秘められた慕情

稲葉真乎人

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軽くビールで乾杯をして始まり、お好み焼きを食べながらの歓談を終えて外に出ると、誰ともなく「コーヒーが飲みたいね」と云う。
六人が座れる席の在るカフェレストランに移動した。
お好み焼きの店より静かな雰囲気の中で、みんな何故かホッとしたような感じでコーヒーを飲んでいたが、颯太が総務部の社員の中に一人だけ加わっていた営業部の佐伯和樹に話しかけた。
「佐伯君は宮川君と仲が良いのかい?」
佐伯が答える前に総務部人事担当の宮川が答える。
「皆部さん、佐伯とは高校時代から知ってるんです。大学は違うんですが、彼は高校時代はサッカーでライバル高校のキーパーだったんです」
「大学でもサッカーを?」
今度は佐伯が答える。
「宮川さんは一学年上なんです。僕は高校三年の春頃から肩を脱臼する癖が付いてしまって、進学勉強に方向転換したんです。大学では軽音楽部でした。宮川さんはディフェンダーで優秀なストッパーでしたから、大学でもレギュラーで活躍されていたんですよ」
宮川が答える。
「僕は法学部ですが、佐伯は工学部です。うちの大学出身者は、ここのビル内では僕たちふたりだけなんです……」
雅子が言う。
「皆部さん、ふたりが通っていた高校はどちらも広島では高偏差値の進学校なんですよ。佐伯さんの高校は市立高校のトップの偏差値で、宮川さんは県立高校のトップなんです……」
佐伯が言う。
「榎木さん、上げてくれるね。そういう榎木さんの高校も私立では上位だろ、うちの高校と偏差値は変わらないから、去年なんか一点差みたいだったぞ……」
颯太が言う。
「まあ、うちに入社したと云うことは、みんな優秀なんじゃないのかな?。話は変わるけど、佐伯君は良い時計してるね?」
宮川が口を出す。
「皆部さん、気が付きましたか、こいつボーナスのほとんどを腕時計かギターに費やしてるんですよ」
「それは、何と云う時計?」
「これは、優れモノですよ、スマホと連動できるんです。ティソットのタッチ.コレクト.ソーラーって云う奴です。皆部さんのは、オメガのシーマスター.アクアテラ.クォーツでしょ?」
「詳しいんだね、兄からの入社祝いプレゼントなんだ……」
宮川が言う。
「皆部さん、こいつね、金も無いのに腕時計のコレクターなんですよ……」
颯太が訊く。
「そう云えば、営業部長に挨拶に行ったとき、越野部長は僕が見たことも無い様な時計をしておられたな……」
「それ、知ってますよ。どっちかな……、スクエアタイプでローマンインデックスの文字盤だったらカルティエ.サントス.100ですよ、もう一つは部長が去年買ったと言っておられたパテック.フィリップのカラトラバ、オーソドックスなデザインで、枠はイェローゴルドのやつです」
颯太が言う
「ほんとに詳しいんだな……」
「僕なんかブランド時計でも三十万以下のが精一杯ですよ、もっぱら分割払いか中古品ですけどね……。部長のカルティエの方は二百万クラスで、カラトラバは百五、六十万じゃないですかね、新品で……。多分、刻久堂(こっくどう)で買われたんじゃないかな」
総務部文書管理担当の林田加代子が言う。
「あの古くで小さな時計屋さんでしょ、そんな高級品を扱っているなんて知らなかった……」
「あの店は昔から高級腕時計の修理では知らない人は居ないような店なんだ。先代は京都の時計店で働いていた時計職人で、九十歳くらいかな、今は二代目で還暦くらいの歳だと思うよ。昔からの個人商店の社長とか、銀行の頭取とか企業の重役が出入りしているんだよ」
「佐伯さんは行かれたことがあるの?」
「うん、親父のロレックス.デイトラストのオーバーホールに持って行ったことがあるんだ。商品展示は少なくて、ほとんど取り寄せなんだよ、本職は修理だから。たまに高級ブランドの中古品が五、六点、置いてあることがあるから、目の保養に行くよ、中古だって凄く高価だから……」
総務部で資材管理を担当している脇田真一が口を開く。
「営業部の担当とよく飲みに行くんだけど、佐伯さんは越野部長のスーツ、何処のか知ってますか?。高価なスーツだって聞いたんですけど……」
「ああ、転勤して来られてからここ二、三年、いいスーツを着ておられるからな、何とか言ってたな、聞いたことがあるけど……テレビの連続時代劇と関係あったような……縁が無いから思い出せない……」
榎木雅子が言った。
「それって風林火山じゃないですか?」
「ああ、そんな感じ……」
「テーラー楓倫館(ふうりんかん)だと思いますけど……」
「ああ、それそれ、楓倫館……」
颯太が訊く。
「どういう処なの?」
林田加代子が言う。
「皆部さんはご存じないと思いますけど、さっき佐伯さんが話された刻久堂と同じような昭和二十五年創業の、誂え紳士服のお店なんですよ。今のご主人は二代目で七十歳くらいで、店の受付はお孫さんの女性がしておられるんです。跡継ぎは無いので今の代で終わられるそうです」
脇田が訊く。
「林田さんは、どうして詳しいの?」
「わたしの父は、デパートで誂え紳士服の担当をしていたんです。今は企画の方に移りましたけど、外商部にも居たことがあって色々と知っているみたいです。もう担当を外れたからと言って、思い出話みたいに、よく話してくれるんです……」
颯太が訊く。
「その楓倫館は高級な紳士服なんだろうね?」
「父から聞いた話ですと、お金持ちのひとや、社長さんとか一流企業の重役さんとかが主なお客さんらしいんですが、流川の高級クラブのママさんが、常連客のひとが重役や社長に出世された時なんかに、出世祝いにプレゼントをしたりするのも多いんだそうです。楓倫館だと、安くて三十万円くらいから百万円するスーツもあるそうです。父の処でも、クラブのママさんが、御仕立て券付きで十万から二十万円くらいのをプレゼントされるのは多いそうです」
佐伯が言う。
「そんなのを何着も!?、よく誂えられるよな……」
宮川が訊く。
「そんなに何着もか?。佐伯は見ただけで分かるのか?」
「わかります……なんて、最初は知らなかったんです。親爺にから聞いたことがあって、楓倫館のブランドネームの刺繍が漢字毎に楓は緑、倫は黄、館が赤になっているらしくて、それが特徴らしいんです。飲みに連れて行って貰った時に、預かってハンガーに掛けた時と、夏場に脱いで椅子に掛けてあるときなんかに目に付くんですよ」
雅子が言う。
「九州の実家がお金持ちなんじゃないのかしら……。いくら部長でも、他の部長さんはそんなに贅沢じゃないもの……、うちの部長は何時も、一番安いのでいいからグランドセイコーくらいは持ちたいね、なんて話しておられるわよ……」
佐伯が言う。
「榎木さん、グランドセイコーも結構高価なんだよ。ヘリテイジだと百万円以上するし、安いのでも三十万近いんだから……」
「でも、話しを聞いていたら、桁が違うでしょ?」
「確かにね、百万桁だもんな。わが社も大企業と云われているけど、地方支店の部長としては豪奢ですよね……」

今回の特命事項を知る颯太は、彼らの話を興味深く聴いていた。
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