたちの勉強も見てあげられたのでは?」

「その必要はないわ。だってあの人たち、兎和くんよりもよっぽど好成績だしね。多分、勉強会ゴッコをしたかっただけなのよ」

 美月が同級生の女子ネットワーク経由で調査したところ、白石くんたちの小テストは余裕で平均点以上だったらしい。それでも勉強を教えるよう求めてきたのは、単に下心あってのこと。
 気持ちは理解できる……男女混合のキャッキャウフフな勉強会は『青春ド真ん中イベント』と言っても過言ではなく、僕自身もいつか体験してみたいと思っているのだから。

 ともあれ、時おり雑談を挟みながらも勉強会は極めて効率よく進んだ。時計の針が終了時間を指し示すまで、本当にあっという間に感じられた。
 主催者の美月は、「今日はこの辺で」と締めくくろうとした。しかし慎が挙手をして、「提案がある」と緊急議題を持ちだす。

「週末の勉強会の開催場所についてなんだけど、よかったら兎和の家でやろうぜ!」

「え、なんでうちなの?」

「いや、特に理由はない。なんとなく行ってみたいと思っただけ。三鷹駅からも近いんだろ? ならちょうど良いじゃん」

 別に嫌じゃないが、僕は自宅に友人をお招きした経験がゼロだ。当然オモテナシの作法に関してまったくの素人なわけで、急に言われるとちょっと困る……けれど、他ならぬ慎の頼みだ。ここは一念発起して、いっちょやってやりますか。

「オーケー。我が白石家は、皆さんを歓迎します」

「よっしゃ、じゃあ決まりな。次の日曜は兎和の家でパーティーだ! 集まる時間は午後でいいよな?」

 テスト前ということもあり、サッカー部とバスケ部の活動はどちらも都合よく午前中のみ。そこで、集合時間は『午後1時』と決定する。
 こうして、第二回目の勉強会は我が家で開催されることになった。並びに、本日はこれで解散となった。

 人生で初めて、自分の家に友だちがやって来る。
 僕はワクワクしながら週末を待った――ところが、当日になって予期せぬ事態が発生する。

 約束していた時間の5分前にインターホンが鳴り、お客様の到着を告げた。僕は満面の笑みを浮かべて玄関のドアを開く。

「こんにちは、兎和くん。今日はお邪魔させていただきます」

 昼光の注ぐ玄関先に立っていたのは、ハイセンスなパンツスタイルの私服を着こなした美月だった。肩からバッグを下げ、手にはお土産らしき紙袋を携えている。
 そして彼女は続けざまに、衝撃的な発言をした。

「千紗ちゃんと須藤くんは今日来られないみたい」

「は……?」

 三浦さんが急に体調を崩したため、慎はお見舞いに行っているそうだ。よって、本日の勉強会の参加者は僕と美月だけ。
 いま猛烈に誰かに相談したい……内容は、初めて友だちを家に呼んだら女子と部屋で二人っきりになりそうな件について。
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