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帰郷
第八話
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図書館に併設されている資料館へ向かうと有馬の姿があった。
こうやって意識すると、今まで見えていなかった有馬のことが見えてくるんだから不思議だな。階段を降りて、さっき有馬が居た場所へ向かうと、机に突っ伏している。
「有馬」
有馬の肩を揺らすとピクリとその大きな身体が反応した。
「……智さ……いや、先輩」
有馬はだるそうに顔を上げた。
「先輩って言った? ねぼけてる?」
「あ、いや、大学で名前で呼んだらいけないかと」
「あぁ……そっか。気にしてくれたんだ」
「一応」
「ありがとう。先輩、悪くないね、でも、それなら先生が一番相応しいかもしれないね」
「……確かに」
そうつぶやく有馬の顔色が悪いような気がした。体調が良くないのだろうか。ふと、有馬の手元にある分厚い解剖学と書かれた本を見て、二年にあがると解剖学が始まるんだと思い出した。将馬のお陰で医学部の事情にも多少強い。
「将馬も、最初は吐いてた」
「え?」
「解剖。キツイんだろ?」
医学書に視線を送ると納得したのか表紙を撫でる。
「あぁ……ハイ、キツイっス」
「じゃあ、これあげる」
「え?」
バッグを漁ってエナジーゼリー飲料を取り出した。今日は朝から定例会に、授業の合間に会議と、午後は学生たちの展示会などで時間が取れないから、最悪食事はこれで済まそうとして持っていたやつだった。会議が思いの外早く済んで食堂でなら昼食を済ませられそうだと考えてのことだった。
「これなら食えるだろう?」
「先生は、大丈夫なんですか?」
「うん」
「じゃあ……、いただきます」
「僕はもう行くけど、本当に大丈夫?」
「はい、忙しいのに、すいません」
「僕は大丈夫だよ、じゃあね」
「え? サラダ?」
数日後、学食が賑わう時間に図書館の脇にあるベンチで有馬を見かけた。
「……うす」
「まだ慣れない? ちゃんと食えてる?」
「いや、そうじゃなくて……」
有馬はなんだか言いづらそうに頭をポリポリ掻いている。
「昨日カレー仕込んでたんですけど……、なんか胃が動いて三杯食っちゃって」
「カレー!?」
「はい……それで、調整です」
「調整? それでササミのサラダかよ、倒れない?」
「腹が出ちゃって」
「体重気にするほど太ってないだろうが」
有馬は黙ってしまってサラダをバリバリと口に入れていく。
「なんか、ヤギみたい、かわい」
「……え?」
「ねぇ、カレーは何派? 僕はチキン派」
「俺もチキンっす、昨日はチキンカレーでした。……って先生今なんて──…」
「いいなぁ、カレーはいつもレトルトだよ。無○印は美味しいけどね」
「なら、食べに来ますか?」
「え?」
「まだ沢山あるんで」
「えっ、それって寝かせたカレーじゃん!……うわぁ……いいの?」
「先生ならいつでも」
「よし! 乗った!」
「寮っていいな、近い」
大学が借り上げしているアパートに有馬はいた。
「智さんちは確かに距離ありますね」
「大学まで四十分くらい、近い方だけどね」
荷物を置くとすぐ炊飯器に米をセットしてスイッチを押した。六畳ほどの寮はスッキリしている。備え付けのベッドと学習机と本棚。そして部屋の角に折りたたみのテーブルが立て掛けてある。
大学生ってもっと服とかゴミとかであふれてそうなのに、剣士としての心得なのか有馬の部屋は綺麗だ。地元に居たとき将馬の部屋には入り浸っていたが、有馬の部屋には入ったことはなかった。
部屋をこんな綺麗にしていることに驚きはしたが、道場でも道着や防具もロッカーも、丁寧に物を扱うことは知ってる。だから有馬らしいなとも思えてホッとする。
「適当に座っててください。あっ、智さん。上着預かります」
「うん、ありがと」
僕が脱ぐと手から奪われそれをハンガーにかけた。僕なら椅子の背もたれにかけるのに。有馬はちゃんとしている。
「これ、テーブル? 出せばいい?」
こちらを向く有馬に立て掛けてあるテーブルを指差すと「じゃあお願いします」と一瞬だけ笑みを作る。
「飯炊けるまでだいぶ時間ありますね」
「うん、あ、ごめん、教授に返信しなきゃいけなかったんだ、やっておいていい?」
「……うす」
気を使ってか有馬はすぐにキッチンへ戻っていった。
パソコンを開いて素早く返信を打つ。ふと有馬を見ると大きな身体を屈めて小さな冷蔵庫を覗き込んでいた。剣道の蹲踞の姿勢と同じで思わず笑ってしまうと、有馬が不思議そうに振り返る。
「え?」
「冷蔵庫覗き込む姿勢が良すぎてウケる」
有馬が少し間を置いて顔を赤くした。
出来上がったチキンカレーは絶品だった。
「もしかして、バターチキンカレーとか、そういうのも作れるの?」
「……いけます」
「えっ! もうさ、お金出すから作って欲しい」
「金はいらねーすけど、作ります、智くんの望みなら……」
「いや、お金は出すよ、せめて材料費は負担させて」
「……はい」
「うれしー!! じゃあ今度はバターチキンカレーよろしくな」
「はい」
「あっ、スーパーに一緒に行く? そうしたらお金払えるし。それでそのまんまここに来ればいいもんな」
「え?」
「だめ? あ! カレーは前日とかに仕込むのか」
「いや、インド系はその場で作ったほうが旨いんで大丈夫なんですけど……」
「そうなの?」
「スパイスの香りが飛んじゃうんで」
「へぇ、ってことは本格的なんだねぇ……楽しみだなぁ」
「……」
嬉しくって頭をクシャリと撫でると、有馬は嫌がる素振りもなくそのままさせていた。
こうやって意識すると、今まで見えていなかった有馬のことが見えてくるんだから不思議だな。階段を降りて、さっき有馬が居た場所へ向かうと、机に突っ伏している。
「有馬」
有馬の肩を揺らすとピクリとその大きな身体が反応した。
「……智さ……いや、先輩」
有馬はだるそうに顔を上げた。
「先輩って言った? ねぼけてる?」
「あ、いや、大学で名前で呼んだらいけないかと」
「あぁ……そっか。気にしてくれたんだ」
「一応」
「ありがとう。先輩、悪くないね、でも、それなら先生が一番相応しいかもしれないね」
「……確かに」
そうつぶやく有馬の顔色が悪いような気がした。体調が良くないのだろうか。ふと、有馬の手元にある分厚い解剖学と書かれた本を見て、二年にあがると解剖学が始まるんだと思い出した。将馬のお陰で医学部の事情にも多少強い。
「将馬も、最初は吐いてた」
「え?」
「解剖。キツイんだろ?」
医学書に視線を送ると納得したのか表紙を撫でる。
「あぁ……ハイ、キツイっス」
「じゃあ、これあげる」
「え?」
バッグを漁ってエナジーゼリー飲料を取り出した。今日は朝から定例会に、授業の合間に会議と、午後は学生たちの展示会などで時間が取れないから、最悪食事はこれで済まそうとして持っていたやつだった。会議が思いの外早く済んで食堂でなら昼食を済ませられそうだと考えてのことだった。
「これなら食えるだろう?」
「先生は、大丈夫なんですか?」
「うん」
「じゃあ……、いただきます」
「僕はもう行くけど、本当に大丈夫?」
「はい、忙しいのに、すいません」
「僕は大丈夫だよ、じゃあね」
「え? サラダ?」
数日後、学食が賑わう時間に図書館の脇にあるベンチで有馬を見かけた。
「……うす」
「まだ慣れない? ちゃんと食えてる?」
「いや、そうじゃなくて……」
有馬はなんだか言いづらそうに頭をポリポリ掻いている。
「昨日カレー仕込んでたんですけど……、なんか胃が動いて三杯食っちゃって」
「カレー!?」
「はい……それで、調整です」
「調整? それでササミのサラダかよ、倒れない?」
「腹が出ちゃって」
「体重気にするほど太ってないだろうが」
有馬は黙ってしまってサラダをバリバリと口に入れていく。
「なんか、ヤギみたい、かわい」
「……え?」
「ねぇ、カレーは何派? 僕はチキン派」
「俺もチキンっす、昨日はチキンカレーでした。……って先生今なんて──…」
「いいなぁ、カレーはいつもレトルトだよ。無○印は美味しいけどね」
「なら、食べに来ますか?」
「え?」
「まだ沢山あるんで」
「えっ、それって寝かせたカレーじゃん!……うわぁ……いいの?」
「先生ならいつでも」
「よし! 乗った!」
「寮っていいな、近い」
大学が借り上げしているアパートに有馬はいた。
「智さんちは確かに距離ありますね」
「大学まで四十分くらい、近い方だけどね」
荷物を置くとすぐ炊飯器に米をセットしてスイッチを押した。六畳ほどの寮はスッキリしている。備え付けのベッドと学習机と本棚。そして部屋の角に折りたたみのテーブルが立て掛けてある。
大学生ってもっと服とかゴミとかであふれてそうなのに、剣士としての心得なのか有馬の部屋は綺麗だ。地元に居たとき将馬の部屋には入り浸っていたが、有馬の部屋には入ったことはなかった。
部屋をこんな綺麗にしていることに驚きはしたが、道場でも道着や防具もロッカーも、丁寧に物を扱うことは知ってる。だから有馬らしいなとも思えてホッとする。
「適当に座っててください。あっ、智さん。上着預かります」
「うん、ありがと」
僕が脱ぐと手から奪われそれをハンガーにかけた。僕なら椅子の背もたれにかけるのに。有馬はちゃんとしている。
「これ、テーブル? 出せばいい?」
こちらを向く有馬に立て掛けてあるテーブルを指差すと「じゃあお願いします」と一瞬だけ笑みを作る。
「飯炊けるまでだいぶ時間ありますね」
「うん、あ、ごめん、教授に返信しなきゃいけなかったんだ、やっておいていい?」
「……うす」
気を使ってか有馬はすぐにキッチンへ戻っていった。
パソコンを開いて素早く返信を打つ。ふと有馬を見ると大きな身体を屈めて小さな冷蔵庫を覗き込んでいた。剣道の蹲踞の姿勢と同じで思わず笑ってしまうと、有馬が不思議そうに振り返る。
「え?」
「冷蔵庫覗き込む姿勢が良すぎてウケる」
有馬が少し間を置いて顔を赤くした。
出来上がったチキンカレーは絶品だった。
「もしかして、バターチキンカレーとか、そういうのも作れるの?」
「……いけます」
「えっ! もうさ、お金出すから作って欲しい」
「金はいらねーすけど、作ります、智くんの望みなら……」
「いや、お金は出すよ、せめて材料費は負担させて」
「……はい」
「うれしー!! じゃあ今度はバターチキンカレーよろしくな」
「はい」
「あっ、スーパーに一緒に行く? そうしたらお金払えるし。それでそのまんまここに来ればいいもんな」
「え?」
「だめ? あ! カレーは前日とかに仕込むのか」
「いや、インド系はその場で作ったほうが旨いんで大丈夫なんですけど……」
「そうなの?」
「スパイスの香りが飛んじゃうんで」
「へぇ、ってことは本格的なんだねぇ……楽しみだなぁ」
「……」
嬉しくって頭をクシャリと撫でると、有馬は嫌がる素振りもなくそのままさせていた。
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