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平癒
第十五話
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「なんとなく、あー……」
そして、思い出しましたと照れ臭そうに笑みを零した。
「思い出した? 納骨する四十九日っていうのは閻魔様に会う日なんだって、ばーちゃんがちゃんと天国に行けるようにここでも閻魔様にお願いしましょうって、有馬がイラストをくれたんだよ」
「はい……覚えてます、はずかし──……」
僕を励まそうと持ってきた有馬がふと蘇る。小学生なのに僕と同じ背で、靴のサイズも同じで、けど僕に向けられる奥二重の眼差しはあどけなかった。
「あのあと調べたら四十九日より前に閻魔様に会うらしくて」
「えぇ? じゃあ、意味なかったのか」
「そんなことないよ。……でも有馬がそんなこと知ってたんだって驚いた」
照れ臭そうにする有馬に、あの頃の面影が重なる。しかし涼し気な奥二重の先に、今は悲しみと苦しみを宿しているんだ。
「道場で地獄のことが載ってる図鑑見たんスよ」
「あぁ! 道場の端っこに本棚あったね、はだしのゲンとか、道場長チョイスのやつ……そこにあったの? 地獄図鑑?」
「正式名は分からないですがそんな感じの。閻魔様がひとりずつ裁判にかけて、良い行いをしてきた人は極楽の階段を昇るんですよ」
昔を懐かしんで微笑む有馬は、間違いなく当時のまんまだ。
「ばーちゃんはその階段昇ったよね」
「もちろんス」
「有馬が閻魔様にお願いしたんだからね」
「……はずいっス」
「恥ずかしいついでに、その紙ね、僕まだ持ってるよ?」
「え───────……」
ついさっきまで懐かし気に微笑んでいた有馬が、その涼し気な目を大きく見開いた。
「家に置いてある。ずっと保管してあるよ」
「はは……ヤバイな……」
「えっ? きもいとか思った?」
「……」
「えぇ! ひどいなあ」
僕が少し大袈裟に有馬の肩を叩くと有馬が声を出して笑ったのだった。
──有馬が……笑った!
「僕は、本当に感謝しているんだ。親もいない僕にとってばあちゃんは最後の家族だったんだ。ばあちゃんが居なくなってどうやって生きていけばいいんだろうって、納骨までの間、ずいぶん悩んだ。大学受験もしていいのか分からなくなって……」
ばあちゃんが死んでも親は駆けつけにも来なかった。僕に会いにも来なかった。それが高三の僕にはどれだけ寂しくて、どれだけ死んでしまいたい気持ちにさせたか。僕はいつの間にか必死に有馬に訴えかけていた。
「それで、納骨で有馬と話せて、そのあと高校の担任が連絡してきて、福祉の人とか役所の人たちと話をすることができたんだよ。大学受験できるようにしてくれてさ、元々奨学金で行こうとは思ってたからそこは幸いだったんだけど」
「そうだったんですね……」
思わず有馬のシャツを掴んだ僕の手を、有馬は黙って見下ろした。
「有馬が有馬だったから。あのとき僕に一番必要なことをしてくれたんだ、有馬に救われた……なのに、有馬が辛いとき、僕は想いやれなくてすまなかった」
有馬はぶんぶんと顔を横に振ってそれを否定した。そして僕の手は冷たい手に包まれた。
「あ──……」
瞬間、有馬に抱きしめられていた。背中に回った大きな手が僕をしっかりと抱き寄せてる。思いがけない行為に心臓がバクバクと跳ねる。
「……智さん、聞いてください」
「うん……、なに?」
耳元に有馬の真剣なトーンの息がかかる。僕は動けないままじっと有馬の言葉を待った。
「好きです」
突然のことに身体がびくりと跳ねた。有馬は僕の肩に顔を埋めて僕の身体を掬うように抱きしめ直す。
「これは男として、です」
「あ、あの……有馬……っ」
この状況に、好きっていう意味を違う意味に捉えるほうが難しい。昨夜の有馬のことといい、素直に言葉の意味を受け止めなきゃいけないだろう。
「兄貴のようにはいかないかもしれない。けど俺は絶対に──」
「ちょっ、……と待て」
「智さん?」
「なんで将馬の話が出てくる?」
「兄貴……のこと、好きでしたよね」
──僕が将馬を好き?
有馬の胸に手を置き、より一層力を込めてくる有馬から無理やり身を剥がす。有馬を見上げると、横に背け今にも泣きそうなほどの苦しげな顔があった。
この『好き』はさっきの有馬と同じ意味を持つ。でもこれにはちゃんと否定することが出来る。
「将馬は大切な友達だよ」
「友達?」
「あぁ。時間は少なかったかもしれないけど幼馴染みたいだと僕は思ってる」
「でも兄貴は違った。あなたを好きだった」
正直そう告げられても、そうだったのかと驚きはしても心は揺れなかった。有馬を見つめるも有馬はまだ横を向いていた。
「僕には分からない。……そうだったんだとしか」
「じゃあ、俺のこと見てもらえませんか」
「え…………?」
「あなたが好きです」
視線が僕の方へ戻ってくると、さっきより頼りなさ気な眼差しが向けられた。
「有馬」
「ずっと、ずっと好きでした……あなたのことが」
一筋、有馬の目から涙が伝った。長いまつげが濡れてそれを伝いまた涙が一筋となって零れる。それをぎゅっと手の甲で拭うと有馬は一歩後ずさった。
「……すいません。今日は帰ります」
「有馬」
「気をつけて帰ってください」
そして、思い出しましたと照れ臭そうに笑みを零した。
「思い出した? 納骨する四十九日っていうのは閻魔様に会う日なんだって、ばーちゃんがちゃんと天国に行けるようにここでも閻魔様にお願いしましょうって、有馬がイラストをくれたんだよ」
「はい……覚えてます、はずかし──……」
僕を励まそうと持ってきた有馬がふと蘇る。小学生なのに僕と同じ背で、靴のサイズも同じで、けど僕に向けられる奥二重の眼差しはあどけなかった。
「あのあと調べたら四十九日より前に閻魔様に会うらしくて」
「えぇ? じゃあ、意味なかったのか」
「そんなことないよ。……でも有馬がそんなこと知ってたんだって驚いた」
照れ臭そうにする有馬に、あの頃の面影が重なる。しかし涼し気な奥二重の先に、今は悲しみと苦しみを宿しているんだ。
「道場で地獄のことが載ってる図鑑見たんスよ」
「あぁ! 道場の端っこに本棚あったね、はだしのゲンとか、道場長チョイスのやつ……そこにあったの? 地獄図鑑?」
「正式名は分からないですがそんな感じの。閻魔様がひとりずつ裁判にかけて、良い行いをしてきた人は極楽の階段を昇るんですよ」
昔を懐かしんで微笑む有馬は、間違いなく当時のまんまだ。
「ばーちゃんはその階段昇ったよね」
「もちろんス」
「有馬が閻魔様にお願いしたんだからね」
「……はずいっス」
「恥ずかしいついでに、その紙ね、僕まだ持ってるよ?」
「え───────……」
ついさっきまで懐かし気に微笑んでいた有馬が、その涼し気な目を大きく見開いた。
「家に置いてある。ずっと保管してあるよ」
「はは……ヤバイな……」
「えっ? きもいとか思った?」
「……」
「えぇ! ひどいなあ」
僕が少し大袈裟に有馬の肩を叩くと有馬が声を出して笑ったのだった。
──有馬が……笑った!
「僕は、本当に感謝しているんだ。親もいない僕にとってばあちゃんは最後の家族だったんだ。ばあちゃんが居なくなってどうやって生きていけばいいんだろうって、納骨までの間、ずいぶん悩んだ。大学受験もしていいのか分からなくなって……」
ばあちゃんが死んでも親は駆けつけにも来なかった。僕に会いにも来なかった。それが高三の僕にはどれだけ寂しくて、どれだけ死んでしまいたい気持ちにさせたか。僕はいつの間にか必死に有馬に訴えかけていた。
「それで、納骨で有馬と話せて、そのあと高校の担任が連絡してきて、福祉の人とか役所の人たちと話をすることができたんだよ。大学受験できるようにしてくれてさ、元々奨学金で行こうとは思ってたからそこは幸いだったんだけど」
「そうだったんですね……」
思わず有馬のシャツを掴んだ僕の手を、有馬は黙って見下ろした。
「有馬が有馬だったから。あのとき僕に一番必要なことをしてくれたんだ、有馬に救われた……なのに、有馬が辛いとき、僕は想いやれなくてすまなかった」
有馬はぶんぶんと顔を横に振ってそれを否定した。そして僕の手は冷たい手に包まれた。
「あ──……」
瞬間、有馬に抱きしめられていた。背中に回った大きな手が僕をしっかりと抱き寄せてる。思いがけない行為に心臓がバクバクと跳ねる。
「……智さん、聞いてください」
「うん……、なに?」
耳元に有馬の真剣なトーンの息がかかる。僕は動けないままじっと有馬の言葉を待った。
「好きです」
突然のことに身体がびくりと跳ねた。有馬は僕の肩に顔を埋めて僕の身体を掬うように抱きしめ直す。
「これは男として、です」
「あ、あの……有馬……っ」
この状況に、好きっていう意味を違う意味に捉えるほうが難しい。昨夜の有馬のことといい、素直に言葉の意味を受け止めなきゃいけないだろう。
「兄貴のようにはいかないかもしれない。けど俺は絶対に──」
「ちょっ、……と待て」
「智さん?」
「なんで将馬の話が出てくる?」
「兄貴……のこと、好きでしたよね」
──僕が将馬を好き?
有馬の胸に手を置き、より一層力を込めてくる有馬から無理やり身を剥がす。有馬を見上げると、横に背け今にも泣きそうなほどの苦しげな顔があった。
この『好き』はさっきの有馬と同じ意味を持つ。でもこれにはちゃんと否定することが出来る。
「将馬は大切な友達だよ」
「友達?」
「あぁ。時間は少なかったかもしれないけど幼馴染みたいだと僕は思ってる」
「でも兄貴は違った。あなたを好きだった」
正直そう告げられても、そうだったのかと驚きはしても心は揺れなかった。有馬を見つめるも有馬はまだ横を向いていた。
「僕には分からない。……そうだったんだとしか」
「じゃあ、俺のこと見てもらえませんか」
「え…………?」
「あなたが好きです」
視線が僕の方へ戻ってくると、さっきより頼りなさ気な眼差しが向けられた。
「有馬」
「ずっと、ずっと好きでした……あなたのことが」
一筋、有馬の目から涙が伝った。長いまつげが濡れてそれを伝いまた涙が一筋となって零れる。それをぎゅっと手の甲で拭うと有馬は一歩後ずさった。
「……すいません。今日は帰ります」
「有馬」
「気をつけて帰ってください」
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