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ファーストレグ
第5話
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「ただいまー」
部活初日をどうにか耐え凌ぎ、街頭の照らす夜道を自転車で走りぬけて帰宅。
家族からの「おかえり」を聞き流しつつ二階の自室へ向かい、荷物をおいたら制服から再びトレーニングウェアへ着替える。
普通ならのんびりプライベートタイムへ突入するところだが、僕にはまだやるべきことが残されていた。
「母さん、今日のメニューは?」
「はい、これ」
エプロン姿の母がキッチンから出てきて、ミニホワイトボードを手渡される。
記載されているのは夕食の献立……ではなく、父が自ら考案した自主トレーニングメニュー。
『息子をJリーガーに!』
僕の両親の合言葉だ。
かつてプロを目指すサッカープレーヤーの一人だった父は、大学時代に負った膝の怪我が原因で引退を余儀なくされる――だが、夢は途絶えない。自分がダメなら息子をJリーガーにと、それはもう真剣に育成を行うのだった。
我が家の影の支配者である母も全面的に賛同しており、アスリートフード系の資格を多数取得するほどの入れ込みようである。
そんなわけで僕は、母の完璧な栄養管理と、父の独自メソッドを活用した特製トレーニングを幼少の頃より受けて育つ。
プレッシャーを与えないよう配慮しつつも手厚く本気でサポートしてくれる両親には、いつも感謝の気持ちでいっぱいだ……同時にこの優しい情熱は、僕が惰性でサッカーを続ける理由にもなってしまっている。
なにより心苦しいのは、過去の『トラウマ』を打ち明けられていないこと……元チームメイトたちの過度な『イジり』によって、僕は他人の視線があると萎縮して全力をだせなくなった。周りの反応が怖くて、ろこつに体の動きが鈍るのだ。あたかも鎖で締め付けられているみたいに。
当然まともにサッカーなんてできやしない。それゆえ己の才能を見限り、青春を優先しようという結論へ逃げたのである。
ともあれ、そんな僕に自主トレなど本来は必要ない。さりとて両親の期待を無下にする勇気がないものだから、今晩も粛々と日課をこなすのである……あと習慣になっているからサボると気持ちよく眠れないというのもある。
トレーニング場所は、両親が祖父母の援助をうけて建てたというこの一軒家の庭。
走り回るには十分な広を備えているばかりか、ご丁寧にライトと人工芝まで完備されている。ミニハードルやポール、マーカーやラダーなどの備品も不足ない。
「お兄ちゃん、がんばー」
僕が課題のドリブルトレーニングで汗を流していると、いつの間にかウッドデッキへ腰掛けていた妹の『兎唯(うい)』がゆるい声援を送ってくる。
パイル生地のルームウェアに身を包み、トレードマークのポニーテールを時おり揺らす。視線は手元のスマホへ固定されているので、多分動画でも見ているのだろう。
「もっと温かい格好しないと風引くぞ」
「大丈夫だよー。すぐ部屋もどるし」
今春、兎唯は中学2年生になった。けれどあいも変わらず、僕が庭でトレーニングに励んでいるとこうしてふらっと外へ出てくる。
幸い、家族はトラウマの対象外なので特に気にならない。とはいえ四月の夜はまだ肌寒く感じられるので、体調を崩さないかお兄ちゃんはちょっと心配です。
ちなみにこの妹、わりとモテるらしい。この前、中学生のくせに男子から何回も告白されているとドヤ顔で語っていた……僕なんて浮いた話の一つもないのに(血涙)。
まあ、身内贔屓ながら兎唯は整った容姿をしているので納得もいく。小兎みたいに可愛らしい、と昔からご近所でも評判だった。
さらに言えば、父と母も容姿がいい……家族のなかで僕の顔の造形だけ、何故かぼやっとしているのだ。おそらく神様が二日酔いの日にでも作られたのだろう。
「くそ、ふっ、ぬっ!」
「お兄ちゃんうるさいー」
不条理で不公平な世の中への憤りを両足にこめ、僕は一心不乱にボールを蹴る。
自主練は一時間ほどで終了。日によって課題は異なるのだが、今晩は体幹系のトレーニングメニューが少なくて体力的にかなり楽な方だった。
ちゃちゃっと片付けを済ませ、タオルで汗をふきつつ兎唯と連れ立って室内へ戻る。
「お疲れさま。タイミングばっちりね」
ダイニングでは、ちょうど母が夕食の皿をテーブルに並べ終えたところだった。
やはりエプロン姿で、今は胸上にかかるくらいの長さの髪を一つにくくっている。着用するルームウェアはゆったりとしたシルエットのもので、春めいた明るい柄に目が留まる。
そして、もう一人。
「おつかれさん、兎和。なんだ、兎唯ちゃんも一緒だったのか。その格好だと寒くなかったかい?」
知らないうちに帰ってきていた父が、テーブルで美味しそうにビールを飲んでいた。清潔感のあるヘアスタイルと襟のよれた部屋着が大変ミスマッチである。
「おかえりなさい、父さん」
「おかえり、パパ。寒かったから新しい服買って? カワイイやつがあるの」
妹にだだ甘い父である。流れるように新しい服を買う約束をさせられていた。
そんな我が家の大黒柱は大手都市ガス勤務で、たいてい僕が自主トレをおえるくらいのタイミングに帰宅する。よって夕食は二人でとることが多い。
各自のライフスタイルに合わせ、早めの時間に母と妹、遅めの時間に父と僕、と白石家の夕食は二回に分けられるのだ。
「いただきまーす」
自分の席に座り、父と二人で食事をはじめる。母も会話に加わるため椅子に腰をおろす。
テーブルに並ぶおかずは、栄養管理の都合でまったく異なる……というか、幼少より食生活を管理されてきた影響か、僕は体に良いとされる食品ばかりを好む偏食家に育ってしまった。
そのため、家族と同種の食事だとほとんど残すハメになる。
現在テーブルにあるのは主食の雑穀米と好物の鶏ささみと春野菜をつかった献立なので、綺麗に平らげられそうだ。
「どうだ、兎和。部活は厳しかったか?」
「んー……今日はフィジカル測定だけだったから、よくわかんないや」
「そうか。部活に慣れるまでは体幹トレーニングだけに絞ったほうがいいかもなあ」
「お父さん、兎和は部活が始まったばかりなんだから控えめにね。オーバーワークには注意しないと」
父と母に、その日のことを語りながら箸をすすめる。兎唯は同空間内のリビングでソファに寝転がってまたもスマホを眺めているが、時おり話をふられて返事をする。
これが我が家の団らん。そして僕がデザートとしていただくのは、『BCAAを含む18種類のアミノ酸』を配合したプロテイン。フレーバーはチョコーレート。
以降は自室でサッカーノートを書き、プライベートタイムを少し満喫する。その後は風呂に入り、しっかりストレッチを行い早めの時間にベッドへ潜りこむ。
こうして僕の一日は終わりを迎える。が、目を閉じてちょっとびっくりした……中学時代の生活サイクルとほぼ一緒じゃないか。
これはマズい。流されやすい僕のことだ、ぼけっとしている間にこのまま高校三年間を終えてしまいかねない……どこかで変化をつけなければ。少し、考える必要がありそうだ。
部活初日をどうにか耐え凌ぎ、街頭の照らす夜道を自転車で走りぬけて帰宅。
家族からの「おかえり」を聞き流しつつ二階の自室へ向かい、荷物をおいたら制服から再びトレーニングウェアへ着替える。
普通ならのんびりプライベートタイムへ突入するところだが、僕にはまだやるべきことが残されていた。
「母さん、今日のメニューは?」
「はい、これ」
エプロン姿の母がキッチンから出てきて、ミニホワイトボードを手渡される。
記載されているのは夕食の献立……ではなく、父が自ら考案した自主トレーニングメニュー。
『息子をJリーガーに!』
僕の両親の合言葉だ。
かつてプロを目指すサッカープレーヤーの一人だった父は、大学時代に負った膝の怪我が原因で引退を余儀なくされる――だが、夢は途絶えない。自分がダメなら息子をJリーガーにと、それはもう真剣に育成を行うのだった。
我が家の影の支配者である母も全面的に賛同しており、アスリートフード系の資格を多数取得するほどの入れ込みようである。
そんなわけで僕は、母の完璧な栄養管理と、父の独自メソッドを活用した特製トレーニングを幼少の頃より受けて育つ。
プレッシャーを与えないよう配慮しつつも手厚く本気でサポートしてくれる両親には、いつも感謝の気持ちでいっぱいだ……同時にこの優しい情熱は、僕が惰性でサッカーを続ける理由にもなってしまっている。
なにより心苦しいのは、過去の『トラウマ』を打ち明けられていないこと……元チームメイトたちの過度な『イジり』によって、僕は他人の視線があると萎縮して全力をだせなくなった。周りの反応が怖くて、ろこつに体の動きが鈍るのだ。あたかも鎖で締め付けられているみたいに。
当然まともにサッカーなんてできやしない。それゆえ己の才能を見限り、青春を優先しようという結論へ逃げたのである。
ともあれ、そんな僕に自主トレなど本来は必要ない。さりとて両親の期待を無下にする勇気がないものだから、今晩も粛々と日課をこなすのである……あと習慣になっているからサボると気持ちよく眠れないというのもある。
トレーニング場所は、両親が祖父母の援助をうけて建てたというこの一軒家の庭。
走り回るには十分な広を備えているばかりか、ご丁寧にライトと人工芝まで完備されている。ミニハードルやポール、マーカーやラダーなどの備品も不足ない。
「お兄ちゃん、がんばー」
僕が課題のドリブルトレーニングで汗を流していると、いつの間にかウッドデッキへ腰掛けていた妹の『兎唯(うい)』がゆるい声援を送ってくる。
パイル生地のルームウェアに身を包み、トレードマークのポニーテールを時おり揺らす。視線は手元のスマホへ固定されているので、多分動画でも見ているのだろう。
「もっと温かい格好しないと風引くぞ」
「大丈夫だよー。すぐ部屋もどるし」
今春、兎唯は中学2年生になった。けれどあいも変わらず、僕が庭でトレーニングに励んでいるとこうしてふらっと外へ出てくる。
幸い、家族はトラウマの対象外なので特に気にならない。とはいえ四月の夜はまだ肌寒く感じられるので、体調を崩さないかお兄ちゃんはちょっと心配です。
ちなみにこの妹、わりとモテるらしい。この前、中学生のくせに男子から何回も告白されているとドヤ顔で語っていた……僕なんて浮いた話の一つもないのに(血涙)。
まあ、身内贔屓ながら兎唯は整った容姿をしているので納得もいく。小兎みたいに可愛らしい、と昔からご近所でも評判だった。
さらに言えば、父と母も容姿がいい……家族のなかで僕の顔の造形だけ、何故かぼやっとしているのだ。おそらく神様が二日酔いの日にでも作られたのだろう。
「くそ、ふっ、ぬっ!」
「お兄ちゃんうるさいー」
不条理で不公平な世の中への憤りを両足にこめ、僕は一心不乱にボールを蹴る。
自主練は一時間ほどで終了。日によって課題は異なるのだが、今晩は体幹系のトレーニングメニューが少なくて体力的にかなり楽な方だった。
ちゃちゃっと片付けを済ませ、タオルで汗をふきつつ兎唯と連れ立って室内へ戻る。
「お疲れさま。タイミングばっちりね」
ダイニングでは、ちょうど母が夕食の皿をテーブルに並べ終えたところだった。
やはりエプロン姿で、今は胸上にかかるくらいの長さの髪を一つにくくっている。着用するルームウェアはゆったりとしたシルエットのもので、春めいた明るい柄に目が留まる。
そして、もう一人。
「おつかれさん、兎和。なんだ、兎唯ちゃんも一緒だったのか。その格好だと寒くなかったかい?」
知らないうちに帰ってきていた父が、テーブルで美味しそうにビールを飲んでいた。清潔感のあるヘアスタイルと襟のよれた部屋着が大変ミスマッチである。
「おかえりなさい、父さん」
「おかえり、パパ。寒かったから新しい服買って? カワイイやつがあるの」
妹にだだ甘い父である。流れるように新しい服を買う約束をさせられていた。
そんな我が家の大黒柱は大手都市ガス勤務で、たいてい僕が自主トレをおえるくらいのタイミングに帰宅する。よって夕食は二人でとることが多い。
各自のライフスタイルに合わせ、早めの時間に母と妹、遅めの時間に父と僕、と白石家の夕食は二回に分けられるのだ。
「いただきまーす」
自分の席に座り、父と二人で食事をはじめる。母も会話に加わるため椅子に腰をおろす。
テーブルに並ぶおかずは、栄養管理の都合でまったく異なる……というか、幼少より食生活を管理されてきた影響か、僕は体に良いとされる食品ばかりを好む偏食家に育ってしまった。
そのため、家族と同種の食事だとほとんど残すハメになる。
現在テーブルにあるのは主食の雑穀米と好物の鶏ささみと春野菜をつかった献立なので、綺麗に平らげられそうだ。
「どうだ、兎和。部活は厳しかったか?」
「んー……今日はフィジカル測定だけだったから、よくわかんないや」
「そうか。部活に慣れるまでは体幹トレーニングだけに絞ったほうがいいかもなあ」
「お父さん、兎和は部活が始まったばかりなんだから控えめにね。オーバーワークには注意しないと」
父と母に、その日のことを語りながら箸をすすめる。兎唯は同空間内のリビングでソファに寝転がってまたもスマホを眺めているが、時おり話をふられて返事をする。
これが我が家の団らん。そして僕がデザートとしていただくのは、『BCAAを含む18種類のアミノ酸』を配合したプロテイン。フレーバーはチョコーレート。
以降は自室でサッカーノートを書き、プライベートタイムを少し満喫する。その後は風呂に入り、しっかりストレッチを行い早めの時間にベッドへ潜りこむ。
こうして僕の一日は終わりを迎える。が、目を閉じてちょっとびっくりした……中学時代の生活サイクルとほぼ一緒じゃないか。
これはマズい。流されやすい僕のことだ、ぼけっとしている間にこのまま高校三年間を終えてしまいかねない……どこかで変化をつけなければ。少し、考える必要がありそうだ。
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以降の更新は『カクヨム』、『小説家になろう』の両サイトで行っていきます。ご了承ください。 カクヨム:じゃない方の白石くん なろう:じゃない方の白石くん
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