僕の名前を

Gemini

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枸櫞の香り

第十一話

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 家に帰りキッチンに向かうと巴がカップラーメンを手にしていた。そしてびっくりした表情で俺を見ている。

「それストップね」

 買い物の袋をカウンターに置いてカップラーメンを巴の手から取り上げると「あ……」という小さな声を出した。

 いたずら、したくなるんだよな。

 奪い返す素振りをしたからそのカップラーメンを上に高く上げてみると予想通り巴はそれを見上げて腕を伸ばした。そして俺は目の前に顕になった巴の喉仏に吸い付いた。

「?!」

 ビクリと後ろに跳ねて巴の背中が冷蔵庫に当たる。

「……にすんだよ」

 手の甲で首を擦りながら俺を睨むがその目は熱を帯びているのが分かった。昨日のことを身体は覚えてる。巴に迫ると顔を背けてこれからなにをされるのか目を瞑って耐えている。

 逃げ道はあるのに。

 期待、してるのかな。

 俺にこれ以上のことして欲しいと思ってる?

 でも今はこれ以上は巴に触れたくなかった。麻里を抱いた手で、唇で巴に触れたくないと思ってしまった。俺は拳を握りしめ落ち着かせると巴を解放させカウンターにある買い物袋から材料を取り出した。

「今夜はね、カレードリアにするからね」
「……」
「ってか、食べるにしてもカップラーメンじゃなくてカレーじゃね? ごはんもまだあるんだからさ」

 いまだ冷蔵庫に張り付いている巴に可能な限り優しく笑ってみせた。

「カレーは……っ」
「ん?」

 恥ずかしそうに口元に手を持っていき言いにくそうにしている。じっと見つめて俺が待っていると今度はぶっきらぼうに言った。

「ふたりで食べるんだろ」
「はは……」

 俺は顔を隠すように下を向いた。巴にこんな顔見られたくない。俺はいま絶対に赤面していて締りのない顔をしているに違いないから。

「…なんだよ! 笑うなよ」
「ごめんごめん」

 俺が馬鹿にして笑ったと思ったのか巴は胸の前で腕を組んで怒っている。俺はその髪に手を伸ばしてポンポンと宥めた。

「カレードリアは好き?」
「わかんない、食ったことないかも」
「じゃぁ一緒に作ろ」
「うん」

 カレーの鍋に火をかけごはんをレンジで温める。たくさんあるカップボードの扉を次々に開いて二人でグラタン皿を探すと巴が先に探し当てた。ちょっと得意げでかわいい。
 俺がグラタン皿にバターを塗ると、巴がそこに温めたごはんを乗せる。そしてカレールーを掛けると最後にふたりでそれぞれピザ用チーズを乗せる。

「お前、乗せすぎ」
「このくらいがいいの」
「トースターでいいの?」
「あぁ、火は通ってるからチーズが溶ければいいからね」
「なるほど」

 焼き上がるまで空になった鍋を洗おうとすると、巴はトースターの前でその小さな窓からずっと覗き込んでいる。俺も母親と料理をしてあぁやって焼きあがるのを楽しみに待ってたっけ。

「ねぇ、巴」
「なに?」

 トースターから顔だけこちらに向けてくれた。

「巴のすきなもん、なに?」
「すきなもの?」
「親が帰ってくるまで毎日全部俺が作る、巴の好きなものだけ」

 巴は屈んでいた腰を上げて俺を真っ直ぐ見た。

「同情してる?」
「同情?」
「家庭料理を知らない僕に」

 巴はそう捉えるのか。

「俺はただ、巴の好きなものを知りたい」
「……」

 これは本心だ。巴のことをもっと知りたい。

「親子丼」
「え?」
「すきなもの」
「あ、あぁ、親子丼ね、俺も好き」
「卵料理、全般すきかも」
「うん、分かった」

 卵高騰してっからこっそりいっぱい食べとこうぜと言うと巴は微笑した。

 出来上がったカレードリアはチーズの乗せ過ぎで表面がカッチカチでクリームブリュレを食べるかのようにスプーンで割って食べた。

「やっぱ適量が一番だな」
「そりゃそうだろ」

 巴は熱いと言いながらパクパクと口に運んでる。気に入ってくれたらしい。

「カレーのとき、これ二日目に食いたい」

 なんてボソッと言う。それは母親へのリクエストになるってことを分かってない。母親に甘えたくないはずだ。巴の小さな甘えを叶えてやるのは俺がいい。

「これ食べたさに煮込まれた二日目のカレーを放棄するって葛藤もあるよな」
「へぇ……、二日目の、そういうことか。まぁ分かる気する」

あぁ、二日目のカレーの真意にいまいちピンときてないんだな。


 俺が経験したこと想像することを、
 巴も想像してそれが一致する。

 ここにないものを、経験したことのないものを共有するということは簡単に思えてとても難しいことなんだと、何かで読んだことがある。

 とても難しいことなら、つまりそれは奇跡ってこと。







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