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平癒
第十六話
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帰宅ラッシュの電車に揺られて小さな駅に僕は降りた。僕以外には数人だけ、各駅しか停まらない小さな駅。僕はばあちゃんと暮らした家へと向かっている。
改札を出ると、涼しい風が僕の頬を撫でるように通り過ぎていった。前回この駅に降りたのは恩師の通夜で、梅雨だった。一日中降る雨が鬱陶しかったのに、ここはもう夏が終わろうとしていた。
あたりをゆっくりと見渡した。一気に懐かしい気持ちになる。十八歳までこの街で過ごした玲は高校の三年間将馬と共にこの駅から通学していた。
最初に目に入ったのは駅前の書店だった。店員が表の棚に透明ビニールを被せ閉店作業をしている。毎週月曜に平積みされる週刊マンガを、将馬と半分出し合って買っていたことを思い出す。次に本屋の数軒先に目をやるとチェーン店のカフェがあった。そこはかつてはジャズ喫茶で、何故かコロッケが美味しかった。お客に強請られてテイクアウトを始めるとついに店先で売るようになり、高校生の僕らにとっておやつとして最適なものになっていった。将馬はいつも三つ買ってそのひとつを僕にくれた。
そしてその喫茶店の裏路地には駄菓子屋があって、日曜日には将馬の自転車の後ろに乗ってやって来ては、知った顔の小学生に混じってカップ麺をこれみよがしに食べたりしたっけ。
「将馬は、……んと、大人げなかった……」
男子高校生の日常が確かにここにあった。
しばらく進むと閉店してだいぶ経つのかよく通っていたレンタルビデオ屋の看板は、色褪せていた。
人もモノも全ては生まれた瞬間から移り変わる。駅前の本屋も当時の店主だったオヤジさんは居ない。ジャズ喫茶もチェーン店のカフェに代わってる。駄菓子屋もビルに建て替えられている。猫背で店番していたおばあちゃんももう居ない。
変わらないものなんて、この世にはない。いつまでも未来永劫ずっとそこにある訳じゃない。これは世界の摂理だ。自分だって六年留まっただけで、今はいない。ノスタルジックに思い出に浸るには家までの距離はちょうど良かった。
だんだんと住宅街へと進むと公民館の明かりが見えてくる。恩師の通夜に訪れたのは三カ月前だが、有馬との再会が何故かとても昔に感じた。
有馬との思い出は将馬と比べれば極端に少ない。歳も離れていたし、高校生と小学生という学年の差は交流するほうが難しいかもしれない。
将馬が弟離れしたい年頃で、鬱陶しがってもいた。有馬は特に物静かな少年だったし、僕もそんな有馬を無理には連れ出そうとは思わなかった。僕から見れば少し奇妙な兄弟だとさえ思っていた。兄弟はみんな仲良くしているという、思い込みがあってのことだったが、それにしてもあの兄弟の仲の良いところは、ほとんど記憶にない。
だからこそ、将馬が居なくなってから有馬が僕も積極的に気にかけてやることが出来なかった。
今思えば、有馬の性格上、苦しいことや辛いことは決して人に漏らさなかっただろう。唯一近いはずだった兄とも距離があったのだから。
気分転換できる友達は居たんだろうと希望的観測をしてみても、それはすぐに打ち消されてしまう。あの寂しそうな有馬の目を思い出すと。
家に着くと外階段を上がる。
ばあちゃんの生きた証である二階建ての家。『じいさんの大切な場所』だと若くして死んでいったじいちゃんの店をひとりで子育てもしながら働いて守ってきた。今は主を失って、静まり返っている。
食堂は一階で、外階段で二階に上がるようになっている。錆びた鉄の階段を上がるとドアノブに鍵を挿した。電気は止まっている。スマホのライトを頼りにあるものを探す。ここに残してきたのはわかっていた。
足下を照らしながらリビングの奥へ進む。かつての自分の部屋にたどり着くと次にスマホを前に掲げ部屋の中を照らした。本棚にあるはずだ。
「たしか手帳に……あった、これだ」
本棚から一冊の手帳を取り出すと、床に膝をついて手帳を床に置いた。ライトを当てながら表紙をめくり、あれがあるページを片手でめくりながら探っていく。
「確かばあちゃんの納骨は……あ、……った……」
ばあちゃんの納骨があった月。そのページに、可愛らしい閻魔様がいた。
「これは……。はは、……そうか……そうだったんだな、有馬」
僕は、八年経って今ようやく分かった。そうしたら、すぐに有馬の顔が浮かんだ。手帳を照らしていたスマホを急いで操作し、耳に当てる。
『……はい』
遠慮がちな返事が向こうから聞こえたが、僕はもう黙っていられなかった。
「有馬? 今どこにいる?」
『え……っ』
改札を出ると、涼しい風が僕の頬を撫でるように通り過ぎていった。前回この駅に降りたのは恩師の通夜で、梅雨だった。一日中降る雨が鬱陶しかったのに、ここはもう夏が終わろうとしていた。
あたりをゆっくりと見渡した。一気に懐かしい気持ちになる。十八歳までこの街で過ごした玲は高校の三年間将馬と共にこの駅から通学していた。
最初に目に入ったのは駅前の書店だった。店員が表の棚に透明ビニールを被せ閉店作業をしている。毎週月曜に平積みされる週刊マンガを、将馬と半分出し合って買っていたことを思い出す。次に本屋の数軒先に目をやるとチェーン店のカフェがあった。そこはかつてはジャズ喫茶で、何故かコロッケが美味しかった。お客に強請られてテイクアウトを始めるとついに店先で売るようになり、高校生の僕らにとっておやつとして最適なものになっていった。将馬はいつも三つ買ってそのひとつを僕にくれた。
そしてその喫茶店の裏路地には駄菓子屋があって、日曜日には将馬の自転車の後ろに乗ってやって来ては、知った顔の小学生に混じってカップ麺をこれみよがしに食べたりしたっけ。
「将馬は、……んと、大人げなかった……」
男子高校生の日常が確かにここにあった。
しばらく進むと閉店してだいぶ経つのかよく通っていたレンタルビデオ屋の看板は、色褪せていた。
人もモノも全ては生まれた瞬間から移り変わる。駅前の本屋も当時の店主だったオヤジさんは居ない。ジャズ喫茶もチェーン店のカフェに代わってる。駄菓子屋もビルに建て替えられている。猫背で店番していたおばあちゃんももう居ない。
変わらないものなんて、この世にはない。いつまでも未来永劫ずっとそこにある訳じゃない。これは世界の摂理だ。自分だって六年留まっただけで、今はいない。ノスタルジックに思い出に浸るには家までの距離はちょうど良かった。
だんだんと住宅街へと進むと公民館の明かりが見えてくる。恩師の通夜に訪れたのは三カ月前だが、有馬との再会が何故かとても昔に感じた。
有馬との思い出は将馬と比べれば極端に少ない。歳も離れていたし、高校生と小学生という学年の差は交流するほうが難しいかもしれない。
将馬が弟離れしたい年頃で、鬱陶しがってもいた。有馬は特に物静かな少年だったし、僕もそんな有馬を無理には連れ出そうとは思わなかった。僕から見れば少し奇妙な兄弟だとさえ思っていた。兄弟はみんな仲良くしているという、思い込みがあってのことだったが、それにしてもあの兄弟の仲の良いところは、ほとんど記憶にない。
だからこそ、将馬が居なくなってから有馬が僕も積極的に気にかけてやることが出来なかった。
今思えば、有馬の性格上、苦しいことや辛いことは決して人に漏らさなかっただろう。唯一近いはずだった兄とも距離があったのだから。
気分転換できる友達は居たんだろうと希望的観測をしてみても、それはすぐに打ち消されてしまう。あの寂しそうな有馬の目を思い出すと。
家に着くと外階段を上がる。
ばあちゃんの生きた証である二階建ての家。『じいさんの大切な場所』だと若くして死んでいったじいちゃんの店をひとりで子育てもしながら働いて守ってきた。今は主を失って、静まり返っている。
食堂は一階で、外階段で二階に上がるようになっている。錆びた鉄の階段を上がるとドアノブに鍵を挿した。電気は止まっている。スマホのライトを頼りにあるものを探す。ここに残してきたのはわかっていた。
足下を照らしながらリビングの奥へ進む。かつての自分の部屋にたどり着くと次にスマホを前に掲げ部屋の中を照らした。本棚にあるはずだ。
「たしか手帳に……あった、これだ」
本棚から一冊の手帳を取り出すと、床に膝をついて手帳を床に置いた。ライトを当てながら表紙をめくり、あれがあるページを片手でめくりながら探っていく。
「確かばあちゃんの納骨は……あ、……った……」
ばあちゃんの納骨があった月。そのページに、可愛らしい閻魔様がいた。
「これは……。はは、……そうか……そうだったんだな、有馬」
僕は、八年経って今ようやく分かった。そうしたら、すぐに有馬の顔が浮かんだ。手帳を照らしていたスマホを急いで操作し、耳に当てる。
『……はい』
遠慮がちな返事が向こうから聞こえたが、僕はもう黙っていられなかった。
「有馬? 今どこにいる?」
『え……っ』
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