寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini

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喪失

第十話

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 兄貴の命日。

 七回忌の法要に智さんはやってきた。
 智さんは当時兄貴の葬儀で泣き崩れていた。兄貴は智さんとは別のグループでツーリングに出て事故死した。智さんにとっても衝撃だったんだ。一緒に来ていたのは大学の仲間だろうか、その人たちに肩を抱かれて廊下の休憩所に行く後ろ姿を今でも覚えている。

 智さんと恩師のお通夜で再会したのは兄貴の三回忌の法事以来だ。相変わらずの色素の薄い、透き通るような人。ストレートだった髪はパーマをあてたのかふんわりと軽くウェーブがかかっている。社会人らしさが滲んでいた。

 智さんと並んで歩くと顔ひとつ分俺のほうが背が高かった。あの頃はほぼ同じくらいだった背が、今はこんなに違っていて、少しは俺も大人になって智さんに近づけているのかと、嬉しい気持ちにさせる。





 
「将馬に似てきたな。同じ医学部だそうじゃないか」
「将馬も剣道強かったなぁ!」

 当然ながら今日は兄貴の法要で、親戚たちが兄のことを賑やかに語らう。故人を偲ぶとはそういうことだ。

 兄貴が叶えるはずだった未来、親もおじいちゃんたちも伯父さんたちもみんな俺を通して兄を見る。本来なら兄貴が通るべき道を……。兄貴に約束された輝かしい未来を。俺はそれをみんなに見てほしくて剣道も続けたし医学部にも入った。

 全て兄に成り代わって。



 今日の智さんは穏やかな顔をしている。お経のあとの会食が程々になる頃、智さんを見やると智さんはひとりポツリと座っていて、デザートのメロンを美味しそうに食べている。兄貴の友達は智さん以外は呼んでいない。

 なんだか落ち着かなくて智さんの隣に席を移した。

「メロン、俺のも良かったら」
「えぇ? 食べないの?」
「お腹いっぱいなんで」
「……」

 少し唇を尖らせて考えてから「どうしようかな」と口を開く。きっと食べたいのに遠慮してるんだと、俺は一度席に戻るとメロンを乗せたデザートの皿を取ってきた。そしてそれを智さんの前に置く。

「食べられるでしょ、智さんなら」
「えー、おじさんに強要すんの? ふふ」

 そう言いながらも智さんは嬉しそうに手を伸ばした。



「有馬の成長を喜んでるね」
「え?」

 すっかりふたつ目のメロンを食べ終えた智さんが、叔父さんたちの方を見て懐かしげな表情をしている。何かの間違いだろう。みんな俺なんか見ていない。今日は兄貴の日だ。それでなくとも、俺は──。

「みんな将馬の成長した姿を見たかった。有馬がいるから寂しさが薄れてるんじゃないか?」

 相変わらず人の良さそうな笑顔で言いのける。しかし俺にはそうは思えなかった。

「……そうだったらいいですけど」
「みんな何かに縋って助けを求める。将馬の死を乗り越える手段が有馬、お前の成長。有馬が居なかったらみんなもっと辛かったはずだから」

 やや大きな急須の隣に置かれた菓子器に手を伸ばしてひとつ取り上げると、それを俺の前に置いてくれた。目の前に置かれたのはピーナツ入りの煎餅。

 俺は偉大な兄貴の代わりにさえなれなかったというのに。

「有馬?」
「あなたは?」
「え?」
「俺を通して兄貴を見ていますか?」
「え?」
「兄貴の代わりに、……なれなかったですよね」

 だから兄貴の法事以外は地元にも寄り付かなかった。俺に連絡すらしてこなかった、そうだろう。

「そんなこと、……考えてるの?」

 智さんは傷ついたような表情をして俯いた。そうして「そうか……」となにか納得したような表情で今度は俺を見た。

「有馬は兄貴の代わりをずっとしてきたんだね」

 そう言って俺に微笑んだ、悲しそうに眉を下げて。

「周りの大人が有馬の成長に将馬の姿を重ねて喜ぶことは有馬にとっては失礼なことだよね」
「違う、……それは俺の望みだから、いいんだ」

 喜んでもらうためにずっと頑張ってきたはずなんだ。けれど、兄貴には叶わなくて、偉大な兄貴の代わりなんて到底無理だったと突きつけられ周りを失望させ、余計苦しめているとさえ思えてくる。自分の望みなのに、自分の手が、自分の首を締めに来る。



「将馬はずっと憧れだった……?」

 はっとした。そうだ、ずっとずっと、ずっと憧れてた。それに兄貴の隣にいつもいるあなたにも。

「今でも俺は兄貴を超えられない」
「死んじまったら、超えられないよね、一生」

 俺は兄貴のしたかったこと、親が望んでたこと、それを実現する。それが周りのみんなの幸せだから。

「でも有馬は有馬だよ。ここにいる大人たちも気がついてる。六年経ってそれぞれ悲しみを乗り越えはじめてる。僕もそうだ、有馬はどう?」

 智さんを見ると、いつまでも優しい眼差しで俺を見てくる。

「俺……?」
「将馬みたいにならないとって、頑張りすぎてない?」
「それでみんなが幸せなら──」

 咄嗟に俯いた。もう分からなかった。

「……有馬には本当にやりたいことがあったんじゃないの?」
「そんなの。いつか医師になって……」
「それがお前の夢?」
「……はい」

 もう兄貴の夢だったのか、自分の夢だったのかさえ分からなくなってる。

「これが、有馬が幸せになる夢?」
「そんなの、親の願いを聞くのも子供の──」
「間違ってるよ!……いや、間違ってないんだけど……、プラスでお前も幸せじゃないと」

 智さんが、少し声を上げた。

「ごめん、偉そうにな……」





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