寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini

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帰郷

第七話

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「まさか、同じ大学にいるのを二年も気が付かないなんてな」
「俺もです」

 豚の生姜焼きの一枚で丁寧にキャベツを包むと、有馬は大きな口を開けて半ば強引に頬張る。最大に膨れ上がった頬はパンパンで、モグモグと咀嚼する強力な顎があっという間に次を求めている。そして間髪入れずほかほかのご飯を口に入れた。

「文学科は一番奥だからね、仕方ないか。にしても医学部すごいな、何科希望なの?」
「整形外科ッス」
「やっぱ剣道してるから?」
「そうっすね、自分も怪我したんで」
「えっ、どこ? いつ?」
「高ニのとき、アキレス腱断裂したんです」
「そうだったんだ……」
「普段の生活には支障はないんで」

 普段の生活、と言うことはもう剣道は思い切り打ち込めないということ。精神と身体が合致しないことの心痛は、想像に難くない。

「ねぇ、医学部受けたのってやっぱ」
「……?」
「いや、何でもない。ねぇ、ここさ、僕が大学生の時からよく通ってるんだけど、メンチカツ美味いんだ、頼んでいい?」
「好きなの頼んでください」
「僕ひとりだと、余らせてしまいそうでサイドメニュー頼めないんだよね。ここは二個来るんだよ。揚げ物は一個食べられれば満足しちゃってさ、年かな」
「平気ッスよ、残しても俺が全部食べるんで無理しないでください」

 僕は焼き鯖定食をたのんだんだけど、有馬がいるなら違うものにすれば良かったなと少し後悔した。いつもボリュームあって無理だなって諦めてるやつ、チャレンジしたかったと。

「そうか。ありがとう、じゃあ頼んじゃう」
「……うす」

 ──本当に有馬は男らしいこと言うときかわいいな。

「はい! お待ちどうさま、メンチね! 先生、今日はよく食べるね! 日曜日だからかい?」

 食堂のおばちゃんが笑う。

「今日は若者と一緒だから」
「先生だって若いだろうに! たくさん食べてくださいよ!ごゆっくり!」
「ありがとう」
「……ほんと、よく来るんスね」
「うん、ほぼ、毎日?……あ、昔のことだけど」
「今は来てないんですか?」
「そうだね、週に一回か、二回。特に夕飯に」

 改めて考えると将馬が居なくなってから頻度は下がったかもしれない。

「学生の頃、将馬とよく来てたんだ。僕らがこの店を存続させてんじゃないかなって冗談で言ってたくらい毎日来てた。男のひとり暮らしだもん、そうじゃない? 今は適当に済ますことが増えたかな。あ、うまい! メンチ、有馬もどうぞ」

 僕が勧めると、有馬は残りのメンチカツをお茶碗に乗せて、がぶりと食いついて「うまいっす」と頷きながらあっという間に平らげた。

「俺は、ほとんど自炊ッス」
「そうなんだ、感心感心、どんなの作るの?」
「主にササミとか、鶏肉ですかね。あ、パスタとか」
「身体作りしてるんだ?」
「まぁ、ハイ。自慢できる腕じゃないですけど、機会あれば作りますよ」

 ──気遣ってんの、大人になったな。

「それに」
「ん?」
「智さんのおばあちゃんの店に似てますよね」

 有馬はおばちゃんのいる方を見やって、懐かしげな眼差しを向けていた。

「そう? やっぱり思う?」
「定食屋だからどうしても似るんでしょうけど、あの人懐こそうな女将さんの雰囲気ですかね、似てるっス」
「ばあちゃんのこと、覚えてんの?」
「少しですけど……生姜焼き好きでした」
「生姜焼きね。そっかー……覚えててくれてんだ、嬉しいな。あ、今日も生姜焼きだね、好きなの?」
「はい、あるとつい頼んでしまいます」
「そっか……」

 僕はつい背もたれに寄りかかった。一拍おいて箸を置くと、有馬を見つめる。ばあちゃんのことを思い出して、それを誰かと共有してる。それが気を抜けば泣けてきてしまうほどに、ホッとしてる。

「智さん……」
「たまにばあちゃんのこと、思い出さない時あって、焦るんだよね」
「……」
「あんな、悲しかったのにさ」
「……」
「有馬も、そういう時ある?」
「……俺は」

 途中で口を閉じて有馬は俯いた。

「ごめん、毎日思い出すなんてことないよね、毎日思ってるほうがおかしいって、普通だよ、普通」






 結局有馬に自宅のマンションまで荷物を運んで貰ってしまった。マンションに着くまでの間、有馬を部屋に上げるか悩んでいたら、当の有馬は荷物を置いたら逃げるように帰ってしまった。

 新しい道着を水通ししてベランダに干す。

「買っちまったんだな」

 避けてきた剣道だったが、恩師が導いてくれてるのかななんて思ったりして。どんよりとした曇り空を見上げる。

 するとスマホが鳴った。

『今日はご馳走さまでした。あの定食屋にまた行こうと思います。母親からの連絡です。兄貴の七回忌のことですが──』

 有馬からのメッセージだった。さっき定食屋で連絡先を交換しませんかと有馬からの申し出に僕が教えたのだった。


 将馬の命日が近づいていた。




 
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