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意外な情報
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時田耕作とJR京都駅で待ち合わせていた丈晴は、地下鉄駅からエスカレーターで中央口フロアに出た。
腕時計を見ると、待合わせ時刻の30分前だった。
時田は約束していた鉄道案内所の横に立っていた。
大階段に沿って屋上まで続くエスカレーターの、上り下りするひと達を見上げていた。
改札口の前を横切って傍に行くまで、時田は丈晴に気付くことは無かった。
「おい時田、早いじゃないか?」
「おう、ちょっとな。休みでも普通に目が覚めて朝飯を食ったら、やることも無いし出て来たんだ。そう言う君の方も早いじゃないか?」
「こっちも昨夜は眠られなくて。朝寝しようと思っていたけど君との約束が気になってな……。結局普段通りに起きたよ。君と同じに時間をもてあましていた」
「そうか、昨夜は悪かったな、急に電話をして」
「いや、それはいいんだ。それで何処で話す?」
「あそこは土曜日もやっているのか?」
「あそこって?」
「森谷さんと会った喫茶店だよ」
「ああ大丈夫。学生のための店みたいなものだからな、年中やっているよ。あそこまで行くのか?」
「パンケーキが無性に食いたくてな、何て言ったか……、そうコパンスペシャルだったか?」
「そうか、いいよ。地下鉄で今出川駅まで行って少し歩くか?」
「そうだなあ……。腹減ってるし、早く食いたいからタクシーで行こう。僕が出すよ」
「いいけど、朝飯は何を食ったんだ?」
「ああ、冷凍の中華饅頭……」
「はぁっ!、朝から何で中華饅頭なんだよ、それで昼はパンケーキ?。それでいいのか?」
「大丈夫だ、今や僕にとって京都の食べ物と言えば、八橋や五色豆とは違う、パンケーキのイメージなんだから。人生を勉強させてくれた、記念すべき喫茶店の、お勧めの一品だからな」
「そうか……」
丈晴は時田が喫茶店の鈴瓦(リンガ)に行こうと言ったのを聞いて、
わざわざ京都にやって来たのは、予想していた通り本間良子との事だと思った。
鈴瓦のドアを開けたのは十時半を少し回った頃だった。
店内には、遅い朝食に《鈴瓦モーニング》のサービスセットを利用する三人の学生らしき男性が居た。
思い思いの席に離れて腰掛け、みんな何かを読みながら過ごしている。
他には土曜休日の朝の散歩を終えた、白髪を肩まで伸ばしたカーディガン姿の老人が、ステッキを椅子に立て掛け、大きな硝子窓越しに見える庭の植物に視線をやりながら、ゆったりとコーヒーの香りを楽しんでいる。
ドアに近い席には、留学生らしい男性が英字新聞を開いて読み耽っていた。
店内にママの勝田美幸の姿はなかった。
甥の三輪亮輔と、給仕をしているのは亮輔の恋人の森谷奈津だった。
奈津は、勿論、時田の事を憶えていた。
「時田さんようこそ。珍しいですね?」
「おはようでいいのかな、あれ以来です。僕はコパンスペシャルを頼みます、取りあえず五枚で……」
「あっ、はい、五枚ですね。芦沢さんは?」
「僕はママの特性クッキーがあれば二枚とキリマンジャロ、マグカップにするかな」
カウンター内で、奈津の接客の様子を見ていた亮輔と、丈晴の視線が合う。
「お久しぶりです。今日は早いんですね?」
「彼が此処を指名したんで。それよりママさんは?」
「叔父さんと、金沢の方に、昨日の午後から二泊三日の旅行ですよ。奈っちゃんのお勧めで……」
「そうか、奈っちゃんの故郷だから……」
「そうなんですよ。泊まりは、奈っちゃんの親戚の旅館なんですよ」
時田が会話に入る。
「森谷さん、何処の旅館なの?」
「市内です、家庭的な旅館なんですよ」
「ふーん、僕も、何時か行かせて貰おうかな」
「いいですよ、いつでも紹介しますから」
「その時は宜しく……」
丈晴が時田の顔を見る。
「どうした?。顔に何か付いているか?」
「いや、金沢には、もう行かないのかと思っていたからな」
「ああ、あんなことがあったからな。でも、それはそれだろ」
「今日は、その話しに関係があるのか?」
「いやいや違うよ。僕の事じゃない」
「えっ! …、と言うと僕に関係することなのか?」
「そうだよ。心配だから電話ではと思って……。まだ、聞いていないんだろ?」
「何を?」
「やっぱり聞いていないんだな……。まあ、パンケーキを食べながら話すよ。そんなに深刻な話しではないかも知れないしな……」
「おいおい、勿体ぶるなよ」
「そんな気はないよ。実はな、先週、和歌山の梅の加工業者の件で本社に行ったんだ」
「ああ、週報で読んだよ。梅肉加工業者のロボット導入の件らしいな?」
「それはいいんだ。本社に行ったときに、梅木さんから晩飯を誘われたんだ、ふたりだけでと言うことで……」
「それで?」
「彼女、海外に行くらしいよ」
「社命なのか?」
「いや、退社して結婚するそうだ」
「そんなひとが居たのか?」
「なんでもハイスクール時代のクラスメートらしい。最近、ビジネスで日本に来たらしいんだけど、そのときに再会して何かあったんだろうな……」
「ハイスクールってアメリカだよな?」
「そう、彼女、アメリカで日本で云う高校を出ているんだ……」
「聞いているよ。じゃあ、その彼はハイスクールで一緒だったったんだ?」
「そうみたいだ……。訊いていいか?」
「いいよ」
「君は彼女のこと、好きだったんじゃないのか?」
「うーん、その答えについては複雑だな。梅木さんに会う前に、阿部さんから色々と噂を聞かされていたんだ。それを聞いた時は、好みのタイプじゃ無いと思っていた。でも、会って仕事を一緒にするようになって、興味を深くしたのは事実だ。それが正直なところかな……」
「恋愛感情とか結婚とかは?」
「全く考えなかったとは云えないかもな……」
「やっぱりあったんだ。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。具体的には何も無いんだ……。ちょっと訊くんだけど、梅木さんと相手の彼とは初恋なのかな?」
「うん、食事の後でラウンジに飲みに行ったんだ。そのときに彼女が自分から話したんだけど……。アメリカのハイスクールに通っていた頃には、付き合ったボーイフレンドが数人は居たみたいだ。向こうは進んでいるからな。その彼とはハイスクールで一緒に学んでいて、恋心を抱いたそうだ……」
「じゃあ、その頃から付き合っていたのか?」
「いや、ハイスクールを卒業後、彼女はUCLA、彼は東海岸のブラウン大学に進学したんだそうだ。そこからは、たまに連絡をするくらいだったらしい……」
「彼は、どうして日本に?」
「ああ、彼は優秀なんだな、まあそうだろう、アイビーリーグに進学したんだから……。大学卒業後は国家公務員試験に合格して、商務省で働くようになっていたらしい。日本語ができるらしくて、二年前に大使館の商務部員として着任したそうだ。
其処から付き合いが復活したと云う事のようだ……。ハイスクール時代に、将来は結婚を考えたことがあるって話していたから、初恋の彼なんだろう……」
「そうか、やっぱりなあ……」
「やっぱりって、何かあるのか?」
「初恋の相手ということだよ」
「ああ、初恋な……。君の初恋の相手は今でも身近に居るのか?」
「難しいな……」
「難しいって、どうして?」
「好きになったり興味を覚えたりした女性は何人か居るよ、でも恋となると違う気がするんだ。僕の場合は、恋愛の先には結婚があると考えるからなんだけど」
「それは理解できるよ。同じ次元ではないかも知れないけど、遊んだり食事を楽しんだりする女性に対して、誰もが結婚を意識するとは言えないからな。だけど難しいと言うことは、そう言う存在の女性が居ないと言うことじゃないよな?」
「まあな、そろそろ結婚は考えてはいるから、どの付き合いが結婚への序章なのかって考えると、解らないんだな……」
「君らしくないな、難しく考え過ぎだろ?」
「そうかな……。そう言う君は、その後どうなんだ?」
「芦沢、多分僕がその話しをするために、わざわざ会いに来たと思っていたんだろ?」
「うん、実はそう思っていた……」
「誰かから、何か聞いているか?」
「まあな……、昨日、君が帰ってから聞いたばかりだ」
「でも、君が予想していることとは違うと思う……」
「そうか……」
「ああ。この話しはプライバシーに関することだから、僕が色々と話せば、当事者に迷惑をかけることになる」
「僕が聞いた噂は、悪い内容ではないと思うけど」
「それは解っている。だから、そのままにしておくことにしているんだ」
「じゃあ本当は違うんだな?」
「ああ、違うよ」
「そうか。それなら確かに、僕が予想していたこととは違うよ」
「具体的には、何を想像していたんだ?」
「君が、僕に顛末を話すとか、言い訳をするのかなって……」
「それは無いな、僕は芦沢には本当のことしか話さないよ。噂の件は機会があれば話せるときがくると思う」
「ふーん、そうか。だけど、君が本間さんと話しができる関係を維持してたとは思わなかった。優しいんだな……、いや、心が広いんだ」
「いや、君ほどじゃないよ」
「僕はそんなに優しく無いよ。梅木さんに対しても失礼な態度を取っていたしな」
「素直になれなかったんだな?」
「よく解るな?。そうなんだ、其処が欠点かも知れない。だから難しいって言ったんだ」
「そうか、具体的に意識している女性が居るんだな?」
「ああ、はっきり言うよ、居るんだ」
奈津が、積み重ねたパンケーキを倒さないように気配りしながら持って来た。
「時田さん、お待たせしました。焼き立てですよ」
「ありがとう。これが無性に食べたくて……」
「最近ではコパンスペシャルを食べる学生さんも居ないそうですよ。ママさんが話しておられました」
「芦沢が、こいつを食べながら勉学に勤しんでいた訳だ。森谷さん、彼は頭がいいからね。僕もこれを食べて、今からでも賢くならないかな……」
「時田さんも優秀だって聞きましたよ」
「嘘でしょ! 、誰から?。芦沢?」
「いいえ、良子さんからです」
「それ、いつ頃の話し?」
「最近ですよ」
「彼女から連絡があったの?」
「はい。お母さんから、私のことを聞いたそうなんです」
「じゃあ、怒って?」
「いいえ。無理なことを母が頼んだみたいでごめんなさいって……。私の気持を気遣ってくれてたみたいでした……」
「そうなんだ……」
「とても好きなひとが居るんだけど、誤解を招いてしまったみたいだって……。優しい人だけど、今さら言い訳をしても、話さなかった自分が悪いから、どうしていいか分からないって……」
「そうなのか……」
「仕方がないけど、その時は諦めることになるかも知れないって。時田さんとのことだと思いますよ……。わたし、話さない方が良かったんじゃないかと思いました。
お母さんからの話しでしたけど、少し後悔しているんです。芦沢さんも時田さんも理解のある素敵な男性ですから、わたしの独断で話してしまいましたけど……。じゃ、ごゆっくり」
「あっ、ありがとう」
時田はパンケーキを一枚だけ食べると、手を止めた。
窓の外に視線をやると、暫く黙っていた。
時田の様子を見て、丈晴も黙って中庭の草木に目を転じた。
漂うキリマンジャロの芳香を鼻孔から感じながら……、
同時に、時田の胸の内で、何かが蠢いているのも感じ取った。
腕時計を見ると、待合わせ時刻の30分前だった。
時田は約束していた鉄道案内所の横に立っていた。
大階段に沿って屋上まで続くエスカレーターの、上り下りするひと達を見上げていた。
改札口の前を横切って傍に行くまで、時田は丈晴に気付くことは無かった。
「おい時田、早いじゃないか?」
「おう、ちょっとな。休みでも普通に目が覚めて朝飯を食ったら、やることも無いし出て来たんだ。そう言う君の方も早いじゃないか?」
「こっちも昨夜は眠られなくて。朝寝しようと思っていたけど君との約束が気になってな……。結局普段通りに起きたよ。君と同じに時間をもてあましていた」
「そうか、昨夜は悪かったな、急に電話をして」
「いや、それはいいんだ。それで何処で話す?」
「あそこは土曜日もやっているのか?」
「あそこって?」
「森谷さんと会った喫茶店だよ」
「ああ大丈夫。学生のための店みたいなものだからな、年中やっているよ。あそこまで行くのか?」
「パンケーキが無性に食いたくてな、何て言ったか……、そうコパンスペシャルだったか?」
「そうか、いいよ。地下鉄で今出川駅まで行って少し歩くか?」
「そうだなあ……。腹減ってるし、早く食いたいからタクシーで行こう。僕が出すよ」
「いいけど、朝飯は何を食ったんだ?」
「ああ、冷凍の中華饅頭……」
「はぁっ!、朝から何で中華饅頭なんだよ、それで昼はパンケーキ?。それでいいのか?」
「大丈夫だ、今や僕にとって京都の食べ物と言えば、八橋や五色豆とは違う、パンケーキのイメージなんだから。人生を勉強させてくれた、記念すべき喫茶店の、お勧めの一品だからな」
「そうか……」
丈晴は時田が喫茶店の鈴瓦(リンガ)に行こうと言ったのを聞いて、
わざわざ京都にやって来たのは、予想していた通り本間良子との事だと思った。
鈴瓦のドアを開けたのは十時半を少し回った頃だった。
店内には、遅い朝食に《鈴瓦モーニング》のサービスセットを利用する三人の学生らしき男性が居た。
思い思いの席に離れて腰掛け、みんな何かを読みながら過ごしている。
他には土曜休日の朝の散歩を終えた、白髪を肩まで伸ばしたカーディガン姿の老人が、ステッキを椅子に立て掛け、大きな硝子窓越しに見える庭の植物に視線をやりながら、ゆったりとコーヒーの香りを楽しんでいる。
ドアに近い席には、留学生らしい男性が英字新聞を開いて読み耽っていた。
店内にママの勝田美幸の姿はなかった。
甥の三輪亮輔と、給仕をしているのは亮輔の恋人の森谷奈津だった。
奈津は、勿論、時田の事を憶えていた。
「時田さんようこそ。珍しいですね?」
「おはようでいいのかな、あれ以来です。僕はコパンスペシャルを頼みます、取りあえず五枚で……」
「あっ、はい、五枚ですね。芦沢さんは?」
「僕はママの特性クッキーがあれば二枚とキリマンジャロ、マグカップにするかな」
カウンター内で、奈津の接客の様子を見ていた亮輔と、丈晴の視線が合う。
「お久しぶりです。今日は早いんですね?」
「彼が此処を指名したんで。それよりママさんは?」
「叔父さんと、金沢の方に、昨日の午後から二泊三日の旅行ですよ。奈っちゃんのお勧めで……」
「そうか、奈っちゃんの故郷だから……」
「そうなんですよ。泊まりは、奈っちゃんの親戚の旅館なんですよ」
時田が会話に入る。
「森谷さん、何処の旅館なの?」
「市内です、家庭的な旅館なんですよ」
「ふーん、僕も、何時か行かせて貰おうかな」
「いいですよ、いつでも紹介しますから」
「その時は宜しく……」
丈晴が時田の顔を見る。
「どうした?。顔に何か付いているか?」
「いや、金沢には、もう行かないのかと思っていたからな」
「ああ、あんなことがあったからな。でも、それはそれだろ」
「今日は、その話しに関係があるのか?」
「いやいや違うよ。僕の事じゃない」
「えっ! …、と言うと僕に関係することなのか?」
「そうだよ。心配だから電話ではと思って……。まだ、聞いていないんだろ?」
「何を?」
「やっぱり聞いていないんだな……。まあ、パンケーキを食べながら話すよ。そんなに深刻な話しではないかも知れないしな……」
「おいおい、勿体ぶるなよ」
「そんな気はないよ。実はな、先週、和歌山の梅の加工業者の件で本社に行ったんだ」
「ああ、週報で読んだよ。梅肉加工業者のロボット導入の件らしいな?」
「それはいいんだ。本社に行ったときに、梅木さんから晩飯を誘われたんだ、ふたりだけでと言うことで……」
「それで?」
「彼女、海外に行くらしいよ」
「社命なのか?」
「いや、退社して結婚するそうだ」
「そんなひとが居たのか?」
「なんでもハイスクール時代のクラスメートらしい。最近、ビジネスで日本に来たらしいんだけど、そのときに再会して何かあったんだろうな……」
「ハイスクールってアメリカだよな?」
「そう、彼女、アメリカで日本で云う高校を出ているんだ……」
「聞いているよ。じゃあ、その彼はハイスクールで一緒だったったんだ?」
「そうみたいだ……。訊いていいか?」
「いいよ」
「君は彼女のこと、好きだったんじゃないのか?」
「うーん、その答えについては複雑だな。梅木さんに会う前に、阿部さんから色々と噂を聞かされていたんだ。それを聞いた時は、好みのタイプじゃ無いと思っていた。でも、会って仕事を一緒にするようになって、興味を深くしたのは事実だ。それが正直なところかな……」
「恋愛感情とか結婚とかは?」
「全く考えなかったとは云えないかもな……」
「やっぱりあったんだ。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。具体的には何も無いんだ……。ちょっと訊くんだけど、梅木さんと相手の彼とは初恋なのかな?」
「うん、食事の後でラウンジに飲みに行ったんだ。そのときに彼女が自分から話したんだけど……。アメリカのハイスクールに通っていた頃には、付き合ったボーイフレンドが数人は居たみたいだ。向こうは進んでいるからな。その彼とはハイスクールで一緒に学んでいて、恋心を抱いたそうだ……」
「じゃあ、その頃から付き合っていたのか?」
「いや、ハイスクールを卒業後、彼女はUCLA、彼は東海岸のブラウン大学に進学したんだそうだ。そこからは、たまに連絡をするくらいだったらしい……」
「彼は、どうして日本に?」
「ああ、彼は優秀なんだな、まあそうだろう、アイビーリーグに進学したんだから……。大学卒業後は国家公務員試験に合格して、商務省で働くようになっていたらしい。日本語ができるらしくて、二年前に大使館の商務部員として着任したそうだ。
其処から付き合いが復活したと云う事のようだ……。ハイスクール時代に、将来は結婚を考えたことがあるって話していたから、初恋の彼なんだろう……」
「そうか、やっぱりなあ……」
「やっぱりって、何かあるのか?」
「初恋の相手ということだよ」
「ああ、初恋な……。君の初恋の相手は今でも身近に居るのか?」
「難しいな……」
「難しいって、どうして?」
「好きになったり興味を覚えたりした女性は何人か居るよ、でも恋となると違う気がするんだ。僕の場合は、恋愛の先には結婚があると考えるからなんだけど」
「それは理解できるよ。同じ次元ではないかも知れないけど、遊んだり食事を楽しんだりする女性に対して、誰もが結婚を意識するとは言えないからな。だけど難しいと言うことは、そう言う存在の女性が居ないと言うことじゃないよな?」
「まあな、そろそろ結婚は考えてはいるから、どの付き合いが結婚への序章なのかって考えると、解らないんだな……」
「君らしくないな、難しく考え過ぎだろ?」
「そうかな……。そう言う君は、その後どうなんだ?」
「芦沢、多分僕がその話しをするために、わざわざ会いに来たと思っていたんだろ?」
「うん、実はそう思っていた……」
「誰かから、何か聞いているか?」
「まあな……、昨日、君が帰ってから聞いたばかりだ」
「でも、君が予想していることとは違うと思う……」
「そうか……」
「ああ。この話しはプライバシーに関することだから、僕が色々と話せば、当事者に迷惑をかけることになる」
「僕が聞いた噂は、悪い内容ではないと思うけど」
「それは解っている。だから、そのままにしておくことにしているんだ」
「じゃあ本当は違うんだな?」
「ああ、違うよ」
「そうか。それなら確かに、僕が予想していたこととは違うよ」
「具体的には、何を想像していたんだ?」
「君が、僕に顛末を話すとか、言い訳をするのかなって……」
「それは無いな、僕は芦沢には本当のことしか話さないよ。噂の件は機会があれば話せるときがくると思う」
「ふーん、そうか。だけど、君が本間さんと話しができる関係を維持してたとは思わなかった。優しいんだな……、いや、心が広いんだ」
「いや、君ほどじゃないよ」
「僕はそんなに優しく無いよ。梅木さんに対しても失礼な態度を取っていたしな」
「素直になれなかったんだな?」
「よく解るな?。そうなんだ、其処が欠点かも知れない。だから難しいって言ったんだ」
「そうか、具体的に意識している女性が居るんだな?」
「ああ、はっきり言うよ、居るんだ」
奈津が、積み重ねたパンケーキを倒さないように気配りしながら持って来た。
「時田さん、お待たせしました。焼き立てですよ」
「ありがとう。これが無性に食べたくて……」
「最近ではコパンスペシャルを食べる学生さんも居ないそうですよ。ママさんが話しておられました」
「芦沢が、こいつを食べながら勉学に勤しんでいた訳だ。森谷さん、彼は頭がいいからね。僕もこれを食べて、今からでも賢くならないかな……」
「時田さんも優秀だって聞きましたよ」
「嘘でしょ! 、誰から?。芦沢?」
「いいえ、良子さんからです」
「それ、いつ頃の話し?」
「最近ですよ」
「彼女から連絡があったの?」
「はい。お母さんから、私のことを聞いたそうなんです」
「じゃあ、怒って?」
「いいえ。無理なことを母が頼んだみたいでごめんなさいって……。私の気持を気遣ってくれてたみたいでした……」
「そうなんだ……」
「とても好きなひとが居るんだけど、誤解を招いてしまったみたいだって……。優しい人だけど、今さら言い訳をしても、話さなかった自分が悪いから、どうしていいか分からないって……」
「そうなのか……」
「仕方がないけど、その時は諦めることになるかも知れないって。時田さんとのことだと思いますよ……。わたし、話さない方が良かったんじゃないかと思いました。
お母さんからの話しでしたけど、少し後悔しているんです。芦沢さんも時田さんも理解のある素敵な男性ですから、わたしの独断で話してしまいましたけど……。じゃ、ごゆっくり」
「あっ、ありがとう」
時田はパンケーキを一枚だけ食べると、手を止めた。
窓の外に視線をやると、暫く黙っていた。
時田の様子を見て、丈晴も黙って中庭の草木に目を転じた。
漂うキリマンジャロの芳香を鼻孔から感じながら……、
同時に、時田の胸の内で、何かが蠢いているのも感じ取った。
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