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11.心配
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日曜日、秀作が美紀と一緒に、お節料理の予約に百貨店に行った帰り、久し振りに八坂神社まで足を延ばした。
家族がこの一年、息災でいられたことのお礼をお参りした後、四条大橋の方に向って歩いた。
四条大橋の袂にある南座は、吉例顔見世興行も終盤に入り、劇場前は多くのひとで混雑していた。
秀作は美紀を庇いながら、劇場と反対側の歩道を歩いて四条大橋を渡った。
四条河原町交番の横を右折して、先斗町の細い通に入った。
途中に出ていた『お昼の懐石、三千八百円より』の看板が出ている店の格子戸を開けて入ると、一階の椅子席は客で詰まっていた。二階の座敷の一部屋に通されると、大きな座卓が四卓配置されていたが、客は一人も居なかった。
秀作が腕時計を見ると、二時少し前だった。
美紀が「お昼の懐石は、まだよろしいですか?」と訊くと、「はい結構です、承っております」と店員が応えた。美紀は五千二百円の懐石膳を二つ頼んだ。
配膳係りの女性が下がると、「夫婦だけの忘年会ということで、いいでしょ?」と美紀が言った。
秀作は、少し張り込んだ美紀に笑顔で肯いた。
鴨川と川岸がよく見える席だった。料理を待つ間、暫し、鴨川の風情を楽しんでいた。
「ねえ、明日は何処で桜井さんに水沼さんを紹介するの?」
「うん、この辺りもいいね、まだ決めていないんだ」
「あら、呑気なのね、少し雰囲気も考えて上げないと駄目じゃない?、若い人達とは違うのよ」
「そうか、何処がいいかなぁ……、そうだ、黒崎くんの所は二階に部屋があるんだよ、この前、水沼さんを案内したときに使わせてくれたんだ、僕が思いつくのは、結局、あの店くらいしかないんだな……」
「そうなの、二階にお部屋があるなんて知らなかったわね、いいんじゃない、黒崎さんなら気心も知れているし、事情を話して、受けて頂いたら?。でも、今日の明日でしょ、大丈夫かしら」
「大丈夫だと思うけどね、クリスマス前だけど、忘年会はまだあるんだろうなぁ……。でも、二階は何時も使っているとは話してなかったから……」
「それじゃぁ、お電話をして予約した方がいいんじゃない?」
「そうだな、帰ったら、黒崎くんの家の方に電話をしてみよう」
店の女性が料理を運んできて配膳した。
待つあいだ、美紀は鴨川の川岸を、寒そうに急いで歩く人を見ていた。
「それではごゆっくり」と言って配膳係りが部屋を出ると直ぐだった。
「ねぇ貴方、ご覧になって、あのひと達、前を歩いている女のひと……」
秀作は直ぐに美紀の言った方向を見た。
前を歩く一人の女性を先頭に、三人のダークスーツの男性が従っていた。
秀作は目を疑った。美紀も驚いたような表情で秀作を見ると言った。
「ねぇ、娘さんに似ていると思わない?」
「似ていると云うより本人だよ、僕は本人に会っているから……」
美紀は、秀作の会社の創立三十周年の式典の折、受付の泉田祥子と会って知っていた。
秀作から、祥子が西瑞穗の娘だと聞いたのは、つい先頃のことだった。
川岸を歩く女性の、髪型も横顔も全体のシルエットも、泉田祥子によく似ていた。
「西さんかしら?」
「間違いないようだね、あのコートに見覚えがあるよ、しかし、どんな関係なのかな?」
「真面目な会社員のひと達には見えないわね。まさか御主人の会社の?」
「そうかな、そう言えば、御主人が何の会社をやっているのか聞いていなかったな……」
「こんなに暮れも押し迫っているのに、のんびり鴨川沿いを歩くなんて」
「のんびりじゃなくて、ハイヒールで足場が悪いから、ゆっくり歩いているんだよ。四条通が混んでいるから、三条通まで行くのに、川原に下りたんじゃないのかな……」
「でも、西さん本人なら、綺麗に歳を取ってらっしゃるわね?」
「そうなんだ、声を掛けられたときに、僕もそう思ったよ、間違いないよ」
「娘さんも会社を辞められたから、関係がなくなりましたね?」
「いや、それがね、京都に住んでいる同期生が集まって、会食をしようと云う話しがあるらしいんだよ」
「ああ、あの、いつかお電話があった……、じゃぁ、水沼さんも?」
「いや、彼女は古い友達との交流は無いそうだよ、あまり関心も無い様だったな」
「そうなの……。あら、冷めてしまうわ、貴方、食べましょう」
「そうだね。明日、水沼さんに会った時に訊いてみるかな?」
「やはり、気になりますの?」
「水沼さん、友達に関心が無いと言ったけど、全く知らない訳じゃないようだったから……。西さんが何処かの社長と結婚をしたことは、分かっていたみたいだったし」
「西さんと水沼さんと言えば、中学時代はライバルみたいな感じだったでしょ。一年生だったわたし達でも知っていたわ、本当はどうだったの、仲は良かったの?」
「本人達は特別にライバル意識は無かったよ。周りが言っていただけだよ」
「でも、タイプが違うでしょ。高校に入ってからも、水沼さんはクールで賢い感じの女学生だったわ、西さんの方が華やかな感じだったような気がするけど……」
「確かにね、外見的な印象はそうだったかも知れないけど、三十年以上も経つと変わるんじゃないのかな……。偶然とは云え、最近になって突然二人に会ったからね、少し、昔の印象とは違っているように思えたなぁ」
「そうかも知れないわね、さっきの女性が本当に西さんなら、イメージが違うわね」
秀作と美紀が食事をしている同じ頃、桜井幸乃と君原奈美は、三条通のレストランで、紅茶とケーキを前に話し込んでいた。
「ねえ奈美ちゃん、わたしは、早く家を出た方がいいと思う?」
「どうして?、小父さん、寂しくなるわよ、間もなく定年だって来るんでしょ?」
「そうだけど、もし再婚するとなれば、迷惑だと思わない?」
「そんなこと、相手のひとも息子さんがひとりだって、お父さんが話していたわ、ばらばらじゃ寂しいわ、わたしなら四人が一緒でもいなって思うけど……」
「そうか、それもありかも知れないわね」
「ねえ幸乃姉さん、もう決まりみたいじゃない?、小父さんが会うのは明日でしょ?」
「そうだけど、わたしは小さな子供でも思春期の少女でもないから、父が気に入れば、思うとおりにして上げたいの……。勿論わたしも好きになれるひとがいいけど……」
「うちのお母さんは、中学高校と同じ学校の二年後輩になるらしいの、小父さんとそのひと、合いそうな気がするって、父と話していたわ」
「そう、小母さんと小父さんが……、そう言われるのなら、きっといいひとね、心配だけど、少し安心だわ」
「幸乃姉さんには、恋人は?」
「わたしは、あまり積極的な性格じゃないでしょ、だから、居ないわ」
「気が付かないだけじゃない?、だって、仕事が出来て、真面目で優しいわ、わたしは羨ましいと思っているのよ。幸乃姉さんみたいになりたいから、短大を出たら専門学校に行く事に決めたの、冷静に周りを見れば、居るんじゃないかしら?」
「ありがとう……、そうかなぁ、確かに、この前までは仕事しか頭になくて、周りが見えていなかったことは事実だから……」
「もし、新しいお母さんが良いひとで、相談できたりしたらいいのにね」
「ええ、でも、父が楽しく一緒に老後を過ごせるひとなら、それが一番だわ」
「でも、どんな気持ち?、親が子供の結婚相手を心配するのと同じかなぁ……」
「ううん、少し違う様な気がするわ、父がその気になって欲しいって、そう思っているのよ。大人だから、若いひとみたいに、燃えるような気持ちで異性を好きになれるのかなって……」
「今頃は老人同士でも熱愛ってあるって聞くわ、小父さんは、とても若い雰囲気だわ、格好いい中年男性って感じだから、若い女性だって、好きになるひとはいると思うけど……」
「そう、若い奈美ちゃんがそう言っていたって話したら、父が喜ぶわ」
「だって、小父さんも、うちのお父さんも、割りと好い中年って感じがするでしょ?」
「奈美ちゃんは、お父さんが好きだからね」
「幸乃姉さんだって、小父さんのこと、好きでしょ?」
「そうね、他の友達より、父のことは好きかも知れないわ。だから彼が出来ないのかしらね」
「違うわ、絶対に幸乃姉さんを好きだと思っているひとが、周りに居る筈よ、居ない訳がないんだから……」
「嬉しいわね、そんなに応援してくれるのは奈美ちゃんくらいだわ」
「お兄ちゃんだって、そう思っているわよ」
「そう、自信になるわ。壮太さんには、恋人はいるの?」
「お兄ちゃんは幸乃姉さんと同じ歳だけど、まだまだ、学生みたいなの、仕事も入社三年目じゃ、一人前じゃないもん」
「そんな、わたしだって同じだわよ。意外に居たりして」
「居ないと思うけど、女性の方が、同級生なら大人って感じがするわね」
「そうかしら、でも、奈美ちゃんが言ってくれるから真剣に考えないとね、父には新しい人生が始まるかも知れないから、邪魔をしないようにしなきゃ……」
「幸乃姉さん、考えすぎは良くないわよ」
「そうね、また、鬱になっちゃうからね、明るくね」
「そうよ、うちのお母さんも言っていたわ、遊びに来て下さいって、一緒にシフォンケーキやアップルパイの美味しいのを作ろうよ?」
「そう、ありがとう、そう云えば、小母さんに着物のお礼をしていないわ、父もわたしも、奈美ちゃんの御両親に、お世話になってばかりみたい」
「だから、うちのお父さんもお母さんもケーキ大好きだから、いいでしょ?」
「分かったわ、材料はわたしが準備するから、そうさせて貰おうかな」
「そうしよう、お父さんね、アップルパイには眼がないのよ」
奈美は、幸乃が考えすぎたりしないように、話しを聞いて上げなさいと、美紀から言われていた。役目を果たせたような気持ちで、紅茶のお代わりを頼んだ。
秀作は桜井と待ち合わせてレストランに行った。
黒崎のレストランは、月曜日だというのに満席だった。
事情は黒崎に話してあったので桜井を紹介した。黒崎は桜井の緊張を解すように言った。
「桜井さん、先日、お相手の方にはお目にかかりましたが……。大丈夫ですよ、僕の勘です。長年、多くのカップルを見ていますから信用してください。それと、女性が桜井さんに惚れるような料理を出しますから……」
「はあ、ありがとうございます。君原もそう言ってくれますし、黒崎さんにそう仰って頂いて、少し落ち着きました。宜しくお願いしますよ」
吉岡友香里が店に来たのは、約束より十分早かった。
事情の分かっている黒崎が出迎えて、直ぐ、二階に案内した。
秀作と桜井は、階段を上がってくる気配を感じ、立って来客を迎えた。
「お待たせしましたか?」と言いながら、軽く礼をして、コートを脱ごうとした友香里に、素早く近寄り、手を貸したのは桜井だった。
友香里は、ごく自然に桜井に委ねてコートを脱ぎ、スカーフを手渡した。
階段の傍に立っていた黒崎が、秀作の顔を見て頷くと、階下に下りて行った。
桜井が、席に友香里を案内した。秀作は笑顔で迎え、二人を紹介した。
タイミングを見計らったように、黒崎がメニューを持ってやって来た。
メニューは既に決まっていた。黒崎は、秀作から桜井の好物を聞き、先日、友香里が食べた物を考慮して、特別メニューを準備していたのだ。
メニューの表紙には黒崎直筆のアルファベットが書かれていた。
《 Youth is not a time of life it is a state of mind 》
それを見た桜井が言った。
「サムエル.ウルマンですね?」
友香里も呟くように言った。
「青春の冒頭の節ですね……」
二人は黒崎を見た。
「流石にビジネスの前線で活躍しておられるお二人ですね、そうです、わたしも、青春とはそう云うものだと思っております。この詩を御存知なら、お二人にとって、今宵はいいディナーになると思いますよ、腕によりを掛けますから、楽しんで下さい」
黒崎はそう言うと、秀作に視線を移した。秀作は頷くと言った。
「桜井、ここから先、わたしは邪魔だよ。黒崎さんの料理を食べるだけでも話しは進む筈だから、外すよ、吉岡さん、ゆっくり話してみて下さい」
そう言い終わると、席を立った。
友香里が言った。
「君原さん、御一緒でも構いませんけど・……」
「君原、遠慮は必要ないぞ、一緒にどうだい?」
黒崎が言った。
「桜井さん、青春時代に戻って下さい、今夜は大人の振りは止めということで、楽しまれたらどうですか?」
桜井が友香里を見ると、友香里は微笑みながら肯づいた。
友香里は視線を秀作に移すと、つぐんだ唇に一瞬力を入れて、軽く睨むように見た。悪戯っ子をたしなめるような目線だった、直ぐに微笑を浮かべた。
秀作は、暫く一階のカウンターの隅で、ホットウイスキーを飲んでいた。
忙しそうな黒崎と、途切れ途切れの会話をしていたが、三万円を黒崎に渡して帰ろうとすると、黒崎は笑いながら一万円を秀作に返した。
「いいよ、今夜は夢を提供してくれたんだ、夢を買ったから、その分は要らないよ……。外は寒いぞ、風邪をひくな、美紀さんに宜しくな」
「ああ、じゃぁ、後は宜しくな、ありがとう」
「ああ、お疲れさん、大丈夫だ。あの二人は上手く行くよ」
「そうか、君がそう言うのなら安心して帰る、頼むぞ」
秀作は冷気を心地良く感じた。身体中が熱かった、興奮している自分が居るのに、その理由が、頭では整理できなかった。
何故か、唐突に妻の美紀のことが思い浮かんで、独り笑いをした。
行きつけのフランス菓子の店に寄ることにした。
美紀の好きな、林檎たっぷりのタルト.タタンを買って帰ろうと思いついたからだった。
家族がこの一年、息災でいられたことのお礼をお参りした後、四条大橋の方に向って歩いた。
四条大橋の袂にある南座は、吉例顔見世興行も終盤に入り、劇場前は多くのひとで混雑していた。
秀作は美紀を庇いながら、劇場と反対側の歩道を歩いて四条大橋を渡った。
四条河原町交番の横を右折して、先斗町の細い通に入った。
途中に出ていた『お昼の懐石、三千八百円より』の看板が出ている店の格子戸を開けて入ると、一階の椅子席は客で詰まっていた。二階の座敷の一部屋に通されると、大きな座卓が四卓配置されていたが、客は一人も居なかった。
秀作が腕時計を見ると、二時少し前だった。
美紀が「お昼の懐石は、まだよろしいですか?」と訊くと、「はい結構です、承っております」と店員が応えた。美紀は五千二百円の懐石膳を二つ頼んだ。
配膳係りの女性が下がると、「夫婦だけの忘年会ということで、いいでしょ?」と美紀が言った。
秀作は、少し張り込んだ美紀に笑顔で肯いた。
鴨川と川岸がよく見える席だった。料理を待つ間、暫し、鴨川の風情を楽しんでいた。
「ねえ、明日は何処で桜井さんに水沼さんを紹介するの?」
「うん、この辺りもいいね、まだ決めていないんだ」
「あら、呑気なのね、少し雰囲気も考えて上げないと駄目じゃない?、若い人達とは違うのよ」
「そうか、何処がいいかなぁ……、そうだ、黒崎くんの所は二階に部屋があるんだよ、この前、水沼さんを案内したときに使わせてくれたんだ、僕が思いつくのは、結局、あの店くらいしかないんだな……」
「そうなの、二階にお部屋があるなんて知らなかったわね、いいんじゃない、黒崎さんなら気心も知れているし、事情を話して、受けて頂いたら?。でも、今日の明日でしょ、大丈夫かしら」
「大丈夫だと思うけどね、クリスマス前だけど、忘年会はまだあるんだろうなぁ……。でも、二階は何時も使っているとは話してなかったから……」
「それじゃぁ、お電話をして予約した方がいいんじゃない?」
「そうだな、帰ったら、黒崎くんの家の方に電話をしてみよう」
店の女性が料理を運んできて配膳した。
待つあいだ、美紀は鴨川の川岸を、寒そうに急いで歩く人を見ていた。
「それではごゆっくり」と言って配膳係りが部屋を出ると直ぐだった。
「ねぇ貴方、ご覧になって、あのひと達、前を歩いている女のひと……」
秀作は直ぐに美紀の言った方向を見た。
前を歩く一人の女性を先頭に、三人のダークスーツの男性が従っていた。
秀作は目を疑った。美紀も驚いたような表情で秀作を見ると言った。
「ねぇ、娘さんに似ていると思わない?」
「似ていると云うより本人だよ、僕は本人に会っているから……」
美紀は、秀作の会社の創立三十周年の式典の折、受付の泉田祥子と会って知っていた。
秀作から、祥子が西瑞穗の娘だと聞いたのは、つい先頃のことだった。
川岸を歩く女性の、髪型も横顔も全体のシルエットも、泉田祥子によく似ていた。
「西さんかしら?」
「間違いないようだね、あのコートに見覚えがあるよ、しかし、どんな関係なのかな?」
「真面目な会社員のひと達には見えないわね。まさか御主人の会社の?」
「そうかな、そう言えば、御主人が何の会社をやっているのか聞いていなかったな……」
「こんなに暮れも押し迫っているのに、のんびり鴨川沿いを歩くなんて」
「のんびりじゃなくて、ハイヒールで足場が悪いから、ゆっくり歩いているんだよ。四条通が混んでいるから、三条通まで行くのに、川原に下りたんじゃないのかな……」
「でも、西さん本人なら、綺麗に歳を取ってらっしゃるわね?」
「そうなんだ、声を掛けられたときに、僕もそう思ったよ、間違いないよ」
「娘さんも会社を辞められたから、関係がなくなりましたね?」
「いや、それがね、京都に住んでいる同期生が集まって、会食をしようと云う話しがあるらしいんだよ」
「ああ、あの、いつかお電話があった……、じゃぁ、水沼さんも?」
「いや、彼女は古い友達との交流は無いそうだよ、あまり関心も無い様だったな」
「そうなの……。あら、冷めてしまうわ、貴方、食べましょう」
「そうだね。明日、水沼さんに会った時に訊いてみるかな?」
「やはり、気になりますの?」
「水沼さん、友達に関心が無いと言ったけど、全く知らない訳じゃないようだったから……。西さんが何処かの社長と結婚をしたことは、分かっていたみたいだったし」
「西さんと水沼さんと言えば、中学時代はライバルみたいな感じだったでしょ。一年生だったわたし達でも知っていたわ、本当はどうだったの、仲は良かったの?」
「本人達は特別にライバル意識は無かったよ。周りが言っていただけだよ」
「でも、タイプが違うでしょ。高校に入ってからも、水沼さんはクールで賢い感じの女学生だったわ、西さんの方が華やかな感じだったような気がするけど……」
「確かにね、外見的な印象はそうだったかも知れないけど、三十年以上も経つと変わるんじゃないのかな……。偶然とは云え、最近になって突然二人に会ったからね、少し、昔の印象とは違っているように思えたなぁ」
「そうかも知れないわね、さっきの女性が本当に西さんなら、イメージが違うわね」
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「ねえ奈美ちゃん、わたしは、早く家を出た方がいいと思う?」
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「そうだけど、もし再婚するとなれば、迷惑だと思わない?」
「そんなこと、相手のひとも息子さんがひとりだって、お父さんが話していたわ、ばらばらじゃ寂しいわ、わたしなら四人が一緒でもいなって思うけど……」
「そうか、それもありかも知れないわね」
「ねえ幸乃姉さん、もう決まりみたいじゃない?、小父さんが会うのは明日でしょ?」
「そうだけど、わたしは小さな子供でも思春期の少女でもないから、父が気に入れば、思うとおりにして上げたいの……。勿論わたしも好きになれるひとがいいけど……」
「うちのお母さんは、中学高校と同じ学校の二年後輩になるらしいの、小父さんとそのひと、合いそうな気がするって、父と話していたわ」
「そう、小母さんと小父さんが……、そう言われるのなら、きっといいひとね、心配だけど、少し安心だわ」
「幸乃姉さんには、恋人は?」
「わたしは、あまり積極的な性格じゃないでしょ、だから、居ないわ」
「気が付かないだけじゃない?、だって、仕事が出来て、真面目で優しいわ、わたしは羨ましいと思っているのよ。幸乃姉さんみたいになりたいから、短大を出たら専門学校に行く事に決めたの、冷静に周りを見れば、居るんじゃないかしら?」
「ありがとう……、そうかなぁ、確かに、この前までは仕事しか頭になくて、周りが見えていなかったことは事実だから……」
「もし、新しいお母さんが良いひとで、相談できたりしたらいいのにね」
「ええ、でも、父が楽しく一緒に老後を過ごせるひとなら、それが一番だわ」
「でも、どんな気持ち?、親が子供の結婚相手を心配するのと同じかなぁ……」
「ううん、少し違う様な気がするわ、父がその気になって欲しいって、そう思っているのよ。大人だから、若いひとみたいに、燃えるような気持ちで異性を好きになれるのかなって……」
「今頃は老人同士でも熱愛ってあるって聞くわ、小父さんは、とても若い雰囲気だわ、格好いい中年男性って感じだから、若い女性だって、好きになるひとはいると思うけど……」
「そう、若い奈美ちゃんがそう言っていたって話したら、父が喜ぶわ」
「だって、小父さんも、うちのお父さんも、割りと好い中年って感じがするでしょ?」
「奈美ちゃんは、お父さんが好きだからね」
「幸乃姉さんだって、小父さんのこと、好きでしょ?」
「そうね、他の友達より、父のことは好きかも知れないわ。だから彼が出来ないのかしらね」
「違うわ、絶対に幸乃姉さんを好きだと思っているひとが、周りに居る筈よ、居ない訳がないんだから……」
「嬉しいわね、そんなに応援してくれるのは奈美ちゃんくらいだわ」
「お兄ちゃんだって、そう思っているわよ」
「そう、自信になるわ。壮太さんには、恋人はいるの?」
「お兄ちゃんは幸乃姉さんと同じ歳だけど、まだまだ、学生みたいなの、仕事も入社三年目じゃ、一人前じゃないもん」
「そんな、わたしだって同じだわよ。意外に居たりして」
「居ないと思うけど、女性の方が、同級生なら大人って感じがするわね」
「そうかしら、でも、奈美ちゃんが言ってくれるから真剣に考えないとね、父には新しい人生が始まるかも知れないから、邪魔をしないようにしなきゃ……」
「幸乃姉さん、考えすぎは良くないわよ」
「そうね、また、鬱になっちゃうからね、明るくね」
「そうよ、うちのお母さんも言っていたわ、遊びに来て下さいって、一緒にシフォンケーキやアップルパイの美味しいのを作ろうよ?」
「そう、ありがとう、そう云えば、小母さんに着物のお礼をしていないわ、父もわたしも、奈美ちゃんの御両親に、お世話になってばかりみたい」
「だから、うちのお父さんもお母さんもケーキ大好きだから、いいでしょ?」
「分かったわ、材料はわたしが準備するから、そうさせて貰おうかな」
「そうしよう、お父さんね、アップルパイには眼がないのよ」
奈美は、幸乃が考えすぎたりしないように、話しを聞いて上げなさいと、美紀から言われていた。役目を果たせたような気持ちで、紅茶のお代わりを頼んだ。
秀作は桜井と待ち合わせてレストランに行った。
黒崎のレストランは、月曜日だというのに満席だった。
事情は黒崎に話してあったので桜井を紹介した。黒崎は桜井の緊張を解すように言った。
「桜井さん、先日、お相手の方にはお目にかかりましたが……。大丈夫ですよ、僕の勘です。長年、多くのカップルを見ていますから信用してください。それと、女性が桜井さんに惚れるような料理を出しますから……」
「はあ、ありがとうございます。君原もそう言ってくれますし、黒崎さんにそう仰って頂いて、少し落ち着きました。宜しくお願いしますよ」
吉岡友香里が店に来たのは、約束より十分早かった。
事情の分かっている黒崎が出迎えて、直ぐ、二階に案内した。
秀作と桜井は、階段を上がってくる気配を感じ、立って来客を迎えた。
「お待たせしましたか?」と言いながら、軽く礼をして、コートを脱ごうとした友香里に、素早く近寄り、手を貸したのは桜井だった。
友香里は、ごく自然に桜井に委ねてコートを脱ぎ、スカーフを手渡した。
階段の傍に立っていた黒崎が、秀作の顔を見て頷くと、階下に下りて行った。
桜井が、席に友香里を案内した。秀作は笑顔で迎え、二人を紹介した。
タイミングを見計らったように、黒崎がメニューを持ってやって来た。
メニューは既に決まっていた。黒崎は、秀作から桜井の好物を聞き、先日、友香里が食べた物を考慮して、特別メニューを準備していたのだ。
メニューの表紙には黒崎直筆のアルファベットが書かれていた。
《 Youth is not a time of life it is a state of mind 》
それを見た桜井が言った。
「サムエル.ウルマンですね?」
友香里も呟くように言った。
「青春の冒頭の節ですね……」
二人は黒崎を見た。
「流石にビジネスの前線で活躍しておられるお二人ですね、そうです、わたしも、青春とはそう云うものだと思っております。この詩を御存知なら、お二人にとって、今宵はいいディナーになると思いますよ、腕によりを掛けますから、楽しんで下さい」
黒崎はそう言うと、秀作に視線を移した。秀作は頷くと言った。
「桜井、ここから先、わたしは邪魔だよ。黒崎さんの料理を食べるだけでも話しは進む筈だから、外すよ、吉岡さん、ゆっくり話してみて下さい」
そう言い終わると、席を立った。
友香里が言った。
「君原さん、御一緒でも構いませんけど・……」
「君原、遠慮は必要ないぞ、一緒にどうだい?」
黒崎が言った。
「桜井さん、青春時代に戻って下さい、今夜は大人の振りは止めということで、楽しまれたらどうですか?」
桜井が友香里を見ると、友香里は微笑みながら肯づいた。
友香里は視線を秀作に移すと、つぐんだ唇に一瞬力を入れて、軽く睨むように見た。悪戯っ子をたしなめるような目線だった、直ぐに微笑を浮かべた。
秀作は、暫く一階のカウンターの隅で、ホットウイスキーを飲んでいた。
忙しそうな黒崎と、途切れ途切れの会話をしていたが、三万円を黒崎に渡して帰ろうとすると、黒崎は笑いながら一万円を秀作に返した。
「いいよ、今夜は夢を提供してくれたんだ、夢を買ったから、その分は要らないよ……。外は寒いぞ、風邪をひくな、美紀さんに宜しくな」
「ああ、じゃぁ、後は宜しくな、ありがとう」
「ああ、お疲れさん、大丈夫だ。あの二人は上手く行くよ」
「そうか、君がそう言うのなら安心して帰る、頼むぞ」
秀作は冷気を心地良く感じた。身体中が熱かった、興奮している自分が居るのに、その理由が、頭では整理できなかった。
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